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谷田川惣氏のブログエントリー「びっくり仰天『新無効論』の新事実」を読み、その内容にびっくり仰天してしまった。簡単ながら反論エントリーを著しておきたい。



ーーーーーーー 以下引用 ーーーーーーー


先日、とある勉強会で、偶然、新無効論者の団体である

「国体護持塾」の代表者と一緒になり、

「新無効論の概説」というパンフレットをいただいた。

その中身を見ると、私の疑問部分について、びっくり仰天する内容が書かれていた。

現行憲法が講和条約なのであれば、

国内法としての立法措置が欠けているという私の疑問について、

「慣習法的に運用されている」と書かれていたのです。

現在の、政府や国会、最高裁判所に法的根拠はなく、

慣習法として運用されているというのです。

戦後の国会議員選挙もすべて慣習法。



ーーーーーーー 引用ここまで ーーーーーーー



条約を國内法として施行するに当たっては、立法措置が必要な場合がある。

そして、真正護憲論(新無効論)においては、占領憲法の法的性質は講和条約であり、これは成文法典としての形式を備えている。

講和条約たる占領憲法が、國内法として施行されるにあたって、これが慣習法として運用されている、ということの意味は、それが特段の立法措置なく、慣例的に運用されてきた、ということである。

従って、國会などの法的な存在根拠は、何度も解説してきた通り、講和条約たる占領憲法にある。選挙も占領憲法を根拠として行われている。

なぜ、谷田川氏の言うような「法的根拠はない」などという結論となるのか。意味不明、理解不能である。



ーーーーーーー 以下引用 ーーーーーーー


本来の伝統を重んじる国家のあり方は、

<慣習法⇒憲法律⇒法律>

となります。

新無効論では、

<慣習法⇒憲法律(帝国憲法)⇒慣習法(日本国憲法)⇒法律>

となります。

これを見た人で、どなたか意味のわかる人はいるでしょうか。

実定法の役割部分が慣習法になっている。



ーーーーーーー 引用ここまで ーーーーーーー



立憲主義・法の支配とは、我々の「祖先から継承、相続してきた」道徳や慣習、伝統などの不文の規範に従い、立法や行政、司法などを行うべし、というものである。

単に、現在の世代だけで慣習的に運用されているだけのものなどは、この対象となるはずがない。基本的人権や國民主権などの概念が、「祖先から継承してきた慣習」などであるはずがないではないか。

谷田川氏は、立憲主義・法の支配にいう「慣習」と、真正護憲論が占領憲法が「慣習法」である、としていることで、この「慣習」と「慣習法」を同義に捉えているのだろうか。そうであれば、これは谷田川氏が真正護憲論はおろか、立憲主義・法の支配をそもそも理解していないことを表している。

講和条約たる占領憲法が慣習法として運用されてきた、ということの意味は、それが特段の立法措置なく、慣例的に運用されてきた、ということなのである。



ーーーーーーー 以下引用 ーーーーーーー


憲法無効論を考えた場合、必ず法秩序の問題がつきまとう。

そこで現行憲法の講和条約説を思いつき、「これだ!」ということになった。

ところが、しばらくしてから国内法としての立法措置の問題に気づいてしまった。

いまさら引っ込みがつかないので、間の矛盾を無理矢理埋めようとしたのでしょう。

こんな思いつきの、しかも無理な後付の理屈であるものが、

国会でまともに論議されることなどあり得るでしょうか。



ーーーーーーー 引用ここまで ーーーーーーー



事実に即し、占領憲法の起草過程や、その内容などを実質的に総合勘案してみれば、その法的性質は講和条約と解釈できるということは、何度か解説してきたとおりである。

立法措置の問題にしても、それが執られず、慣習的に運用されたというのであるから、これもまた、占領憲法の運用の実態を事実に即し、実質的に勘案してみれば、慣習法として運用されたということになる。

一体、どこが後付けなのだろう。実態を最も的確に、そのまま記述しようとした結果が、慣習法として運用されてきた、という評価・解釈なのである。



ーーーーーーー 以下引用 ーーーーーーー


ごく希にではありますが、確かに法規について

慣習法的運用が行われるケースはあります。

民法における譲渡担保権などがそうです。

譲渡担保権は民法条文には存在しません。

しかし、これらは判例があるから条文と同等の効力があるのであって、

判例にすらなっていない慣習法が実定法と同等との効力があるなど、

大学で法学を多少なりとも学んだことのある人なら唖然とするレベルの論理です。



ーーーーーーー 引用ここまで ーーーーーーー



「判例にすらなっていない慣習法が実定法と同等との効力があるなど、・・・唖然とするレベルの論理」とはどういうことであろうか。意味不明である。

そもそも、占領憲法は講和条約であり、成文化された法典であるから、実定法である。実定法に、他の実定法と同等の効力があるのは自明の理である。

大学で法律学を多少なりとも学んだことのある者なら、谷田川氏の解説に、唖然とするであろう。



ーーーーーーー 以下引用 ーーーーーーー


問題なのは帝国憲法の内容と矛盾する部分の処理が、

どのように無効から有効に転換するのか明確な説明がありません。

一文だけ示されているのが、講和条約だったら

帝国憲法の内容に矛盾しないということです。

講和条約という名称、看板が掲げられていれば、

その内容の矛盾は関係なく成立するというのは、

あまりに非論理的というか乱暴な議論となるでしょう。

講和条約を間に挟めば無効なものが有効になると述べているのです。




ーーーーーーー 引用ここまで ーーーーーーー



大日本帝國憲法のうちの本質的な部分、すなわち規範國體を成文化した部分に反する占領憲法のそれぞれの部分は、無効である。このような部分が、無効から有効に転換することなど、あり得ない。

「どのように無効から有効に転換するのか明確な説明がありません。」などと谷田川氏は述べるが、このような部分が有効に転換することなどあり得ない。どうして、國體に明らかに反する箇所が、有効に転換することなどあるだろうか。あるはずがないではないか。それこそ、國體破壊である。

「講和条約だったら帝国憲法の内容に矛盾しない」というのは、「占領憲法は講和条約として、大日本帝國憲法下で有効性を認められる」ということである。しかし、これはその個々の規定が全て、大日本帝國憲法下で有効であることを意味しない。占領憲法のうち、規範國體に反する規定は無効であり、これらが第76条1項によって有効に転換することなどあり得ない。

やはり、谷田川氏は真正護憲論を理解されていないのである。



ーーーーーーー 以下引用 ーーーーーーー


繰り返しますが、現在の参議院議員の立場に法的根拠はなく、

慣習法として運用されている、というのが新無効論です。

あなたは真面目にこんな論に賛同しますか?



ーーーーーーー 引用ここまで ーーーーーーー



今まで繰り返してきたように、参議院議員の法的根拠は講和条約たる占領憲法にある、と真正護憲論では何度も述べていることである。

法的根拠はない、と明言する谷田川氏は、やはり真正護憲論を理解されていないのである。