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前回はこちら→ 『法律家と学生の対話(7)』


学生「では、先生、真正護憲論(新無効論)では占領典憲無効理由の一つとされている大日本帝國憲法75条の、摂政を置く間は典憲(皇室典範と大日本帝國憲法)を改正することはできない、に違反していること、についてお尋ねしたいのですが。」


法律家「この規定は、単に摂政を置く間は典憲を改正できない、と文言解釈するのではなく、摂政を置かざるを得ないような、國の非常事態、例えば國家主権が制約を受けている場合においては、典憲を改正することはできない旨を定めた規定だと類推解釈すべきである。

何故なら、まず、國家主権(いわゆる『主権論』の主権とは峻別される)の制限下にある場合の如き、國家の非常事態においては、典憲の如き憲法典の改正はできないというのが、國家主権の本質から由来する法理である。

そして、國家主権の制限とは、例えば他國による軍事的占領下にある場合の如き場合も含まれる。

摂政を置かざるを得ないような状態とは、このような、國家主権が制限されているが如き、國家の非常事態という場合に類似するのである。

ゆえに、GHQによる軍事的占領下の如き、國家主権が制限されている場合においては、第75条を類推適用し、典憲の改正はできないと解すべきである。」


学生「この解釈については、そもそも類推適用というのは、民事訴訟で裁判官が、似たような条文がある時にそれを適用するものだ、と、例の先生が言ってましたが。」


法律家「(笑)もうまともに反論する気も失せるが、それは全くの間違いだ。こういうことは、1回生の『法学概論』で習うよ。

類推適用とは、法律学において、ある事例に対し、適用すべき条文がない場合に、文言は異なるが同じ趣旨の条文を適用することをいう。

だから、類推適用を主張する場は必ずしも民事訴訟に限定されるわけではないし、裁判官が認めなければ主張できないわけではないのだ。」


学生「刑法においては、類推適用は認められていないんですね。」


法律家「その通り。刑法においては、罪刑法定主義というルールがあるために、例外的に類推適用が禁じられている。

罪刑法定主義とは、罪名とその刑罰は、明文化されていなければ、これを適用してはならない、というものだ。

道徳や慣習などで、ある行為が「悪である」ということは理解できても、その行為に課せられる刑罰が、具体的に如何なる軽重のものであるかは理解できないよね。この場合、國民にとっては、予想外に重い刑罰を、不意打ち的に科されることもあり得る。

また、道徳や慣習などの範囲内であっても、従来は明確に刑を科すべきとまではされていなかったものに対しても、新たに刑を科す必要が生じる場合もあり、このような場合は新たに罪名を定めておかねば、國民は不意打ち的に刑罰を科されることになる。

このような趣旨から、罪名と刑罰は明文で具体的に定めておき、國民への不意打ちを防ぐというのが、罪刑法定主義の趣旨である。

刑法というのは、このような事情から、例外的に他の条文の類推適用が禁じられているのだ。

だから、そのような事情のない分野においては、必ずしも類推適用が禁じられているというわけではない。たとえば、憲法学においても、占領憲法の解釈として、國会の常会・特別会の招集の実質的決定権を、占領憲法53条を類推解釈して、内閣に認めるという学説もある。

かくして、第75条は、國家の変局時における典憲改正の禁止という一般的な法理を、「摂政をおく間」という表現で例示的に定めた規定と解すべきであり、ゆえに國家主権の制限下での改正について、類推適用という形式を以て適用できるのである。」


続きはこちら→ 『法律家と学生の対話(9)』