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前回はこちら→ 『法律家と学生の対話(3)』

学生「では先生、次にお尋ねしたいのですが、大学の先生は、『前の憲法に反するかしないかは、新しい憲法の効力と関係ない』とおっしゃっていました。この点はどうなのでしょうか?


法律家「まず、そもそも『前の憲法』などという意味不明な言い方はあり得ない。おそらくその人は、『憲法』という言葉を『憲法典』の意味で用いているのだろう。そして、大日本帝國憲法を前の憲法、占領憲法典を新しい憲法、という言い方をしているのだと思われる。

しかし、この用法は誤りだ。そして、不文の規範國體たる憲法は、國體の連続とともに連続しているのであって、前とか新しいなどというものなどない。規範國體たる憲法は、一貫して同じなのだ。

さて、そうであれば、上位規範たる規範國體(憲法)に反する憲法典は正統性を欠き、従って有効性も欠くので、無効となることは明らかではないか。彼の発言は、憲法学の初歩も分かっていない者の妄言である。」


学生「ほんとですよね。そして、自説の根拠づけとして、『では、現在のロシアの憲法典は、効力を持っていないのか?』を問題としていました。」


法律家憲法という、國體に関わるものを論じるのに、どうして我が國の歴史や伝統についての話から入らず、いきなり外國の、それもリューリック朝 → ロマノフ朝 → ソ連時代 → ロシア連邦と革命につぐ革命を経験した國の憲法典の話から入るのだろう。そんな國の「憲法典」などの話は、我が國の憲法典を論じるのに何の意味もないのだ。

だが、あえて今までの議論をロシアの事例に当てはめて考えてみよう。彼は、『ソ連の憲法典は、ロシア帝國の憲法典からすれば違法だから、ソ連は憲法典を持てない、というのはおかしい、国家と憲法典の関係が成り立たなくなってしまうからだ』、と述べている。

では、そもそも憲法典とは何なのだ?ソ連の憲法典は、憲法典といえる「内容」を備えているといえるだろうか?この男は、憲法典とは、法律の上位規範であって、為政者が憲法典として運用するもの、という認識しか持っていない。

憲法典とは、規範國體を成文化したもの、ということなど、欠片も理解してはいないのだ。だから、この男の考えに従えば、内容がどんなものであれ、独裁者が勝手に「憲法典」と定めたものであっても憲法典として有効となる。恐るべき人定法主義の発想と言わざるを得ない。


学生「そういえば、この先生は、憲法典とは何か、ということには一切答えておられませんでした。」


法律家「そうだろう。それは彼には答えられないことだからだ。あえて彼が答えるとするならば、憲法典とは、為政者や國民が憲法典として運用しているものが憲法典だ、という程度の、中身のない曖昧な定義しかできない。

ソ連時代の憲法典のみならず、およそ独裁者などが好き勝手に統治し、制定する「憲法典」などが憲法典としての正統性も、有効性もないのは明らかである。そのような國は、そもそも憲法典を持ち得ないのだ。

そのような國の「憲法典」など、単なる法律の上位規範という意味でしかなく、独裁者の一存で、内容も運用も簡単に変えられるものである。それこそ、「似非」「偽装」憲法典であって、憲法典ではないのだ。


そのような國をあえて、しかも冒頭から引き合いに出し、我が國の憲法典の有効性を論じるとは、何か意図的なものを感じざるを得ないな。」


学生「その先生は、天皇や皇室は大切なものだから、守らねばならない、と日頃言っている人でした。だから、愛國者だと思っていたんです。でも、もしもこの先生のおっしゃることが正しければ、たとえば我が國で憲法典を改悪して皇室を廃止したり、女系天皇を認めたとしても、その憲法典は有効ということになりますよね。」


法律家「その通り!」


続きはこちら→ 『法律家と学生の対話(5)』