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前のエントリーはこちら→ 法律家と学生の対話(1)
法律家「まず、少し言葉の定義をしておこう。言葉というものは、それを用いて一定の概念を表すものだが、今言ったように、憲法学といっても二つの異なる世界があり、しかも現代の我が國の憲法学界は、あたかも英米憲法学というものが、この宇宙に存在しないかのように無視している、という奇形的な状況なのだから、ここで一通りの整理をしておかねばならない。」
学生「なんだか、大がかりな話になってきましたね(笑)」
法律家「なあに、さっきも言ったが、法律学というものは、所詮は我々人間の生身の生活を語るものに過ぎないのだ。それを、象牙の塔の住人どもが、難しい言葉で語るから、一般人は、「へえ、そういうものか・・・なんだか難しそうだ・・」と恐れ入ってしまう。だから、さっきも言ったように、大上段から、憲法学では・・・法律学では・・・などと語るやからを見たら、騙されないように気をつけるがいい。」
さて、そう難しい話ではない。まず、以下の言葉は、それぞれ以下の意味を有しているものとして、この対話を進めていく。
憲法 = 國體(日本人らしさ)についての規範のうち、特に國の統治に関わるようなもの。従って、道徳や慣習、伝統などであり(例:皇位の男系男子継承など)、その形式は不文の法である。
憲法典(成文憲法) = 不文の法たる憲法を、成文化したもの(例:大日本帝國憲法、(明治)皇室典範など)。憲法典は憲法を文字で表現したものであり、憲法に従属する、下位の規範である。憲法典は、憲法に従って解釈されねばならない。
正統性 = ある法典が、憲法を成文化したものである、といえる「内容」を備えていること。正統性を有するものは、その名称如何に関わらず、憲法典である。すなわち、正統性とは憲法典であることの唯一の根拠である。正統性は、有効性を包摂する。
有効性(妥当性・実効性) = ある規範が、妥当性と実効性の双方の要件を満たしているとき、この規範は有効性を有する、有効である、という。有効性は、正統性の概念に包摂される。従って、正統性がないものは、必然的に有効性もない。
さて、以上の用語の意味を前提に、これからの話を進めていく。」
学生「はい、すぐには覚えられないので、これらの言葉が出てきたらすぐに、ここを見て確認します(笑)」
法律家「まず、我が國の法体系(規範相互の上下関係)をごく大雑把にみてみよう。
【我が國の法体系】
規範國體(憲法)
成文化 ↓ 正統性(有効性を含む)
大日本帝国憲法や(正統)皇室典範など(憲法典)
↓
法令など
「法令など」の箇所には講和条約、条約、法律、命令などの規範の上下関係があるのだが、ここでは重要でないので単純化するためにこのように表現した。」
学生「何だか、見慣れない感じですね。憲法典は最高法規ではないんですね。」
法律家「そうなのだ。まず、この点は基礎の基礎だから、絶対に、しっかりと押さえておかないと話にならない。憲法典は、最高の規範ではない。なぜなら、当然のことながら、憲法典とは憲法(規範國體)を成文化したものに過ぎないのだから、その上位規範として憲法(規範國體)が存在する。」
学生「規範國體って聞き慣れない言葉ですが、國體(日本人らしさ)についての規範という意味なんですね。」
法律家「その通り。つまり憲法ということだ。憲法とは、國體についての道徳、慣習、伝統などの不文の規範である。この不文の規範國體こそが、我が國の法体系の最上位に位置するのだ。」
学生「大学の憲法学の先生は、こんなことを教えてくれませんでした。」
法律家「君も知っているように、我が國の憲法学界はいわゆるフランクフルト学派と呼ばれる左翼思想に染まっている。悪名高い「八月革命説」によって、占領憲法典が有効であると詭弁を振りまいた連中と、その後継者らの学説が、通説としてまかり通っているのだ。
そんな政治的に偏向した連中の「学説」が、我が國を守るどころか、これを破壊するものであることは自明の理である。
そのような連中が、否定、破壊したがっている國體に従った憲法学による法体系を、教えるわけがないよね。必ず、憲法学の世界からは國體を無視し、これを排斥した憲法学を主張する。その結果、主張されるのが規範國體(憲法)を無視し、國體を無視して、國體とは何の関係もない「憲法典」と呼ばれるだけの法典であれば、これは有効であるとするのだ。」
学生「左翼って、社会主義や共産主義だけのことじゃないんですよね。」
法律家「現代の左翼は、もうあからさまに社会主義者や共産主義者を名乗り、暴力による革命などを主張したりはしない。たとえば、ポストコロニアリズム、ジェンダーフリーなど、一見、社会的な秩序を肯定しつつ、巧妙に、人の心を左翼思想に染まらせ、暴力によらずに内部から國を崩壊させていくのが普通なのだ。
だから、一見、天皇や皇室を崇敬するような言動をしていても、國民主権や天皇主権などによる論を展開する者は、紛れもない似非保守、いや、左翼による工作員だということになる。
左翼は、自分が左翼だと名乗ったりはしないのだ。むしろ、天皇などを崇敬し、皇位の男系男子継承を守ろう、などの言辞を弄して保守のふりをし、巧みに人心を惑わして、國體破壊を企てる。気をつけねばならない!」
続きはこちら→ 『法律家と学生の対話(3)』