今日から「大日本帝国憲法入門」シリーズを始めます(^-^)
まず、各条文の内容に入る前に、「入門の入門」として何回かにわたって憲法の基本的な原則についてお話したいと思います。
これらの原則は、大日本帝国憲法を理解する上だけでなく、日本国憲法や外国の憲法を理解する上でも重要なものですので、ぜひ大雑把にでも頭に入れた上で、各条文を理解するようにして下さい(。・ω・)ノ゙
さて、今日お話するのは、基本中の基本、「そもそも憲法って何?」という素朴な疑問から始めましょう。
では、いきなり結論を言っちゃいます(^O^)
憲法とは、国体についての道徳、慣習、伝統などのことである。
では、説明していきます(^-^)/。
私たちは生まれてから家族の中で育ち、様々な人と関わりながら成長し、大人になっていきます。その過程で様々な道徳や慣習を学んでいきます。
このような道徳や慣習を学ぶことなしに、私たちは一人前になることはできません。私たちは一人一人、様々な異なる個性、異なる性格、異なる能力を持ちつつも、必ず家族その他周囲の人々によってこういったものを教えられて人となります。家族は私たちが人となる上で、非常に大切なものです。
更に視野を広げると、私たちが共通の祖先を崇拝し、その下に集ってきた国家というものがあります。
家族は道徳や慣習によって支えられ、そしてその集合体である国家もまた、道徳や慣習によって支えられている。
道徳や慣習というものは、誰か特定の偉い人が考えたものではありません。でも、だからこそ価値があるのです。なぜなら、人は必ず間違いを犯す生き物です。どんな天才でも、それを避けることはできません。まして、国家というたくさんの、様々な人間の利害がぶつかり合う空間において、それを調整し、まとめていく規範(ルール)を考えだすのは至難の業です。
だから、先人たちが行った様々な試みのうち、道徳や慣習として伝えられているもの、これらこそが尊い知恵であり、保守すべき規範なのです。
これは大切なことなのでしっかりと覚えておいて下さい(^-^)/
特定の人物や集団が考えだした規範よりも、先祖から継承してきた道徳、慣習、伝統などの方が優れており、これらを尊重しなければならない。
そして、このようなもののなかで、特に国家のあり方そのものに関わるような道徳や慣習、伝統などのことを「国体」あるいは「法」といいます。
これも大切なことですが、「法」と「法律」は全く違います。気をつけてください。これについては以前このブログで述べておりますので、そちらを参照して頂ければ幸いです。
私たちの先祖から相続した国体についての道徳、慣習、伝統など、これこそが憲法なのです。
さて、そんな大切な「国体」なわけですが、これは道徳や慣習ですので、文字で書かれたものではありません。このように、文字で書かれていない規範のことを不文法といいます。
もちろんそれでも構わないのですが、大日本帝国憲法制定時においては、そして現代においても憲法は多く成文化されていますので、これを成文憲法として制定したのです。このように文字で書かれた規範のことを成文法といいます。
ですから、はっきり言ってしまえば憲法は必ずしも成文法である必要はありません。不文法でも憲法として成り立ちます。
今回はここまでです。読んでみたけどなんかよく分からん、という方は赤い字の箇所をまず、頭に入れてから読んでみて下さい。それでは、また(^O^)/

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まず、各条文の内容に入る前に、「入門の入門」として何回かにわたって憲法の基本的な原則についてお話したいと思います。
これらの原則は、大日本帝国憲法を理解する上だけでなく、日本国憲法や外国の憲法を理解する上でも重要なものですので、ぜひ大雑把にでも頭に入れた上で、各条文を理解するようにして下さい(。・ω・)ノ゙
さて、今日お話するのは、基本中の基本、「そもそも憲法って何?」という素朴な疑問から始めましょう。
では、いきなり結論を言っちゃいます(^O^)
憲法とは、国体についての道徳、慣習、伝統などのことである。
では、説明していきます(^-^)/。
私たちは生まれてから家族の中で育ち、様々な人と関わりながら成長し、大人になっていきます。その過程で様々な道徳や慣習を学んでいきます。
このような道徳や慣習を学ぶことなしに、私たちは一人前になることはできません。私たちは一人一人、様々な異なる個性、異なる性格、異なる能力を持ちつつも、必ず家族その他周囲の人々によってこういったものを教えられて人となります。家族は私たちが人となる上で、非常に大切なものです。
更に視野を広げると、私たちが共通の祖先を崇拝し、その下に集ってきた国家というものがあります。
家族は道徳や慣習によって支えられ、そしてその集合体である国家もまた、道徳や慣習によって支えられている。
道徳や慣習というものは、誰か特定の偉い人が考えたものではありません。でも、だからこそ価値があるのです。なぜなら、人は必ず間違いを犯す生き物です。どんな天才でも、それを避けることはできません。まして、国家というたくさんの、様々な人間の利害がぶつかり合う空間において、それを調整し、まとめていく規範(ルール)を考えだすのは至難の業です。
だから、先人たちが行った様々な試みのうち、道徳や慣習として伝えられているもの、これらこそが尊い知恵であり、保守すべき規範なのです。
これは大切なことなのでしっかりと覚えておいて下さい(^-^)/
特定の人物や集団が考えだした規範よりも、先祖から継承してきた道徳、慣習、伝統などの方が優れており、これらを尊重しなければならない。
そして、このようなもののなかで、特に国家のあり方そのものに関わるような道徳や慣習、伝統などのことを「国体」あるいは「法」といいます。
これも大切なことですが、「法」と「法律」は全く違います。気をつけてください。これについては以前このブログで述べておりますので、そちらを参照して頂ければ幸いです。
私たちの先祖から相続した国体についての道徳、慣習、伝統など、これこそが憲法なのです。
さて、そんな大切な「国体」なわけですが、これは道徳や慣習ですので、文字で書かれたものではありません。このように、文字で書かれていない規範のことを不文法といいます。
もちろんそれでも構わないのですが、大日本帝国憲法制定時においては、そして現代においても憲法は多く成文化されていますので、これを成文憲法として制定したのです。このように文字で書かれた規範のことを成文法といいます。
ですから、はっきり言ってしまえば憲法は必ずしも成文法である必要はありません。不文法でも憲法として成り立ちます。
今回はここまでです。読んでみたけどなんかよく分からん、という方は赤い字の箇所をまず、頭に入れてから読んでみて下さい。それでは、また(^O^)/
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