今日は僕の話を聞いてほしい。よくある話だけどね。
 僕は見ての通り長生きしすぎた。こんなに爺さんになるまで生きる予定じゃなかった。まだまだ若い? お世辞は結構。自分の姿くらい鏡で見ればわかる。しかし、ここはつまらんところだな。若者が一人もいない。 老人介護施設じゃ無理も無いって? 名前は立派なのが付いているが、要は姥捨山と変わりないだろ? 違う? 捨てるんじゃなくて、ちゃんと世話をしてくれる? 冗談言っちゃいけない。食べさせて下の世話さえすれば極楽か? そうじゃない。自由がなくちゃ。な? 自由だよ。一番大切なのは。外にでちゃいけない。遠くに行っちゃいけない。あれは危ない。きりがないくらい『いけない』事だらけだ。
 そもそも、僕は好んでこの施設に来たんじゃない。足腰が弱った僕をお節介な民生委員が放り込んだのさ。ああ、子供も連れ合いもいないからね。いや、とうに向こうに行ってしまったんだよ。彼岸にさ。だから、最近の僕の楽しみは家族の墓参りだった。週に一度は墓に行ったね。案外近くにあるからね。タクシーに乗れば30分くらいで着くよ。混んでいなければ。墓はいいね。あんなに落ち着くところはないよ。いつも半日くらいは墓でボ〜ッとしていたものだ。殊に今に季節はいいね。風も爽やかでさ。暑くもなく寒くもなく。休憩所のベンチに座っていると心地良すぎて居眠りが出るくらいだ。行った時と帰りに手を合わせ、また来るからと言って帰るんだ。タクシーから降りて家の中に入ると結構疲れてるんだな、これが。誰もいない茶の間でテレビを眺めて買い置きの弁当を食べて寝る。かなり侘しい。また、墓に行きたくなる。まあ、毎日はとても無理だから、一週間は我慢するのさ。
 そんなわけで、墓参りだけが楽しみだったのに、行かせてくれないんだよ。妻も子も待っているっていうのに。まったく、ここの奴らは情けというものがない。だから、ここから出たいんだよ。あの民生委員、呼んでくれないかな。なんとかしてくれると思うんだよ。え、職員に話してくれる。それはありがたい。よろしくお願いするよ。

「あの方に家族はいませんよ。長い間、お一人でね。結婚もされていないし、もちろんお子さんもいない。ええ、ええ、いつもそうおっしゃいます。ご自分の中で、夢が現実になっているようで。わかりました。そろそろ、お墓参りをさせましょう」
「お墓はあるのかって? いいえ、当苑の車で2〜30分走って、ほら、あの庭の隅の記念碑に連れて行くのですよ。あそこのベンチで小一時間休んでお部屋に帰ると、たいそう満足されて、しばらくは大丈夫なんですよ」
「人間って何故墓に固執するんでしょうかね? 私たち介護ロボットにすれば、スクラップ置き場でしょう?  何が良いんだか。人間は謎だらけですね」

     結





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