会津まつり期間の日曜日の午前中は飯盛山で「白虎隊の慰霊祭」がコロナゲホゲホ感染拡大で

中止か?縮小でも執り行われるかも?と思い標高380メートルの小高い山(白虎隊霊場)に上る。受付料金所の方と有名な飯盛山の御朱印についてお話を・・・つい長くなり、

お付き合いに「動く坂道」スロープコンベアに乗る。

石段183段上らず「楽ちんニコニコ」でした。(大人料金250円)

この日はテントも飾られてなく静まりかえった白虎隊の墓前で合掌するお願い(午前8時)

やはり別な日、22日か23日でしょうか?墓前での人影は3組しかいませんでした

 

   

駅前にある白虎隊士像   今やスロープコンベアが  白虎隊十九士の墓

                 あるので楽に上れます

  

少年武士慰霊碑     白虎隊十九士の墓前で    ▲傍に三十一基の墓もある

白虎隊外戦死者   同じ参拝の方に撮っていただく  「戦没白虎隊士」の墓である

(14歳より17歳)                      墓に注目する人は稀ですお願い

 

  

飯盛山の駐車場に咲く  今回は白虎隊の剣舞は   スマホスマホだとチョット勝手が違う

コスモスの綺麗な花    見られませんでしたね~     撮影でしたえー?

 

  

10年前の写真画像です    白虎隊自刃の地から遠望の鶴ヶ城を望む

                     (白虎隊と同じように光景を眺めてみる目

自刃の図(中央)は私が会津に初めて訪れた中学生(14歳)の時、大きな衝撃を受けた

白虎隊の自刃図です。

この地に来ると今の若者は・・と対比してしまう。長い時空を超え日本の教育がこのままで

良いのか何か大切なものをひらめき電球失いかけていないか?捨て去られていないか・・・とつい

考えてしまいますね~うーん

 

  

会津藩殉難烈婦の碑    国指定重要文化財    戸ノ口堰洞穴さ

                 「さざえ堂」        城の安否を確かめるため帰城の

                                途中隊士20名が通過した洞窟

 

戊辰戦争で(1868)年で自刃または戦死した会津藩の婦女子おとめ座230余名の霊を

弔う「会津藩殉難烈婦の碑」は同じように飯盛山の霊場にあります

非常に気になる碑ですキラキラ

新政府軍(官軍)が鶴ヶ城下に来襲した際、奮戦した中野竹子を始めとする娘子隊や

薙刀隊、自刃した城代家老の西郷頼母の妻、西郷千重子たちは良く知られていますが、

城下外の農村や山村方面に逃れ非難した婦女子も多く一万人以上と推測されます。

 

籠城して玉砕を覚悟して一家全員が鶴ヶ城に入城した際、戦闘や籠城の妨げや食料を食い潰すことや他に避難して凌辱を受ける恐れがあるから

自刃する人たちの婦女子の方たちでしょうか?(230名)

城下外の農村や郊外に避難し、戦地の良人や父親、親類の音沙汰を待つ・・・

そんな女性たちの記録や不明な点が数多くあるからです・・・合掌お願い

 

  

飯盛山、土産店から会津市内を眺める      鶴ヶ城外濠内にある白虎隊生家

 

飯盛山周辺での見どころは沢山ありますが、制約された時間内での戊辰足跡巡りあし

ですので今回は白虎隊記念館・伝承史学館や滝沢本陣はスルー走る人させていただき

午後からは七日町の阿弥陀寺に向かいます車

 

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