京都滞在二日目の早朝に「島原」と「壬生寺」「八木源之承邸」「前川荘司邸」など

新選組隊士のなじみの街を歩いていきます。あし

  

 新撰組と歩くマップ     丹波口駅周辺の案内図     島原住吉神社お願い

                (ホテル)

丁度、宿泊ホテルが嵯峨野線電車の「丹波口」下車5分の五条通りで「島原」や「壬生寺」に近いのです。早朝の散歩気分で島原大門を括り、「角屋」・「角屋おもてなしの文化美術」に向かう

この後、壬生寺や八木邸・旧前川邸・光緑寺・・・そしてS君と待ち合わせの二条城へ

・・・と言う訳ですので、あまりユックリ観覧している時間はないのでポイントだけ観て巡つて参ろうと思います。

  

島原大門      揚屋「角屋」この日は「角屋もてなしの文化美術館月曜日で定休しょぼん

 

  

角屋内部 台所・宴席・室内には新選組がつけたとされる刀痕がが残る

(上記は9年前の撮影画像です、中央は角屋主庭の臥龍松の庭が見える)

 

  

置屋「輪違屋」           歩行中目に留まったお花    壬生寺表門

              (西本願寺に屯所を移転した後も軍事訓練爆弾で境内を使用した)

 

  

近藤勇の胸像  粛清された芹沢鴨と平山五郎の墓(左側) 「あゝ新選組」の歌碑

                                 新選組は今日もゆく~音符

芹沢鴨の暗殺(剣心の勝手独り言うーん

部屋の唐紙を蹴り破って突入した土方歳三と沖田総司、目標は芹沢鴨

山南と原田は平山の方を受け持った。手前に寝ていた平山は襲撃に気づく間もなく

山南に斬られ首を落とした。一方、芹沢の方は流石に違っていて沖田の一撃を受けながら、直ぐに脇差を抜いて反撃プンプンに出た、(そこは神道無念流の達人である)

その切先が沖田の顔面をかすめる

そこで歳三の二太刀を加える、芹沢は体に刃を受け、血まみれになりながら廊下に出て

隣室に逃げるが足下に机が当たり、けつまずき倒れ込んだ・・・後を追いかけた

沖田と歳三が倒れた芹沢に何度も斬りつけ、やがて芹沢の身体が動かなくなるのを見届け

4人は足早に現場から立ち去ったDASH!・・・別室にいて命拾いをした平間は無残な姿をした芹沢の姿に恐怖を抱きそのまま隊を脱走、、女たちの中ではお梅だけが巻き添えを食って

死亡した・・・と独り言。

 

ガイドの女性おとめ座の方が芹沢鴨の暗殺の内容をお話をしていただきました

いろんなお話の中で多少の知識がありましたので(滞在時間が余りなく)

ポイントだけの説明にしていただきました

(ガイドさんが私があまり、詳しく知っていましたのでビックリびっくり)、

異説も含めチトお話と立ち廻り仮想演武?ゲラゲラ(笑)

部屋の桟の刀傷の位置は本当にこの部屋が低く刀を

上段から振りかざして当たったドンッ刀傷ですね~(この場所に来るたびに思います)

 

  

新選組幹部が宿舎として使用した八木邸        狭い部屋の鴨居に残る刀傷

 

入場券とセットにある「抹茶と屯所餅」、幕末のロマンに想いを馳せて

食してくださいと記してありました。その通り思いを馳せ一服お茶しましたよ

「ごちそうさまでした~ニコニコ

  

新選組屯所 旧前川邸      邸内図      山南の墓脇に咲いていた紫陽花あじさい

 

山南切腹ドンッの当日、山南と恋人ラブラブ・明里は出窓の格子をつかみ、

何十分も別れを惜しんだという「山南さん~山南さん~おとめ座

何とも言えない淋しそうな目をして声を上げ泣いたしょぼんそうです

 
  
   光縁寺  新選組の墓案内図    山南敬助の墓、お願い手前が沖田総司縁者の墓
 
山南敬助の介錯は仲の良い沖田総司、敬助は見事に腹を横一文字に割いて總司の
鮮やかな剣捌きキラキラの一刀のもとに首が落ちたという
(新選組壬生寺・屯所・等の詳しいお話は割愛いたします)
 
  
二条城の御城印とパンフ   東大手門          二条城 場内案会図
 
東大手門は二条城の正門にあたり、現在の門は1662年(寛文2年)頃の建築と考えられています。築城当時は現在のように櫓門(二階建て)でしたが寛永の二条城行幸には天皇を二階から見下ろさないようにと一重の門に建て替えられられたと言います。
この時、ひらめき電球S君に写真撮影カメラをしていただきましたが急に強いゲリラ雨びっくり雨に曝され
慌てて二の丸御殿に入場ですあせる
 
  
東南隅櫓           二の丸庭園          唐門
 
二の丸御殿  東南から北西にかけて、遠侍、式台、大広間、蘇鉄の間。黒書院
、白書院の6棟が雁行形に立ち並ぶ御殿で部屋数33室、800畳余りもある内部は
代表的な「松鷹図」をはじめ将軍の威厳を示す虎や豹、桜や四季折々の花を描いた
狩野派の障壁画(模写画)が装飾されていますが・・・チト薄暗いですね~
 
  
「大政奉還」を公表した二の丸御殿 (9年前の画像) 天守閣跡から本丸御殿を観る
 
小雨雨が降る中、S君と二の丸庭園、本丸庭園を廻り廻ってきましたがS君も初めてという
天守閣に登りました。現在は石垣だけが残されて本丸御殿と本丸庭園、京都の町の景観が見わたすことが出来ます。画像中央が9年前に訪れた時の本末御殿方向に観た眺望です
(現在は本丸御殿は右側写真通り工事中です)
S君もこの眺望目場所は知らなかったみたいで、暫くは四角方向を見渡していましたね~
 
では、次の会津藩の本陣が置かれた金戒光明寺の京都守護職跡あしに向かいます
叫びS君~最寄りバス停バス、時間待ち何分~?」
 
 

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