前回の埼玉県内の御城印を巡る・・・の続きになります。

川越城から喜多院を経て、車で関越道路を北に向かい嵐山・小川ICから国道254号線を

東松山方面へ10分位でしょうか?最寄りの駅の東武東上線「武蔵嵐山」下車してから

歩いて15分位です。敷地内に隣接する「嵐山史跡の博物館」を目指すと解り易いと思います


   

菅谷館の主(あるじ)      嵐山史跡の博物館    比企城館跡群

畠山重忠(はたけやましげただ)            青線で囲いました「菅谷」と「杉山」

 

(埼玉県比企郡)比企地域には69カ所の城館跡があり、関東を体表する中世城館の

遺跡群が形成され、城郭の博物館とも言われています。これらのうち。菅谷館跡、松山城跡

杉山城跡、小倉城跡が城郭規模や築城技術の特徴、良好な保存状態から「比企城館群

として国史跡に指定されました。

 

  

菅谷館跡の御城印ゲット   菅谷館跡 説明看板     二ノ郭(にのくるわ)

 

菅谷館跡は、鎌倉時代(約800年前)の有力武、士畠山重忠が住居したと伝えられ

菅谷館は、都幾川(ときがわ)と槻川(つきがわ)の合流地点を臨む台地上にあり、

総面積は13万㎡(東京ドーム約3個分)あります。

館跡の東と西には深い浸食谷があり、外堀の役割を果たしています。

都幾川に面した断崖の上に本郭があり、4つの郭が本郭を取り囲むように配置され

二ノ郭、三ノ郭、西ノ郭、南郭と呼ばれています。

 

それぞれの郭(くるわ)は深い堀と高い土塁(どるい)によって囲まれ、敵が容易に

侵入できない構造になっています。また郭の出入り口である虎口(こぐち)の周辺や、

防御上、重要な部分では横矢「よこや」(側面攻撃)が出来るように土塁に折(おり)を

つけたり、出桝形「でますがた」(凸状の張り出し)の土塁を設けるなどして工夫が観られます

広大な平城だったと思いますね~館跡を歩き行き交う人は平日だったので若いカップル、中高年の方迄、5組しか擦れ違いませんでした、ユックリノンビリ雑木林を歩きあし、次の

「杉山城跡」へ向かいます・・・車DASH!

 

  

本郭(ほんぐるわ) 三ノ郭から西ノ郭に渡る木橋(復元)  空堀や土塁が多く観られます

 

 

  

杉山城御城印ゲット    杉山城跡1/500        敷地内にある玉ノ岡中学校

 

杉山城跡、戦国時代の山城跡です。鎌倉街道を見下ろす丘陵の屋根上におよそ

10の郭を配置した縄張りとなっています。各郭は横堀や帯郭が囲み、塁線には折が

連続します。木橋や土橋を用いた様々な形態の虎口(郭の出入口)には侵入方向に対し

真横からも矢を射掛けて防御する横矢掛りが施されます。またこうした高度な築城技術に

より、知名度が高く「築城の教科書」「戦国期城郭の最高傑作のひとつ」という評価が

されてきました。一方、城主や築城年代については記録がなく不明でしたが、平成14年

からは発掘調査で城の年代や歴史的な背景がわかってきました。(埼玉県比企郡嵐山町)

 

   

 

  

                本郭の頂上ではツツジの花が咲いていました

城郭の大部分は、クスギやコナラなどを主体とした雑木林で

里山の景観も良かったですね~ニコニコ

杉山城の御城印は最寄り駅の「武蔵嵐山」駅案内所で販売しています。

駐車場は玉の岡中学校に車を止めて、そこから丘陵の尾根上まで歩きますので

靴はトレッキングシューズ・・ウォークシューズ・スポーツシューズがいいです

駐車場駐車場から学校敷地内を通る時に生徒さんが度々、挨拶を必ずしてくださいました

驚いたラブことに走る自転車を止めて挨拶する生徒もいました(先生と間違えたかな~)(笑)

元気な声での挨拶に、こちらも元気叫びを返します・・・マスクゲホゲホだと届かないかも~

では、来週も御城印巡りあし、天気晴れの状況を見ながら続けます~宜しくね~ニコニコ

 

 

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