会津まつり三日目の午前中は、朝早くホテルを出て文武両道の郷、

会津藩校「日新館」へ向かい・・・午前九時半には剣士七人揃って入館です。

この会津藩校「日新館(にっしんかん)」は江戸時代に人材育成を目的に亨和三年

(1803)に建設され全国三百藩校の中でも規模や内容においても有数と謳われ、

幕末には「白虎隊」をはじめとする多くの優秀な人材を輩出しています。

 

  

日新館ポスター     素読所(論語・中庸使用)    日新館全体案内図

         (10歳になった武士の子供は素読書に入学する)

 

敷地面積の広さは東西二百二十六㍍、南北百十六㍍の八千坪、建物は千五百坪あります

飯盛山で自刃した白虎隊の少年たちは、もちろんのこと「ならぬことはならぬ」の精神を

学び夢を馳せていたのです・・・残念ながら戊辰戦争において焼失してしまった日新館ですが昭和六十二年に会津の精神文化を後世に伝えようと完全復活されました。

(会津藩校日新館)

  

白虎隊のポスター  「ならぬことはならぬのです」    白虎隊の食事学

 

  

礼式方での学習  膳椀の置き方から切腹の作法に至るまで武士としての必要な

          作法を学ぶ。メモ 左上の光景は刀剣の受け渡しを学んでいるところです

          片手で懐紙を持ち相手方に礼を示す

 

  

武講(兵学を研究するところです)  水練水馬池     天文台(天球儀を置いて天体観測)

             (日本で初めて造られたプールと言われる)

 

  

館内で体験できる座禅や弓道  武士道に思いを馳せ矢を射る・・・少し外れた~ネウインク

 

  

砲撃を受けた鶴ヶ城の模型  郡長政と萱野権兵衛  白虎隊突撃ワンシーン(ドラマ)

 

            郡 長政(こおりながまさ)の自刃    郡長政の墓(会津天寧寺「てんねいじ」)お願い

                     

幕末・明治記念室の奥にある郡長政の自刃の人形がある

もうずいぶん前に早乙女貢氏の「会津士魂」で読んでいたのでいたので、このお話の

再現が人形や展示されていることに驚きびっくり・・また嬉しくもありました

 

(郡長政は会津藩家老 萱野権兵衛の二男です)

戊辰後、会津教学復興のため豊前小笠原藩(福岡県)藩校行徳館に留学生とになった

七人の少年の一人であるが境遇の苦情を訴えた母への手紙が原因で会津士魂を全うするために自刃し十六歳の短い生涯を閉じることになる。明治四年(1871)五月一日

一説によると、ある時、故郷にあてた手紙の中に寮の食事に関することが書き添えてあり

それがたまたま他の生徒の眼に触れて問題になったしまった。ついに会津武士の精神をなじられるまでになり長政はその名誉を守るため切腹に及んだと言われています

 

隣接するガラスケース内に掲載された案内文に少年会津藩士の言葉が添えられている

・・・ただただ切ないですね~しょぼん

 

会津武士の精神や幼年時代にしつけられた「ならぬことはならぬ」という言葉が

どのような意味を持っているのか・・それを教えてやりたい

君の生きた十六年という短い人生を日本の少年たちに聞かせてやりたい・・・

現代の日本の少年たちは君の切腹をどう解釈するのだろうか?

(少年会津藩士悲話より)~館内文を一部抜粋~