三十七次(宿)の福島宿(ふくしまじゅく)は木曽十一宿の中では政治や経済・文化などでは

中心地であり、東海道の箱根と新居、中山道の碓氷の関所と並ぶ四大関所であったことで

知られています。

宮ノ越宿~7㌔かけて歩きあし二時間位の時間で巨大な冠木門が建っている

福島宿に入る。・・・腕時計腕時計を見ると午後3:30分間もなく陽が落ち始める「急がねば~あせる

 

   

三十七の宿 「福島(ふくしま)」  巨大な冠木門を潜る   福島宿の歩行経路

 

木曽福島は中世には木曽氏の城下町として発達し宿としても、すでに天分年間(1532~1555)年には成立してたと言われている。江戸時代には中山道の宿に指定される一方で

関所が設置され木曽地方を治めた木曽代官山村氏とその家臣団が居住した。

また御嶽山の登山口でもあり多くの参詣者で賑わいなど木曽路の中では

政治・経済・交通面での中心的存在でもある

家数158軒・人口972人(本陣1軒・脇本陣1軒・旅籠屋14軒)

 

  

福島関所跡 「入り鉄砲に出女」を厳しく取り締まったという

木曽川を見下ろす高台にある関所。国の史跡に指定され史跡の横に関所の建物が

復元され資料館になっています。「福島関所資料館」8:30~16:30 料金300円                 

  

江戸幕府関所配置図  右側=尾張藩の発行女手形   「女改めの実際」 案内看板

             左側=碓氷関所への宛てて発行した女手形

 

  

山村代官屋敷東門跡  東門跡の説明案内板   山村代官屋敷に閉門30分前に入場

築山泉水式庭園と御屋敷「山村代官屋敷」8:30~16:30料金300円                                

          

  

               引き継がれる山村家の「守り刀」  家中家譜・分限帳

                「備前長船則光

 

  

代官屋敷から宿内を眺める  暗くなった街道(本町を歩く) 上の段(説明案内看板)

午後4:30頃        

 

  

上の段にある「まつり会館」  街道沿いに並ぶ町屋造り  上の段 (寺門前小路            

 

江戸時代からの古い街並みを色濃くとどめている坂道の町「上の段」

宿場町特有の形態を備えた「枡形(ますがた)」や高札場跡、宿場時代の袖卯建をつけた

町屋、なまこ塗りの土蔵が立ち並び、坂を上りつめたところに古風な水場があり

豊富な水が道まであふれている・・・ここを通る時間帯はもう午後五時近くになる

あたりは薄暗く残念ながら景観が良くなくなった・・・そういえば長野生まれの歌人、

太田水穂(みずほ)は「山蒼く暮れて 夜霧に灯をともす 木曽福島は 谷底の町」・・・

と詠んでいる

 

  

萬蔵の宿「むらちや」  木曽平沢で下車した米国二人   宿泊「むらちや」の夕食

 

午後六時に宿泊「むらちや」さんに着く予定がこの夕暮れ時、五時に着いた

平日だったので宿泊者は八名だったが・・驚いたことに午前中のJR中央本線「木曽平沢」で

下車した米国人二人がこの宿に宿泊しに六時頃見えたのですびっくり

奇遇ひらめき電球でした・・なんでも、このご両人「22㌔」歩いてきたのです・・と言っても

私も同じように中山道を名所・史跡を見ながらゆっくり鈍行で歩いていますが・・

きっと彼らはあまり寄り道しないでひたすら急行汗?歩きで踏破あししてきたのでしょうね~

私の下車する二つ前の駅ですから・・・

さて、明日は妻籠宿の「文化文政風俗絵巻之行列」を観に木曽福島駅を早朝7:36発です

今晩は早目に布団に入りました・・・お休み~パー ニコニコぐぅぐぅ