前回から続きます・・本陣前で観光案内ボランティアの女性の方から本陣福田家の

「和宮膳組拝見を特別開放しています、ご案内しますのでぜひお立ち寄りくださ~い!叫び」と

呼び込みをしているので、本陣福田家へ入室する

 

  

6姫の集合記念写真撮影  本陣前でボランティアの女性と  本陣内部の模型

 

旧太田宿本陣門(きゅうおおたじゅくほんじんもん)。

この門は一間の薬医門で両袖に半間の塀がつき旧本陣の威容を偲ばせる

格式ある造りです。文久元年(1861)、仁孝天皇の皇女和宮が14代将軍徳川家茂に

嫁ぐため下向した際に新築された門です。

当時の本陣の屋敷は失われていますが、街道に面した表門が往時の面影を残しています

ボランティアの方に案内され室内で未公開の膳組や太田宿より軍資金の提供を受けた

幕末の水戸天狗勢の総大将武田耕雲斎が感謝し福田家に贈ったといわれる兜が

展示されていた

ボランティアの熟年男性から「兜を取って持ってもいいですよ~」と言われ手に取ってみる・・・意外と思ったより軽く・・これなら真向斬りで兜を斬り込むことが出来るかな~?

な~んて思ってもみた・・・(ニコニコ苦笑)

 

  

  和宮(女性膳組)         男性膳組            武田耕雲斎から贈られた「兜」

(上記三枚の写真は御当主より撮影許可済です)

 

  

太田宿中山道まつりのチラシ 鳴子踊りクラッカー14:00~ 姫道中の先頭が観えたひらめき電球(祐泉寺前)

 

中山道は、江戸時代に多くの姫様が通つたことから「姫街道」と呼ばれる。

「姫道中」は当時の絢爛豪華な姫様の行列を現代に再現したおまつりで今回で

34回目を迎えるという・・・

今日は秋晴れの中、太田宿のメイン通りを

14代将軍徳川家茂に嫁いだ皇女和宮様をはじめ中山道を降嫁した6人の姫様たちが

艶やかな衣装に身を包んで一際映える素敵なラブラブ姫道中おとめ座でしたね~

 

  

皇女和宮(かずのみや)Wさん(短大生) 14代将軍徳川家茂に嫁いだ仁孝天皇大八皇女

比ノ宮(なみのみや)Nさん(看護師) 9代将軍徳川家重に嫁いだ伏見宮邦永親王王女

 

  

五十姫(いそひめ)Iさん(レポーター) 10代将軍徳川家治に嫁いだ閑院宮直仁親王王女

寿明姫(すめひめ)Oさん(大学生) 13代将軍徳川家定に嫁いだ関白一条忠良の姫

真ノ宮(さなのみや)Oさん(小学校教員)8代将軍徳川吉宗に嫁いだ伏見宮貞致親王王女

 

  

楽宮(さざのみや)Fさん(会社員)12代将軍徳川家慶に嫁いだ有栖宮織仁親王王女

      ▼中央

  

     宿場の一番西外れ高札場に向かう途中に鍋に煮立った「どて串?」

                       一本100円いかがですか?と言われ「どて串?」

                 どて串って何?と聞いたら店の人から「知らないの~」だって

                 どこの人?とも言われてしまったね~しょぼん

  

下町の枡形を観る▲    弥勒寺跡と下町の枡形案内  標柱案内 太田代官所まで

                                    50m・・もう間もなくですねあし

枡形(桝形)「ますがた」                       

宿場の出入口または宿内の街道を鍵の手に折り曲げ、城内によっては石垣を造り

敵の侵入に備えたもので「典尺手」とも呼ばれる。

見通しをきかせないという戦略的な配慮による

 

  

太田小学校(太田代官所跡)  太田代官所の模型   この木曾川先二里(9.8㌔)が

文豪の坪内逍遥はこの時一緒に勤めていた代官所手代    次の宿「鵜沼宿」です                           

坪内平右衛門の子息として代官役宅で生まれている

 

  

JR美濃太田駅まで歩きあし戻る  名古屋から「ひかり」18:26発東京行き

(下町から20分位)       東海道新幹線弁当(1000円)を食する・・・

                   沿線のグルメがいっぱい美味しかったね~

               美濃太田宿「中山道まつり祭」十二分に堪能して参りました・・・

               良かったよ~ニコニコあなたも来年いかがですか?グッド!