昨年12月以来、冬季、春季3月迄、旧中山道歩きはお休みしていました・・・

3月の中旬に北陸(福井県)の昔仲間たちに逢うため北陸巡り新幹線(福井・金沢・富山)を

計画していましたが直前に左足の脹脛が肥大になり、稽古も正座が出来ない状態でしたので

北陸旅行を断念し左足の治療を続け最近、やっと元の状態に回復しました・・・ニコニコ

 

  

木曾街道六十九次之内 塩尻    左の図(江戸期)と(現代)対比してみました・・

            天候が良く快晴であれば富士山が正面に見えるはずですが?

といっても

相変わらず左足の脹脛は血液の循環が悪いようで正座が未だ完全にできませんしょぼん

通常の歩行には支障がないため・・天気の良い日を選び、前回の続き「下諏訪宿」から

30次目の「塩尻宿」へ旧中山道を再びぶらり歩き始めましたあし・・・

 

  

早朝の熊谷駅7:31発   高崎駅から(矢印赤)は高崎観音  水田が見え・・・

 

ぼ~っと新幹線からや特急電車の車窓から眺める景観は

水田が見え、名も知らぬ山陰から突然、残雪の迫力ある美しいアルプスのパノラマが

見えたり・・・なんともいえぬ心地よい安らぎを覚えます・・・

喧騒から離れ一人旅の贅沢な時間を満喫し至福の時でもありますね~

地域の生活感や季節の匂いを感じ・・・

きっとリフレッシュやストレス解消にも繋がると思います

(拙者はあまりストレスはありませんがにひひ・・・)

 

  

アルプスが突然目に入る  長野~松本~下諏訪間は新幹線から特急に二度乗り換える

 

  

下諏訪駅10:14着(2時間43分) 駅前通りを西に歩くと「魁塚」▲が見える

 

長野駅から特急列車を二度乗り換え午前10時過ぎに下諏訪駅に着く、

ここまでの所要時間は2時間43分であっという間でした、ご当地で御柱と、しめ縄が出迎えてくれて?駅前交差点の県道を西に進むと駅からあまり離れていない場所に維新の際に

偽官軍にされた赤報隊のが処刑された場所に建つ「魁塚(さきがけづか)」があります・・・

 

前回「下諏訪宿」で触れて、ここまで歩き戻りましたので割愛させていただきます・・

https://ameblo.jp/samurai-ukikusa/theme-10096741883.html

 

更に西に歩くと右側に「平福寺」を右側に見て先にあるのが長池東堀交差点にある

右中山道 左いなみち」と石碑に刻まれてある古い道標がある

 

  

下諏訪町(春宮の鳥居が見える) 平福寺の山門を右に見て旧中山道を歩くあし

 

  

右中山道 左いなみちいなの道標            旧御小休本陣(今井家・右側)

(長池東堀交差点)▲

 

文久元年11月5日皇女和宮が徳川将軍家に御降嫁の時、明治13年6月24日

明治天皇が京都方面巡幸の時、御小休になられた。(旧御小休本陣・今井家)

傍には「今井番所跡」もある

  

右しもすわ 左しほじり峠」の道標  石舟観音の道を通る  上ってきた背景を観る

 

中仙道・中山道の仙・山の文字について

正徳6年(1716)江戸幕府は中仙道を中山道と改めた。

老中井上河内守は道中奉行松平石見守(いわみのかみ)に対し「今まで仙の字を用いて

いたが今後、山の文字を用いること」を命じている。

日本中央の山の道であると言う理由によるものだった(岡谷教育委員会 平成2年11月)

 

    

旧中山道の大石(おおいし))塩尻峠展望台から諏訪湖を観る   茶屋本陣

(右側)

山道に入り塩尻峠まで上り坂1.5㌔である・・・上り坂の勾配を上るのに

二度ほど足が止まり休憩お茶をした・・・途中に言い伝えのある大岩の(大石)を通る

伝承によれば、なんでもこの大石に盗人が隠れていて旅人を襲ったドンッという・・・

今回?は誰も人影を見ることなく峠の展望台まで上りきる汗・・・やれやれあせる・・・

 

   

東山一里塚                柿沢の集落に入ると首塚・胴塚の案内板が見える

 

長井坂という長い坂を下って柿沢の集落に入ると「首塚・胴塚」の案内板がある

信濃に侵攻する武田信玄と信濃を守る小笠原長時が戦って負けた小笠原方の戦死者ドクロ

村人が埋葬して建てた塚だそうだ・・・(田んぼの中を歩き探したサーチが時間がかかるので戻る)

 

  

雀踊り」をつけた古民家    慈眼山永福寺    柿沢一里塚跡(歩道正面にある)

                                この辺から塩尻宿に入ります

 

なだらかな細い坂を下り旧中山道の両側にはゆったりとした家並みや本棟民家切妻造りの

民家で「雀踊り(すずめおどり」と呼ばれる飾りです棟飾りです・・江戸時代でのこの地方の

独特の飾りのようです

そのまま進むと永福寺が見え木曾義仲のゆかりの地でもありますね~

このお寺の観音堂は市の有形文化財でもあります。

  

重要文化財 小野家住宅  飛脚問屋跡(右側)     高札場・下問屋跡

 

塩尻宿の入り口(仲町)から中心地の街道脇には石碑(史跡)が数多くあります

松本藩塩尻口留番所跡碑・十王堂跡碑・五千石街道碑・三州街道碑・・・

中心地の小野住宅は元旅籠屋で屋号(いちょう屋)と称して江戸時代の建物が一部

の残っています・・・嘉永三年(1850)の建物で国の重要文化財になっています

 

この周辺の石碑は高札場跡・下問屋跡碑・飛脚問屋跡碑・上問屋跡碑・本陣跡碑・

脇本陣・陣屋跡と続きます・・残念ながら本棟造りの家屋の堀内家住宅(国重要文化財)

は工事中で観られませんたね~近くにブロック塀に囲まれた「双体道祖神」が

仲良く手を繋いでラブラブラブラブが思わずニッコリ微笑ましく見えたのが良かったかな~

 

まもなく塩尻駅です・・・出発時間からここまでの所要時間は約8時間

下諏訪宿から塩尻宿までは二里三十二町で11.8㌔あしでした

標高1055㍍の塩尻峠の勾配ある坂登は痛めたガーン左足にはチトきつかったかもしれませんね

ガンバった左足に感謝「ありがと~う!ニコニコ

 

  

塩尻宿 本陣跡   通り沿いにある塩尻宿の看板       塩尻陣屋跡

     

  

男女双体ラブラブ道祖神     堀内家住宅は工事中でした  塩尻駅到着(15:30頃)