和田宿は中山道の街道最大の難所と言われた和田峠(標高1600m)を控え

隣の下諏訪宿まで五里十八町(約22㌔)峠との標高差は800mほどあったため、

逗留する大名らの行列や旅人も多く、長久保と同様に規模の大きい宿場町です

(本陣1軒、脇本陣2軒、旅籠28軒)

 

 

 木曾街道六十九次之内 和田         中山道和田宿マップ

                                   

幕末の文久元年(1861年)三月、本陣他、宿場の大半が火災で焼失してしまいますが、

この年の十一月には皇女和宮降嫁の際の宿泊地として控えていたことから、

幕府より二千両ほど拝借して街並みを復興させ、この大行列を無事に迎えました

現在残している、嘗ての建物はその時に建築されたものである

 

  

追川橋を渡ると右隣かわちや(歴史資料館)がある

 

かわちや 文久元年(1861)三月十日の大火で焼失したが、その年の十一月、

本陣・脇本陣等と同して再建されたものである

和田宿の旅籠の中では規模が大きいほうである。

出桁造り(だしげたづくり)で格子戸のついた宿場建築の代表的な遺構であり

江戸末期の建築様式をよく伝えています

 

  

蕎麦や「徳田」     問屋跡(米屋鐵五郎)   旧本亭旅館(2012年春廃業)

(羽田野家)

   

和田宿脇本陣(翠川家)   脇本陣の説明板   屋号が多い古い佇まいの和田宿

 

  

和田宿本陣      本陣の説明板    皇女和宮様が宿泊された各宿場駅名

 

  

本陣 献茶の儀    和宮様御下向関係(廻状)     本陣内部

 

  

和宮様下向道中御輿の護衛は            和宮様御下向道中詠歌 

十二藩沿道警備は二十九藩

 
和田峠最大の難所を控え、この和田宿に宿泊しようかと調べてみたが
歴史ある人気ラブラブの旧本亭旅館(江戸後期の建物)が廃業していると聞き
長和町(ながわまち)の民宿「みや」さんにお願いした。
約束の本陣前で同輩のOさんと一緒に車を待つ・・・
そう・・・宿まで送迎車していただけるのですニコニコ
この晩はなんと中山道歩きの他二名の方もいて、四名で街道歩きのお話で

盛り上がりクラッカー民宿みやさんの御主人も中に入り、和田峠越えの注意点も聞き

宿で販売している熊さんくま除け大きい鈴を記念代わりに買い求めました(一つ600円)

明日は下諏訪までの五里十八町(約22㌔)あし峠越え汗です・・皆さんがんばりましょう・・・

 

  

親切な民宿みやのご主人   クマよけの鈴   同宿した中山道歩きの仲間たち

 

民宿みや 住所 〒386-0601

 長野県小県郡(ちいさがた)長和(ながわ)町大門岩井653番地 ☎0268-68-0302

http://www.kokuyou.ne.jp/~minsyuku/ メール:magu@rose.ocn.ne.jp

 

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