

富山湾特有の寄りまわり波が
お2人の命をうばい、
住宅におそいかかり、
240軒以上が被害をうけました。
今日も悪天候に見舞われています。
大きな不安を抱えながら、
夜を迎えられていることと思います。
一刻もはやい復旧を。
日本共産党も全力でとりくみます。
…
今日は、被害をうけた朝日町に
いってきました。
朝日町は、
幸いに亡くなった方や
けがされた方はおられませんが、
住宅が浸水、倉庫が全壊しています。
住民の方のために
連日走りまわっている
日本共産党の朝日町議、
稲村功さん、脇四計夫さんと
いっしょに境へ。
むかう途中にながめた海は、
いつものようにおだやかで、
牙をむいたようには
感じさせませんでした。
しかし、
ヒスイで有名な宮崎海岸が
ちかくなるにつれ、
あたりはいっぺん。
もろくはぐれている
防波堤のコンクリート。
地震が起こったように
亀裂がはしる道路。
宮崎漁港の港内には、
山のようにおいかぶさった土砂…。
言葉を失うような
光景がひろがっていました。
朝日町漁業協同組合の
組合長さん方と輪になって、
お話をうかがいました。
これまで幾度となく
高波の被害がある宮崎。
1年に1回は道路が
通行止めになるそうです。
今回は、今年度に予算化され、
3月に設置される予定の
テトラポットが
港内におかれていました。
それが被害をくいとめてくれたとのこと。
当時の写真をみせていただきましたが、
波が道路や港内におしよせ、
川のように流れていました。
船を守るため、
みなさんの力で何メートルも上の道路へ
引き上げたそうです。
「知事は対策をとるといったが、
いまさらおそすぎる。
痛い目にあわなければ動かないのか。
だから政治というのは…」
「海に出ないと生活ができない。
国と県は、命と財産をきちんと守ってほしい」
「とにかく護岸の整備をしっかりして、
もう二度と被害のないようにしてほしい」
再発の防止など、
要望をうけとってきました。
窓からみわたせる雄大な海。
浸水にあった3軒のお宅も、
とてもながめのよい場所です。
被害の状況を目のあたりにし、
海のそばに住むことへのあこがれが
恐怖へと変わりました。
大砲にうたれたかのように
穴があいた住宅の壁。
波がおそいかかった傷あとでした。
床は砂まみれ。
家電製品も、たたみも、寝具も
つかいものにはなりません。
「入院中の夫の看病で病院にいっていた。
看護師さんからは、
夫が心配するといけないので、
家のことについては
くわしく話さないでほしいといわれている」
3軒のご家族とも
奇跡的に助かりました。
偶然、お留守だったり、
部屋からはなれたところに
おられたそうです。
町内のみなさんがすぐかけつけ、
家のかたづけをされました。
「みなさんの力でどうにか
生活できるまでになりました。
本当にありがたいです」
富山でこれだけ
大きな災害というのは
めずらしい。
これまで福井、新潟など
地震や水害のときには
ボランティアにいきました。
人のあたたかさを
強く強く感じるときです。
今後は、国、県に対して
抜本的な対策を求めていくのはもちろん、
仲間たちといっしょに
ボランティアなどをおこないたいです。
入善町の芦崎も
大きな被害をうけています。
芦崎に住む友だちと連絡がとれ、
本人もまわりの方も無事だとのこと。
本当によかった。
「これ以上、被害が出ないように、
天気がよくなるように
祈っていてほしい」
漁師さんにそういわれました。
どうか、はやく
みなさんの心が安らげるように。
…
「しんぶん赤旗」
2008年2月26日付け
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2008-02-26/2008022614_01_0.html