事件は今から5年前の2008年3月に起きた。

● 西新宿事件・「助けてください」と命乞い
まだほとんどの人が眠っているであろう午前4時過ぎのこと。西新宿5丁目の路地で、金村剛弘(たかひろ)こと金剛弘氏(32)が、数人の男に襲われた。

金氏は関東連合のトップ・見立真一の誕生日パーティーに出席していた。3月16日の午前4時頃に解散となり、金氏が自宅近くの路地に入ったところで、十数人に一斉に襲われた。

四方から金氏を取り囲んだ男たちが、およそ5分間、金属バットで金氏を殴打し続けていた。金氏は「ごめんなさい」「助けてください」と命乞いをしたが、男たちは容赦せず、金氏をメッタ打ちにした。

襲撃犯が逃走用の車両を停めていた場所近くの住民はこう語る。

「暴行を終えた犯人たちが車に戻るとき、怖かったけれど、窓を少しだけ開けて外を見たんです。5、6人の男が歩いていました。バットを持っていた男も見えました。
みんなプロレスラーのデストロイヤーみたいな、目だけ出した帽子をかぶっていたので、顔はわかりませんでした」

すでに意識を失っていた金氏は病院に搬送されたが、意識を回復することはなかった。5日後の3月21日に死亡した。死因は脳挫傷だった。

殺害された金剛弘氏は、東京都新宿区の出身で朝鮮高校を中退した後、チーマーグループ新宿ジャックスに所属していた。その後は関東連合見立グループの兄貴分、弘道会小松組の関係者として活動していた。

金氏は芸能人とも交流があり、広末涼子の元夫である岡沢高宏氏と親しかった。また、宮崎あおいの元夫で俳優の高岡蒼甫の兄貴分だったという。

襲撃犯が5、6人もいたことから、ぼくにはこの事件はすぐに解決するように思えた。

しかし、何日経過しても誰も逮捕されなかった。特に目立った続報もなかった。いったい、金村氏を襲撃したグループは何者だったのか。彼の周囲で、いったい何が起きていたのか。

● クラブ「FLOWER」での殺害事件
その疑問を置き去りにしたまま、月日だけが流れた。

その事件から4年後の2012年、同じようにバットでメッタ打ちにされ死亡する事件が起きた。この事件は、金剛弘氏の事件を思い出させた。六本木のクラブ「FLOWER」で殺害されたのは、都内で飲食店を経営する藤本亮介さん(31)。

目出し帽をかぶった9人の犯人グループは、友人の男女5~6人と店を訪れていた藤本さんに無言で襲いかかり、頭部や顔面ばかりを狙って執拗に殴り続けたという。藤本さんは病院に運ばれたが、顔面や頭部打撲による頭蓋内損傷で死亡が確認された。

「覆面をして鉄パイプを持った集団が店に乗り込んできたのには、すぐに気付きました。はじめは何かのパフォーマンスかと思ったのですが、彼らはまっしぐらにVIP席に向かうと、奥のテーブルに座っていた男性に一斉に殴りかかったのです。

音楽が大音量でかかっていたのですが、それでも鉄パイプが男性の頭にぶつかるカキーンという音が聞こえました。時間にして1分くらいの出来事でしたが、照明が点滅する中で男性がメッタ打ちにされた光景は・・・・・・・きっと一生忘れられません」(目撃者)

このオーナー殺害事件は、関東連合のメンバーによる襲撃だったことが判明した。

この事件は関東連合メンバーがかねてからの抗争相手と間違え、人違いの末に起きたとされるが、第一報をメンバーに知らせ、襲撃のきっかけを作った元リーダー・石元太一被告に懲役11年の判決がくだされた。

リーダー格の1人とされる見立真一は現在も逃走中である。事件の2か月後にフィリピンへ入国したという情報はあるが、その後の足取りはわかっていない。

そして、関東連合のメンバーである工藤明男(仮名)の著作「いびつな絆」が2013年7月に出版された。

この本は、西新宿5丁目の路地で起きた金村剛弘氏殺害事件の真相を明らかにした。この本に書かれた事実を基に、西新宿5丁目事件の再捜査にはつながらないのだろうか。

● 見立真一は復讐を誓った
まず、バットを使った複数人による襲撃状況から、あたかも金村剛弘氏が関東連合に襲われたかのように思えてしまうが、実際は逆だった。現役メンバーとして活動した経験はなかったものの、彼は関東連合と親しく付き合っていた。

「絶対に“返し”を取ってやりますから―――」

500人以上が参列した通夜の日、関東連合の見立真一は金村剛弘氏の遺体を前に、涙を見せながら復讐を誓ったという。

殺害された金村剛弘氏は、格闘家も驚くような肉体を持っていた。発達した僧帽筋から広背筋にかけての常軌を逸した筋肉の盛り上がりからは、その破壊力が想像できた。彼はこれだけの筋肉をつけるため、激しいトレーニングに加えてステロイドも使っていた。その圧倒的な体格差で相手を威嚇し、ときには暴力も振るった。

広尾には、元相撲取りが経営するちゃんこ鍋屋があり、そこは関東連合が好んで利用する店のひとつだった。ある日、関東連合のメンバー数人が食事に訪れると、たまたま山口組秋良連合会系I会の組員数名も同じ場所で食事をしていた。

会計時になって互いの存在に気づくと、店を出た途端にいがみ合いが始まり、I会の連中のひとりを金村氏は一撃で倒した。凄まじい破壊力に相手側はたじろぎ、一瞬で形勢が決まった。

翌3月15日の夜、西麻布の知人が経営するカラオケラウンジのVIPルームで開かれた見立真一の誕生日パーティーに、金村氏も呼ばれていた。前日の武勇伝で盛り上がり、全員が気分よく酒を飲み、解散したのは日付が変わった16日の午前4時前後だった。

「昨日の事件があった後なので、気をつけてくださいね」

帰り際、関東連合の後輩たちから、金村氏は忠告された。

そして翌日―――。
昼前には、いっせいに連絡網が回っていたという。

「金村君がやられた! I会の仕業っぽい」
「相手の詳細はわからない」
「いま救急治療室に入っている」
「死ぬかもしれない―――」

報復を誓った関東連合は、この事件をきっかけに急激に暴力団化していったという。

工藤明男著「いびつな絆 関東連合の真実」は、現代アウトサイダーの地下水脈があますところなく描かれている。

この西新宿の金村剛弘氏の事件のほかにも、山口組との関係、元大相撲力士で横綱の朝青龍や歌舞伎役者の市川海老蔵の事件、AV出演に至った小向美奈子の顛末、そして関東連合における見立真一や石元太一のエピソードなど、週刊誌などでは伝えられなかった事実が数多く掲載されている。

読み応えのあるおすすめの一冊である。
 

参照:元関東連合・柴田大輔が明かす“いびつな絆”の核心「見立君と僕は光と影だった」