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玉置神社の神籤読み解きシリーズ

今回で三回目で終了となります

ようやっと、サマナがひきました

四十一番の神籤解読となります

 

実は数日前に一度書いておりまして

書き終わりアップする前に消したい箇所があり

それをデリートとする操作で

まさかに全文がデリートしてしまいました泣き笑い

 

下書き保存していなかったために

全文消えました!!

という悲劇がありまして

この時間を〜〜〜泣き笑い

返してくれ〜〜〜不安

籤、挫(くじ)けて寝てまいましたふとん1

 

 

下書き保存していなかったばかりに書いていた記事が消えてしまった

ということは以前からやらないわけではなかったので

頻繁に下書き保存しながら書くということを心がけております

 

文章量がライトなアメブロにしては

長すぎるという傾向にある自分(自覚しております)

書き出すととまらなくなる

ブログ的には一番やってはいけないらしい

「脱線」ということもほぼ大好き寄り道

とにかく「脱線」したり

途中下車で乗り換え大好きな

迷惑な書き方をするような人間には

下書き保存というのは大事な機能なわけです

ここである意味冷たい水がさすわけです

 

冷たい水がさし

もう一度読み返しながら推敲し

文章を練り上げていくと

また違う波がやってきて

どうなんやろうとまた違う目の波がくる

そうこうするうちに鮮度を失い

(当初の書きたいというモチベーションが落ちてくる)

下書き保存をくり返しながら永久に日の目をみなくなる

お蔵入りふとん1

 

下書き保存を重ねるとあるあるというの

それでも今回は文章の長さを適宜なものにするということで

まあ、いい感じの分量であったから

普段よりは短い文章であるから

下書き保存をしなかった

という変な心の余裕があったのが災いして

書いた記事が消えるという悲劇

人生にはさまざまなヴァリエーション

経験がついてきますなニヒヒ

 

今度はお蔵入りになった記事掘り起こしシリーズ

お披露目するというのもありかもしれませんね

 

書き手の思い入れとは全く違って

人様がいいと思うのはなかなかに異なるもので

それはインスタの写真によるストーリーズの反応でもよくわかります

あ〜これがいいんやとか

あ〜これはそうでもないんやとか

実験的にやっております

 

ほんで、はよ、本題に入ってくれやとお急ぎのあなた

アメブロ指南をする方の記事によりますと

人様はこのアメブロなる記事を

電車乗る前の待ち時間とか1駅、2駅分とか?

ちょっとした生活の流れのなかでの

タイトなタイトな隙間時間に読むらしいっす

笑い泣きポーン笑

ただただおいしい情報がほしい

すぐさまに自分にとって益となるような情報を貪る

美味しいお店やスイーツの銘店を探すように

ブログなるものを読むのでしょうか?

 

はい、これ脱線や!!

本題へ

まずこの神籤の四十一という数字が

意味することはなんでしょう?

意味があるのかどうかも正直なんらわかりません

ただ、読み方だけは言いましょう

 

みなさん、「よんじゅういち」と読むこと普通でしょう

しかし

四の漢数字の読み方は

 

ヨンではなくて

 

が正解です

 

「しじゅういち」

 

これは国語辞典を編纂された故秋本先生から

院生時代に叱責をうけましたのでよく覚えています

自分は近現代専攻でしたので本当に古典の素養というか

アホというか‥無知というか

忘れもしない本居宣長の

「詞の玉の緒」の講義のことだったと思います

 

それでこの神籤の内容なんですけど

大吉であることに気づかないほどに

書いてある内容が厳しいのですね

一緒だったミキは小吉かなにかだったのですが

そちらの方が良いことが書かれていて

二人で読み比べて大笑いしていたのですが

(すみません‥)

 

 

おもうがままになるでしょう

 

これはいわゆる心願成就

心のおもうまま、願ったままにことが成される

現実化するということですが

それは素晴らしいこと

まさに大吉をあらわしているのでしょうが

それには条件があるのだと

 

 

短気をいましめて身をつつしみ

何事も心静かに他人とよくよく相談しなさい

すべて心のままになるでしょう

 

 

そこでなるほど

短気は損気

 

短気をおこしては何もうまいこといきません

何事においても心静かにして

わあわあ、マインドを動かすことなく

他人様とよくよくお話しして相談するとは

謙虚な態度で人の話もよく聞きましょう

したらば思うままになるでしょう

 

ということですね

これも何も解説はいらんとは思うのですが

いかに実生活で実践できるかということです

何においてもわかっていたとしても

言葉尻や頭でわかっていたとしても

それをほんとうに実践するということはまた違うわけです

私たちにありがちなのは

頭でっかちになりすぎて

考えすぎて

何も行動できないとか

人の意見が耳に入らないとか

いうことが簡単におこります

それもこうなりたい、自分はこうだという

エゴが強いとそれは早急に結果を求める態度ともなります

そういうときはえてして謙虚な気持ちにならない

だから人のいいアドバイスやサインも見逃すということでしょう

 

これが難しいからこそ

大吉だということなのでしょう

 

すでに心おもうままになるような状況、時運であるけれど

短気をいましめて(エゴの暴走をチェックする)

気持ちを長くもって(深い呼吸で)

身を慎んで(身の程をしれ、謙虚であれ)

何事に対して等しく心静かであれば成就するのだと

 

そしてもう少しつっこむと

得意なことには簡単に心静かになれたとしても

ちょっと苦手意識があるだけで

もしくはあんまりだなぁ〜と思う事柄や人

これらと対応する時は

私たち、なかなかに心静かになれるものでもありません

 

あらゆる局面の相対性(好き嫌い、良し悪し)の極みを

行き来するのではなく

これらが短気のなせるわざであり

これをいったりきたりを瞬足に行っているのが短気です

どちらかの極みにいくことをスローモーションでみてみて

 

それらの局面と両面、両側

まるっとすべて受け入れる

あるがままの自身を生きるしかない

そのときにこそ心は静かになり

どっぷりと腹が座った状態で満を持する

 

なかなかにこれら書いていることは

難しくもあり

しかし物事を複雑にするのではなくて

シンプルな心となれば容易いことなのかもしれません

 

短気は損気、いつも心穏やかに平常心でいて

他人の話もよくよく聞く態度

というのがどんな状態どんな人に対しても

反応ではなくて対応できるかってことなのかと思います

 

 

しかし言葉尻といいますか表現が

ストレートで独特です

 

転居 さわぐな

出産 精神安定すれば安産

縁談 できるところを短気のためにやぶれることあり

 

転居に至ってはどちらの方向がどうとか

今ではないどころでなく

「さわぐな」

これにいかほど笑ったでしょうか

 

気持ちいいですね

出産の予定も縁談のご縁もありませんが

これは象徴的にとらえて

何かを生み出すとき

創造的な人生の事柄において精神の安定が必要であり

何かとのご縁に関しては

短気であればすべてが台無しになると!!

 

ほんとうにチャンスというのを短気で台無しにするなと

こんな感じでどうしょうか?

 

 

 

 

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