塩・ユチョン

塩・ユチョン

愛しい塩顔、時々塩対応
不器用で飾らない
そのまんまのユチョンが好き
♡6002♡
ユチョンが好きな人が好き。
ユチョンを好きな人はもっと好き。
ついったアカウント→@pkyc6002salt

3月10日

再会の日。

たかれたスモークの奥から

すっと迷いなく歩いてきたその姿。

全身白のスーツより何より

その立ち姿。

オーラ。

澄んで。とても澄んで。

 

 

 

 

ソロコンで

暗い会場

舞台の上だけ優しいスポットライトが当たり、

ふんわりと浮き上がる白い肌。

メロディをなぞるように動く指先。手。

マイクをギュ。と握る手。

感情を込めるようにそっと閉じられた瞼。

おでこに落ちる前髪と影。

 

 

 

ここ最近公開されている

ユチョンオフィシャルの写真

どこかが震えると思ったら

心だった。

 

 

 

 

 

 

ユチョンの美しさについて考えると

常に心で感じていたと知った。

 

 

 

 

どこまでも澄んで

強くて、優しくて

まっすぐ。

 

 

 

 

わからないだろう。

 

 

 

着飾り、去勢を張り

嘘で固めた美しさに慣れていたら。

 

 

 

 

物足りないだろう。

眩しいほどに輝く宝石に慣れたいたら。

 

 

 

 

何もない。

 

 

 

そのことがこんなにも美しいのかと思う。

 

 

 

何もない。

 

 

 

 

そのことがこんなにも完璧なのかと思う。

 

 

 

 

 

 

 

これ、前にも書いたかな。

でも、また最近も思う。

 

 

 

 

なんだろう、

今は本当にユチョンしか見てなくて、

噂に聞く他メンたちの活躍を半ばホッとした気持ちで見守っているし、

頑張って欲しいと思ってる。

(活躍できないことを、ユチョンのせいにされたくないし)

 

 

 

 

もしかしたら、3人それぞれ

行くべき道にやっと進めたのでは?

と思ううくらい。

グループというある意味での「足枷」がなくなって。

 

 

 

 

 

 

 

私はもう生粋のユチョンオンリー。

だから物事は全部ユチョン目線、ユチョペン目線で見てしまう。

そういうもんでしょ?

 

 

 

 

グループだった頃も

やっぱりみんなそれぞれ贔屓の人がいて、

その人目線で物事を見てたと思う。

その人が好きで、その人のいるグループ、

その人が仲良くしているメンバーが好きだった。

 

 

 

 

だけど、私は「グループ」ではなく

ユチョンがいる「グループ」が好きだったんだよね。

「グループ」を優先するあまり

個人の気持ちや未来をないがしろにしたくない。

何でも「ユチョン」ありき。


 

 

 

 

私には忘れられないことがある

 

 

 

 

ユチョンのソロコンのMCで

客席のファンからJYJのグループ活動について聞かれたユチョンが言った言葉

「僕はやりたいんすけどね」

 

 

 

 

この言葉を聞いて、

喜べる人たちとはもう

絶対に分かり合えないと思う。

 

 

 

 

私は、悲しかったよ

私は悔しかった。

 

 

 

 

なぜ、よりによってユチョンに聞くのか。

そして「僕はやりたい」

なんて言葉を引き出して、それを聞かなきゃいけなかったのか。

ユチョンファンのこの悲しみ、

わからないとしたらもう、そこで話は終わり。

グループファンと言いながら、

好きなのはその枠組みだけで

それを構成しているメンバーの気持ちに、寄り添えてると言える?

 

 

 

 

そして、そのユチョンの言葉を盾にして

オンリーファンを叩く人もいる。

それがどれだけ残酷なことか。。。

 

 

 

 

言葉にしないでいることもできる。

ずっとそうしてきた。

 

 

 

 

 

だけど、

みんな、自分の好きな人のことを悪く言われたら

その言葉がより大きな声に聞こえるし

より記憶に残る。

みんなみんなそうなんだよ。

 

 

 

 

 

誰が悪い、

彼が悪い

 

 

 

 

もうそういう話をしたいわけじゃなくて

立っている位置が違えば

見えているものも違ってくる。

それを「ここから見えている景色はこうなんだ!」と

お互いが主張しても、仕方ないことで。。。

 

 

 

 

 

全員を好きでいることが、

誰も悪く言わないことだけが、

正義なのかな?

 

 

 

 

 

少なくとも私は、

ユチョンの「ソロコン」でグループ活動について聞いた人に

傷つけられたよ。

そして、そんなことで傷つかなくちゃいけないことにも悔しかったよ。

その人に、誰かを傷つける意図があったとは思ってないけど。

 

SNSを覗いていると

そういう目にたくさん会う。

多くのユチョペンさんは大人だから

そういうこと全部、スルーしてやり過ごしてると思う。

だからと言って、傷つかないわけじゃないから。

何も思ってないわけじゃないから。

 

 

 

 

私は今、ユチョンを見ていて

誰かに引き上げて欲しいとか

そんな風には思わない。

だって、下にいるとも思ってないから。

強がりでもなんでもなく。

 

 

 

 

 

この界隈は私が足を踏み入れた頃から非常に複雑で、

私はずっとJYJオンリーだった。

 

今は、なんとなくそういう枠組みを離れて

ユチョンを好きでいてくれる人は

分け隔てなくいたいと思ってる。

 

 

 

 
だけど、少しでもユチョンを下に見られたり
ユチョンを尊重していない意見を持つ人を見たら
距離を置きたいと思ってしまう。
 
 
頼み込んでまで
ファンでいて欲しいと思わないから。
(って私が決めんなよ。ってユチョンは思うと思うけどwwwごめんね、ユチョン)
(それに私に人の心をどうこうできる力はないけどwww)
 
 
 
 
でも、ユチョンはそんな人じゃないから。
世に作品が出ればまた、
出会えさえすればまた、
純粋な心で好きになってくれる人が
現れると思うから。
 
 
 
 
 
私はユチョンを誇りに思っているし、
ユチョンを尊重したい。
もちろん、ユチョンが本当に望むなら
ソロだろうがグループだろうが応援する。
だけど、今ユチョンが頑張ろうとしているのは
ソロ活動だと思うから
それを力一杯、応援したいんだよ。
ユチョンのファンだから。
 
 
 
それが、私の「今」のスタンス。

「仲が良いってことは

見せつけるものでも利用するものでもない。

そして別に仲良しじゃなくてもいい。」

 

 

 

ユチョペンでスマオタの

友達のこの言葉が

なんか私に刺さった。

この言葉ってすごく、その人の仕事へのリスペクトがある言葉だと思った。

 

 

 

 

私はストレス解消に

よくyoutubeでK−POPのMVを見るのだけど(主に女子)

本当に毎年毎年新しいグループがデビューしていて

差別化本当に大変だなって他人事ながら思って。

 

 

 

 

だから何が重要かって

「ストーリー」を売ることなんだと思った。

オーディション番組から人気グループが生まれるのはこれで。

 

 

 

もう、みんな歌も上手くてダンスも上手くて可愛い。

だから、もうそこには上下とかない。

何が違うか。どれだけ大衆がその人に思い入れを持ってくれるか。

共感してくれるか。

それしかない。本当に。差別化できるところって。

 

 

 

 

 

日本のアイドルも今はそうなのかもしれないけど

それこそ私がこの沼に踏み込んだ時、

普通に韓国アイドルは公式でカップル売りしていて、

すごいところに来てしまったもんだと思ったもんですwww

 

 

 

 

 

そういう仲の良さや私生活を

切り売りしている「アイドル産業」に

私はどうしても馴染めなくて。

 

 

 

 

なんとなく、人を消費している感じが

私には違和感がずっとあって、、、

 

 

 

「消費」という言葉の意味を調べたら

・使ってなくすこと

・個人の欲望を満たすために財やサービスを使うこと

とあった。

 

 

 

 

音楽やCDを買うことも「消費」というと思う。

だけどアイドル産業は音楽だけを売ってるんじゃないと思う。

 

 

 

アイドルは年をとらない。

アイドルは嫌な顔をしない。

アイドルは恋愛しない。

アイドルは品行方正。

 

 

 

 

そんなありえない「理想」を押し付けて

それを強要している。

よく言いませんか?アイドルに対して「商品」だとか

理想から外れる人にプロ意識が足りないとか。

その人たちが買っている(と思っている)のはまさに

その人の「人生」そのものなんじゃないですかね。。。。

 

 

 

 

なんとなく一人の人間に対しての「リスペクト」が感じられないんですよ。

「消費」している側の人に。

商品として「夢を見せろよ」という傲慢さを感じてしまう。

だから、うん、

アイドル自体が好きじゃないというよりそういう商売が成り立ってしまっていることへの

もう大きく言えば資本主義的なもの全体への嫌悪感かも(めちゃめちゃデカイ話にするwww)

 

 

 

 

 

 

もちろん自分も当たり前のようにティーンの頃に

アイドルにはまった時期もあったし

今もユチョンという真性アイドルを好きなわけで

どの口が言うんだと思うんですが。

 

 

 

 

 

 

でも、ね。

私は思うんです。

もう、人生を切り売りするのはやめて

自分の人生を生きて欲しいって。

 

 

 

 

 

友人、恋人、お酒、タトゥー、

何やかやと騒がれるいろんなこと。

もうそんなこと、どうでも良くて。

と言うより最初からもう、どうでも良くて。

というか、そんなことをやーやー言える立場にないと思ってるし、

最初から。

 

 

 

 

 

 

 

いい音楽を、

いい作品を残せば

それを好きになってくれる人がいるじゃない?

 

 

 

 

 

アイドルのように、

人生を切り売りしなくても

 

 

 

 

 

(いや、昔のアイドルは曲も良かったけどな。とかいうと BBA認定かなwww)

 

 

 

 

 

いやでもほんと、

人生を切り売りすることに必死で

曲をおろそかにしたらいけないと思うわ。

流行はいつか去る。

だけど、

良い作品は残るもの。

心に。

 

 

 

 

 

 

一度きりの人生なんだよ???

 

 

 

 

 

誰かのためにだけ生きても、

何も残らないじゃない。

 

 

 

 

 

 

もう二度と、戻らない時間を、

自分のために生きて欲しい。

心から。

 

 

 

 

 

最後まで、自分の心は売らなかった人。

だからこそ、私は彼の人生の一部を買った気でいたくない。

 

 

 

 

 

プロとして売るのは、

音楽、パフォーマンス、作品。

それだけでいいし、

それ以上はいらない。

 

 

 

 

 

自分の心を「消費」しないで欲しい。

 

 

 

 

 

楽しみに待っている。

次の作品を「消費」できること。

ユチョンの感性の結晶の一部を感じられること。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(cr: ‪@thaifansloveyc ‬)
ユチョンのインタビューのこの部分を読んで、
思い出してたの。
昔見た映画。






邦題は「恋とニュースの作り方」




わたしはこの映画がだいだいだいだいすき
なのだけど、この話の内容がどうとかよりも、


仕事を失いたくなくて、
仕事にやりがいを感じて
仕事のために生きる女性PDが
ハリソン演じる有名キャスターマイクに
言われる言葉が
それこそトゲのように
私の心にずっと刺さったままだから。






とにかく番組のために奮闘する
主人公を見て、
仕事に邁進して自分のプライベートを犠牲にしてきた若い頃の自分を重ねたマイクは言う。
「最後に残るのは無だ」
と。






仕事が好きで
やりがいもあって
心全部尽くして
仕事に注ぎ込んでも
そこでえられる評価があっても、
自分に残るのは「無」でしかないんだ。







私自身が
ものすごく仕事に打ち込んでたときに見たから
余計に胸に刺さって、、、。








ユチョンの言葉を見てまた、これを
思い出した。








忙しく過ごすことは
悪いことではない、
楽しく、充実しているけれど、
それだけでしかない。






でも、今、
そこから抜け出して
ユチョン自身が自分の人生を
操縦出来始めているなら
こんなに嬉しいことはない。






心のある無しで
同じ出来事に出会っても
感じることは全く違う。










自分の心で選んだものなら
ただ、ありふれたものすらも
大切で愛おしく思える。





ユチョンの人生に残るものが
「無」であって欲しくないから。。。






どうかそのまま、
その心をなくさないで欲しいなと思っている。

今から書くのは映画のレビューでもなんでもないかもしれない。

 

 

 

 

 

「もうすでにBlackleaderだ。銃のせいで警戒されたのではない。

メッセージで人の考えを変えたからだ」

「やつらは革命家に武器を与えて自滅させる」

 

 

 

 

「やつらは革命家に武器を与えて自滅させる」

映画に出てくるこのセリフが頭から離れない。

 

 

 

 

音楽の持つ力。

音楽の持つ影響力。

 

私はこの映画の主人公を知らない。

 

 

 

 

だから

映画に描かれたことしか知りえない。

 

 

 

 

 

2PACは言う

「お前らには相続する金と広い家があるかもしれない

でも俺には音楽しか子供に残せるものはない」

 

 

 

 

 

生まれながらにある格差。

 

 

 

 

 

それを超えていける才能だったはずなのに。。。。

才能があればあるほどに

伝えたいことがあればあるほどに

目をつけられて世間から「悪」扱いされる。

 

 

 

 

 

 

それほどに人を動かす力があると

わかっていたんだろう。

 

 

 

 

 

 

「凡人が天才を殺す」

そんな言葉がこの映画を見て思い浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

詳細を省くと2PACは結局契約したレーベルから

早く独立するためにアルバムを発売するが

そのアルバムが売れすぎたために

独立の道が阻まれることになる。

 

 

 

 

 

友人が

アーティストの作品は「誰でも権利を所有さえすれば金を産む道具」ではない。

と言ってた言葉が思い出されて、、、(無断使用ごめんなさい多分許してくれると思うので事後報告ですww)

 

 

 

 

 

 

その才能も「お金を生む道具」として

扱われて欲しくない。けど

こんなことはどこでも行われているのではないかと思える。。。

 

 

 

 

 

 

 

才能が「お金を生む道具」として扱われること。。。

この世の中にこんな無情な、

こんなやりきれないことがあるか?

 

 

 

 

 

凡人が手綱を持って

天才をコントロールしていいのか?

思う通りに金を生むように。

 

 

 

 

 

 

 

「天才」

 

 

 

 

 

 

 

日常を自分の言葉で描き

音楽に昇華した人。

その才能によりのし上がったつもりでいたのに

結局のところコントロールされてしまっていた人。

それでもその才能は腐ることはなかった人。

この世からいなくなった後も

たくさんの人に影響を与え続けている

 

 

 

 

 

 

「メッセージを持ち人々の考えを変えている」

 

 

 

 

映画のタイトルにもなっている「オール・アイズ・オン・ミー」

2PACの曲名なのだけど

すべての人が私を見てる。

 

 

 

 

 

有名人はみんな

そんな風に思ってるんじゃないかと思う。

特にネットが発達した今は。。。。

 

 

 

 

 

その目は何を見ているんだろう。