くらみき食マガジン

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メルマガ掲載の食エッセイです!

家庭で作りやすくておいしいお料理作りを、
Salon de Kurahashi クッキング・サロンで一緒に楽しみませんか?
楽しくお料理をするうちに家庭料理をワンランク上のお料理に仕上げるコツが身につく、
横浜・日吉 京都・二条の料理教室です!


横浜・日吉クッキング・サロン 京都・二条クッキング・サロン

皆さま、こんにちは。

Salon de Kurahashiクッキング・サロン 倉橋美樹です。

 

2026年の夏は「いまだかつてない」これ以外の言葉が見つからないほどの厳しい酷暑と災害に見舞われました。今年後半は穏やかに過ごせますように、と祈る気持ちです。

 

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※コロナ禍で始めた、2020年3月~のメルマガ掲載レシピを、『くらみきHP』の『くらみき 簡単レシピ』に順次掲載しています。ぜひ、ご参考になさってください☆

 

https://ameblo.jp/salondekurahashi-recipe/

 

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=今月のトピックス=

 

☆日本の料理の不思議&あるある??

日本のカレールーはすごい!そもそもいつ?どうやってカレールーが生まれたのだろうか!?の疑問から調べてみると、日本の料理、食に関する面白い話が色々と見つかりました。。。

 

※日本のカレールーはどうやって生まれたか!?

・1860年~70年、「江戸時代末期~明治維新にかけて、遣欧使節や会津白虎隊が海外渡船上で、カレーとの出会いがあったが、見慣れない食物ゆえ、食べる気にならなかった」という記録があるそうです。

・実際にカレーライスが食堂のメニューに登場したのは1876年。札幌農学校(現・北海道大学)開校の際、学生寮の食堂メニューに載せられたのが最初とのこと。

・インド発のカレーがイギリスを経由し、明治初期に日本に伝わった際には、料理本でカレーライスの作り方が紹介されたそうです。

・1876年、‘あの’クラーク博士が、生徒たちの体格があまりに貧弱であることを憂いて、米飯偏重から、パン食への転換を提唱しましたが、カレーライスは別である!と推奨したとのこと。

・1948年、カレーライスが全国の学校給食に導入され、1950年には初の板状のカレールウが発売されました!!!その後、お店でも、家庭でも気軽に食べられる料理として定着していきました。

 

ちなみに。。。市販のカレールウ、自分で使うことは少ないのですが、昔、私が海外で日本のカレールウを使ってカレーライスをふるまった時は、まあバカ受けでした!あの完成度の高い味わいは当時の外国にはなかったようで、誇れるものと思っています。

 

※かき氷は平安貴族のぜいたく品だった!?

・暑い夏にはこれこれ!これだよねっ!と刺さるのがかき氷!実は平安時代には貴族たちが、冬の氷を氷室で保存して、夏に楽しむという贅沢を味わっていたとのこと。

・日本最古のかき氷の記録として『枕草子』に、清少納言が「あてなる(上品な)もの」として「削り氷=けずりひ」に「甘葛=あまずら(主に葛(くず)の樹液を煮詰めて作った甘味料」をかけ、「金椀=かなまり(金属の器」で食べた、と書いているそうです。

・その頃、氷は超、のつく高級品!山間部の洞窟などに作った氷室で厳重管理された氷を夏に口にできるのは天皇や貴族だけでした。

・江戸時代においても一部の特権階級だけのものでした。一般庶民がかき氷を楽しめるようになったのは明治時代以降。人工的な製氷技術が進歩した明治後期に、やっとかき氷は庶民の手が届く存在となったそうです。現在のような、シロップをかけたかき氷が夏祭りや縁日の屋台で売られるようになったのは大正時代になってからです。

 

ちなみに。。。今の関西では。。。京都で、上記の平安時代のかき氷を再現して提供しているお店があるようです。(3000円!)そして奈良には「氷室神社」があり、かき氷の聖地とされています。

今や、「天然氷」や様々な高級フルーツ、フレーバー等を駆使した多様な切り口で、創作的な高級かき氷を提供するお店が乱立していますが。。。甘いものが苦手、ということもあり、2000円以上の贅沢かき氷となると。。。私は絶対にビールを選んでしまいます。(笑)

 

※肉じゃがは海軍がビーフシチューを再現しようとしてできた料理!?

・明治時代、東郷平八郎がイギリスに留学していた時に食べて感動したビーフシチューを、帰国してから料理人に再現させようとしてできた、という説が有力です。(東郷平八郎は京都の舞鶴や広島の呉に赴任していたことから、夫々が発祥地を主張する論争も)

ただ、デミグラスソースや赤ワインなどがちゃんとある時代ではなかったので、牛肉、じゃがいも、玉ねぎを砂糖、醤油で味付けして再現されたようで、これが肉じゃがの原型となったとされ、ゆえにビーフシチューとは一線を画した日本独自のお料理ができたということのようです。

 

ちなみに。。。京都では肉じゃがは必ず!牛肉を使います~。(関西では「肉」といえば牛肉、豚肉は「豚」と呼びます。

他にも。。。関東では「肉まん」=肉といえば豚肉だからで、関西では「豚まん」、と呼びます。牛肉と区別する必要があるからなのです。

 

肉じゃが。。。今やテッパンの家庭料理♬平八郎さま、ありがとうございます♬

 

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次回のメルマガ配信は10月下旬(25日頃)の予定です。