このブログでは、主に二次創作小説(SS)を公開しています。
かなり百合成分大目です。申し訳ありませんが苦手な方はご遠慮くださいませ。
かなり百合成分大目です。申し訳ありませんが苦手な方はご遠慮くださいませ。
「ハネムーンですけど何か?・その1」
らき☆すたのSSです。
もろもろの事情で、昔書いたSSを引っ張り出してきました。
一言で言うと、こなたとかがみのスペイン紀行。
比較的百合色は薄いので、普通の紀行モノとしても読めるんじゃないかな、と思います。
今回はもっぱら、飛行機と空港での騒動です。
なお元ネタですが、pixivの「かが☆こな4コマ」という連載コミックから触発されました。
では、どうぞ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ハネムーンですけど何か?・その1」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
《一日目 一五時〇八分》
成田空港を飛び立ってそろそろ九時間。強烈なジェットサウンドですら、心地よい子守唄に聞こえ始めた頃だった。フィンエアー成田発ヴァンター行AY〇七四便はようやく高度を下げ、着陸態勢に入りつつある。
抜けるような群青色の空だった。綿菓子を連想させる断雲が数個、まるでアクセントのように浮かんでいる。地上には深緑の森林地帯が地平線まで広がり、そこかしこに蒼く輝く大小無数の湖が点在していた。一万二千年前に終了した最後の氷河期によって形成されたというこの特異な地形。そこは森と湖と妖精たちの王国だ。
そんな光景を、窓際のビジネスシートに陣取ったこなたが飽くことなく眺めている。てっきり二次元にしか興味がないと思っていたのに、さすがのこいつにも何か感じるところがあるらしい。
やがて私の方を振り返ったこなたが、眼をキラキラと輝かせながら感慨深げに口を開いた。
「いや~、これがウィッチーズの舞っていた空かぁ」
思わず身体中から、力という力が抜けていくのを感じた。
「……また何かのアニメネタか?」
「違うよかがみ、失礼な。これはれっきとしたラノベネタ」
「どこが『れっきとした』なんだか。初めての海外旅行だってのに、もう少しまともな感想はないのか」
「むふふ。私はかがみんといっしょなら、いつだってどこだってクライマックスなのだよ」
「あーもう、恥ずかしい台詞はそこまでっ。ほら、シートベルトちゃんと締めたの? リクライニングも元の位置に戻してっ」
照れ隠しのため、私はわざと厳しい口調で注意する。
「うー、なんか私の保護者みたい。つまんない、つまんないよ~、かがみぃ」
「あのねぇ、元はといえば、あんたがちゃんとしないからでしょーが。怪我でもしたらせっかくの旅行が台無しでしょ」
「そっか、せっかくの私とかがみの『ハネムーン』だもんねぇ」
ニヨニヨとこなたが笑う。思わずこめかみに血管が浮きそうになる。こうやって死ぬまで私は、こいつにからかわれ続けるのかも知れない。
そう、あの仮装行列の時だって──
『ねえ、かがみ……。たまには周りに流されてみるのもいいんじゃないかな』
『たとえば、さっきキスしろってコール起きてたら?』
『私はね、かがみとだったら……いいよ?』
私は何で期待してたんだろうか。
私は何か期待してたんだろうか。
私は何を期待してたんだろうか。
──期待……ですって?
「どったの、かがみん?」
「へ、い、いや。別になんでもないわよ」
動揺を押し隠すために適当な話をふる。
「しっかし、体育祭の仮装行列の賞品が『ハネムーン』ツアーだなんてマジありえないよね。ったく、どんだけ金持ちなんだよ、うちの学校」
「まあ、最優秀カップル賞だけだけどネ」
逆効果だった。
思い出すだけで頬が熱くなるのを止められない。ついこなたに乗せられて、私は全校生徒の前でウェディングドレス姿を披露。しかもあろうことか、私のことをおもちゃにしたこなたを追いかけ回す、という醜態までさらしてしまったのだ。結果的にそれが最優秀賞の原動力になったみたいだけど……。でも、あとで冷静になって考えると、あれは一生モノの恥さらしじゃないだろうか。
「でもさ、私たちはもちろん、僅差で敗れたゆたかちゃんとみなみちゃん、どっちも女の子同士のカップルっていうのは、正直どうかと思わない?」
「あと、規定で番外になっちゃったけど、桜庭先生と天原先生の組み合わせも得票数では堂々第三位だし」
改めて私たちは深いため息をついた。本当に投票した生徒達はなんの疑問も感じなかったのだろうか。そこはかとなく日本の未来に不安を覚える。
もっともこのツアー、多少の条件がついている。旅行の体験レポートを作成して、しかるべき筋に提出することが義務付けられているのだ。でなければ高校生ごときに、無料で海外旅行をプレゼントするような美味しい話などあるはずがない。そもそも添乗員付きのスペイン周遊八日間のツアーなら、普通一人あたり三十万は下らないお金が必要だ。この程度の条件で楽しめるのなら、まさに破格の待遇というべきだろう。受験直前の貴重な八日間と天秤にかけるだけの価値はある。
──まして、こなたとふたりきりなら、ね。
◇
《同日 一五時一三分》
ドンっとお尻に軽いショック。ただちにエンジン逆噴射によるGを感じる。空を飛んでいる時には感じなかった不気味な振動が足元から伝わってくる。窓の外の流れるような風景がしだいに遅くなっていく。シートベルト着用のサインが消える。ポーンというチャイムとクセのある英語のアナウンスが響く。わずかに安堵の香りが客室に漂う。
こうして私たちの乗った飛行機は、無事ヘルシンキ・ヴァンター国際空港に着陸したのだった。
「でもさ、なんでフィンランドなわけ? 私たち、スペインに行くんじゃなかったっけ?」
「今は日本からスペインへの直行便ってないんだって。って言うか、直行便自体、少なくなってるらしいわよ。欧州だとヘルシンキやフランクフルト、ヒースローあたりで乗り換えるのが一般的みたい」
「ふーん。今日のかがみ、まるでみゆきさんみたいだネ」
「いや、実際みゆきの受け売りだし」
私は肩を軽くすくめて見せる。
乗降口では、二人の女性フライトアテンダントさんが乗客を見送っていた。こういってはなんだが、結構ご年配のように見える。
「ありがとう、さようなら」
私たちを日本人だと判断したのだろう。営業スマイルを浮かべながら、片言の日本語で送り出してくれる。そこで私も、覚えたてのフィンランド語を使ってみた。
『キートス(ありがとう)、ナケミーン(さようなら)』
アテンダントさんたちは一瞬顔を見合わせたが、すぐに晴れやかな笑顔を浮かべて向き直った。
『ナケミーン』
あとから浮かんだ笑顔が最初のものと明らかに違って見えたのは、ただの私の思い込みではないと思う。
タラップを降りると、すでに何台ものリムジンバスが横付けされていた。先に降り立った人々であたりはごった返している。
「かがみ、こっちこっち」
比較的空いているバスを、こなたが目ざとく見つけ出す。私の手をグイグイ引きながら、こなたはアスファルトで舗装された地面を走る。男、女、若者、お年寄り、子ども連れ、カップル、日系、欧米系など、さまざまな人々で構成された集団をかき分け、なんとか二人分の席を確保することに成功した。
「まったく、要領だけはいいんだから」
「んー、もっと褒めてくれたまえ」
思わずツッコむ私に、こなたは満足そうなニマニマ顔で答える。
「いや、全然褒めてないって」
「ぷくくく、ツンモード全開のかがみ萌え~」
「だから萌えっていうな。ってか、人前で抱きつくなっ」
「んふふふ、じゃあ二人っきりならOKってこと? かがみはほんとに可愛いねぇ」
「バ、バカッ、だから、そういう意味じゃないってば!」
ったくもう、顔が紅くなるようなこと言わないでよねっ。
◇
《同日 一五時二五分》
すでに入国審査の窓口には行列ができていた。この空港の年間利用者は東京都の人口をも上回り、その七五%が国際線だという話を思い出す。
現在のEU加盟国──フィンランドやスペインなんかもだけど──のほとんどはシェンゲン協定に参加している。細かいことを言い出すとキリがないけど、私のおおざっぱな理解によればこんな感じだ。
1)シェンゲン協定国外(日本など)から協定国内に旅行する場合、最初に訪問する協定国で入国手続きを行い、 協定国内から協定国外に出国する時に出国手続きを行う。
2)協定国間を移動する場合、出入国審査は一切行われない。
3)シェンゲン協定加盟国外からの入国者は、ビザなしで六ケ月以内九〇日間、シェンゲン協定加盟国に滞在できる。
というわけで、今回の私たちのように八日間の観光旅行をフィンランド経由スペインで行うケースだと、1)の規定によりフィンランドでだけ入国審査を行うことになる。
行列の大半は東洋系の人々で構成されていたが、やたら中国語っぽい言葉が飛び交っている。どうやら中国発か台湾発の飛行機とバッティングしたらしい。ここでも中華帝国の躍進ぶりは著しいというわけだ。これは受験勉強、いや学校の勉強だけでは決してわからないことかも知れない。黒井先生あたりなら喜んで聞いてくれるだろうか。
「いい、入国審査の窓口はひとりづつだから。私が先に行くからできるだけまねをして」
「え~、なんか怖いよ。いっしょにいて欲しいなぁ」
「しょうがないでしょ、規則なんだから。もし何か話しかけられても、とにかく『サイトシーイング』で押し切ればなんとかなるから」
「うん、わかった。『サイトシーイング』だね」
「そうそう、その調子。ほら、行くわよ。ついて来て」
特に問題なく審査は三〇分ほどで終了。だけどスペイン行きの飛行機の出発まであまり時間がなくて、ロングホール・ラウンジの利用は無理っぽい。せっかくのビジネスクラス特権を利用できなくて残念だ。
建前上、成田の出国審査を通過して以降は日本じゃないわけだが、実際に外国の土地を踏みしめるのはここが初めてとなる。いったいこの先に何が待ち受けているのか。大きな期待とほんの少しの不安を胸に、私はこなたの手を握り締めると、おそらくは無数の免税店が立ち並んでいるであろう乗り継ぎロビーへと向かったのだった。
(つづく)
もろもろの事情で、昔書いたSSを引っ張り出してきました。
一言で言うと、こなたとかがみのスペイン紀行。
比較的百合色は薄いので、普通の紀行モノとしても読めるんじゃないかな、と思います。
今回はもっぱら、飛行機と空港での騒動です。
なお元ネタですが、pixivの「かが☆こな4コマ」という連載コミックから触発されました。
では、どうぞ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ハネムーンですけど何か?・その1」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
《一日目 一五時〇八分》
成田空港を飛び立ってそろそろ九時間。強烈なジェットサウンドですら、心地よい子守唄に聞こえ始めた頃だった。フィンエアー成田発ヴァンター行AY〇七四便はようやく高度を下げ、着陸態勢に入りつつある。
抜けるような群青色の空だった。綿菓子を連想させる断雲が数個、まるでアクセントのように浮かんでいる。地上には深緑の森林地帯が地平線まで広がり、そこかしこに蒼く輝く大小無数の湖が点在していた。一万二千年前に終了した最後の氷河期によって形成されたというこの特異な地形。そこは森と湖と妖精たちの王国だ。
そんな光景を、窓際のビジネスシートに陣取ったこなたが飽くことなく眺めている。てっきり二次元にしか興味がないと思っていたのに、さすがのこいつにも何か感じるところがあるらしい。
やがて私の方を振り返ったこなたが、眼をキラキラと輝かせながら感慨深げに口を開いた。
「いや~、これがウィッチーズの舞っていた空かぁ」
思わず身体中から、力という力が抜けていくのを感じた。
「……また何かのアニメネタか?」
「違うよかがみ、失礼な。これはれっきとしたラノベネタ」
「どこが『れっきとした』なんだか。初めての海外旅行だってのに、もう少しまともな感想はないのか」
「むふふ。私はかがみんといっしょなら、いつだってどこだってクライマックスなのだよ」
「あーもう、恥ずかしい台詞はそこまでっ。ほら、シートベルトちゃんと締めたの? リクライニングも元の位置に戻してっ」
照れ隠しのため、私はわざと厳しい口調で注意する。
「うー、なんか私の保護者みたい。つまんない、つまんないよ~、かがみぃ」
「あのねぇ、元はといえば、あんたがちゃんとしないからでしょーが。怪我でもしたらせっかくの旅行が台無しでしょ」
「そっか、せっかくの私とかがみの『ハネムーン』だもんねぇ」
ニヨニヨとこなたが笑う。思わずこめかみに血管が浮きそうになる。こうやって死ぬまで私は、こいつにからかわれ続けるのかも知れない。
そう、あの仮装行列の時だって──
『ねえ、かがみ……。たまには周りに流されてみるのもいいんじゃないかな』
『たとえば、さっきキスしろってコール起きてたら?』
『私はね、かがみとだったら……いいよ?』
私は何で期待してたんだろうか。
私は何か期待してたんだろうか。
私は何を期待してたんだろうか。
──期待……ですって?
「どったの、かがみん?」
「へ、い、いや。別になんでもないわよ」
動揺を押し隠すために適当な話をふる。
「しっかし、体育祭の仮装行列の賞品が『ハネムーン』ツアーだなんてマジありえないよね。ったく、どんだけ金持ちなんだよ、うちの学校」
「まあ、最優秀カップル賞だけだけどネ」
逆効果だった。
思い出すだけで頬が熱くなるのを止められない。ついこなたに乗せられて、私は全校生徒の前でウェディングドレス姿を披露。しかもあろうことか、私のことをおもちゃにしたこなたを追いかけ回す、という醜態までさらしてしまったのだ。結果的にそれが最優秀賞の原動力になったみたいだけど……。でも、あとで冷静になって考えると、あれは一生モノの恥さらしじゃないだろうか。
「でもさ、私たちはもちろん、僅差で敗れたゆたかちゃんとみなみちゃん、どっちも女の子同士のカップルっていうのは、正直どうかと思わない?」
「あと、規定で番外になっちゃったけど、桜庭先生と天原先生の組み合わせも得票数では堂々第三位だし」
改めて私たちは深いため息をついた。本当に投票した生徒達はなんの疑問も感じなかったのだろうか。そこはかとなく日本の未来に不安を覚える。
もっともこのツアー、多少の条件がついている。旅行の体験レポートを作成して、しかるべき筋に提出することが義務付けられているのだ。でなければ高校生ごときに、無料で海外旅行をプレゼントするような美味しい話などあるはずがない。そもそも添乗員付きのスペイン周遊八日間のツアーなら、普通一人あたり三十万は下らないお金が必要だ。この程度の条件で楽しめるのなら、まさに破格の待遇というべきだろう。受験直前の貴重な八日間と天秤にかけるだけの価値はある。
──まして、こなたとふたりきりなら、ね。
◇
《同日 一五時一三分》
ドンっとお尻に軽いショック。ただちにエンジン逆噴射によるGを感じる。空を飛んでいる時には感じなかった不気味な振動が足元から伝わってくる。窓の外の流れるような風景がしだいに遅くなっていく。シートベルト着用のサインが消える。ポーンというチャイムとクセのある英語のアナウンスが響く。わずかに安堵の香りが客室に漂う。
こうして私たちの乗った飛行機は、無事ヘルシンキ・ヴァンター国際空港に着陸したのだった。
「でもさ、なんでフィンランドなわけ? 私たち、スペインに行くんじゃなかったっけ?」
「今は日本からスペインへの直行便ってないんだって。って言うか、直行便自体、少なくなってるらしいわよ。欧州だとヘルシンキやフランクフルト、ヒースローあたりで乗り換えるのが一般的みたい」
「ふーん。今日のかがみ、まるでみゆきさんみたいだネ」
「いや、実際みゆきの受け売りだし」
私は肩を軽くすくめて見せる。
乗降口では、二人の女性フライトアテンダントさんが乗客を見送っていた。こういってはなんだが、結構ご年配のように見える。
「ありがとう、さようなら」
私たちを日本人だと判断したのだろう。営業スマイルを浮かべながら、片言の日本語で送り出してくれる。そこで私も、覚えたてのフィンランド語を使ってみた。
『キートス(ありがとう)、ナケミーン(さようなら)』
アテンダントさんたちは一瞬顔を見合わせたが、すぐに晴れやかな笑顔を浮かべて向き直った。
『ナケミーン』
あとから浮かんだ笑顔が最初のものと明らかに違って見えたのは、ただの私の思い込みではないと思う。
タラップを降りると、すでに何台ものリムジンバスが横付けされていた。先に降り立った人々であたりはごった返している。
「かがみ、こっちこっち」
比較的空いているバスを、こなたが目ざとく見つけ出す。私の手をグイグイ引きながら、こなたはアスファルトで舗装された地面を走る。男、女、若者、お年寄り、子ども連れ、カップル、日系、欧米系など、さまざまな人々で構成された集団をかき分け、なんとか二人分の席を確保することに成功した。
「まったく、要領だけはいいんだから」
「んー、もっと褒めてくれたまえ」
思わずツッコむ私に、こなたは満足そうなニマニマ顔で答える。
「いや、全然褒めてないって」
「ぷくくく、ツンモード全開のかがみ萌え~」
「だから萌えっていうな。ってか、人前で抱きつくなっ」
「んふふふ、じゃあ二人っきりならOKってこと? かがみはほんとに可愛いねぇ」
「バ、バカッ、だから、そういう意味じゃないってば!」
ったくもう、顔が紅くなるようなこと言わないでよねっ。
◇
《同日 一五時二五分》
すでに入国審査の窓口には行列ができていた。この空港の年間利用者は東京都の人口をも上回り、その七五%が国際線だという話を思い出す。
現在のEU加盟国──フィンランドやスペインなんかもだけど──のほとんどはシェンゲン協定に参加している。細かいことを言い出すとキリがないけど、私のおおざっぱな理解によればこんな感じだ。
1)シェンゲン協定国外(日本など)から協定国内に旅行する場合、最初に訪問する協定国で入国手続きを行い、 協定国内から協定国外に出国する時に出国手続きを行う。
2)協定国間を移動する場合、出入国審査は一切行われない。
3)シェンゲン協定加盟国外からの入国者は、ビザなしで六ケ月以内九〇日間、シェンゲン協定加盟国に滞在できる。
というわけで、今回の私たちのように八日間の観光旅行をフィンランド経由スペインで行うケースだと、1)の規定によりフィンランドでだけ入国審査を行うことになる。
行列の大半は東洋系の人々で構成されていたが、やたら中国語っぽい言葉が飛び交っている。どうやら中国発か台湾発の飛行機とバッティングしたらしい。ここでも中華帝国の躍進ぶりは著しいというわけだ。これは受験勉強、いや学校の勉強だけでは決してわからないことかも知れない。黒井先生あたりなら喜んで聞いてくれるだろうか。
「いい、入国審査の窓口はひとりづつだから。私が先に行くからできるだけまねをして」
「え~、なんか怖いよ。いっしょにいて欲しいなぁ」
「しょうがないでしょ、規則なんだから。もし何か話しかけられても、とにかく『サイトシーイング』で押し切ればなんとかなるから」
「うん、わかった。『サイトシーイング』だね」
「そうそう、その調子。ほら、行くわよ。ついて来て」
特に問題なく審査は三〇分ほどで終了。だけどスペイン行きの飛行機の出発まであまり時間がなくて、ロングホール・ラウンジの利用は無理っぽい。せっかくのビジネスクラス特権を利用できなくて残念だ。
建前上、成田の出国審査を通過して以降は日本じゃないわけだが、実際に外国の土地を踏みしめるのはここが初めてとなる。いったいこの先に何が待ち受けているのか。大きな期待とほんの少しの不安を胸に、私はこなたの手を握り締めると、おそらくは無数の免税店が立ち並んでいるであろう乗り継ぎロビーへと向かったのだった。
(つづく)
エイラ/つばさのうた(ニコニコ動画)
拙著「エイラ/つばさのうた」に、BGMときみしま青さまのエイラーニャイラストをつけて(使用許諾済)ニコニコ動画で公開しました。例によって破壊力三割増(当社比)です。
作成途中で思わず涙してしまったのはヒミツですw
作成途中で思わず涙してしまったのはヒミツですw
私たちの世界(スト○イク○ィッチーズSS)
スト○イク○ィッチーズのSSです。
今度はちゃんとSSしてます。ご安心ください(笑)。
ただ、『サーニャ/こころのうた』、『エイラ/つばさのうた』であらかじめ予習していただけると、より話に入りやすいかと思われます。
いちおうシリーズものにしたいなーとは思っているのですが、まだちゃんと続けられるかどうか自信がないので、例によって連作形式とさせてください。
では、どうぞお楽しみくださいませ。
・一話完結
・エイラ視点
・シリアス
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『そらいろのさんぽみち』
──私たちの世界──
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「面倒を見る? この小娘の? どうして私が?」
そう食ってかかった私に、革張りの椅子にふんぞり返ったミーナは、平然と微笑で答えたものだった。
「あなたがこの基地で一番暇そうだからですよ、エイラさん」
「ぐっ」
なかなかに痛いところを突いてくるな。さすが、伊達に隊長サマを名乗ってるわけじゃない、と思う。まあここのところしばらく、戦闘はおろか、訓練飛行すらろくに参加していない。不審に感じられるのもむしろ当然か。
ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ。カールスラントの空軍中佐にして、我等が連合軍第501統合戦闘航空団「ストライクウィッチーズ」の偉大な隊長サマ。100機撃墜のスーパーエース。ひそかに「スペードのエース」と呼んでるやつまでいるくらいだ。その人望たるや、そりゃもう絶大の極み。下に優しく上に厳しい、たよりになるお姉さま的存在……ってか?
「それに彼女は──」
急に表情を引き締めて、ミーナが一息つく。この女の、話の流れが変わるときの癖だ。
「──彼女はね、ウィーン撤退戦の生き残りなの。この意味は、わかるわね?」
「ウィーンの、生き残り……」
思いがけない発言に、私は二の句を継ぐことができなかった。
なんともひどい戦いだったそうだ。接近するネウロイの発見が遅れたため退避が間に合わず、市民にも大量の犠牲者が出たと、風のうわさで聞いた。自分たちに非難が集中することを恐れ、偉い連中がこの事実をひた隠しにしてることも──
その時だ。視線を感じた。彼女の視線を。私はそれに自分の視線を重ね合わせる。そのまま、眼をそらすことができなくなった。
彼女が。
彼女の眼が。
まるで見捨てられることを恐れる子どものような眼をしていたから。
◇
それにしても、だ。
ミーナが私の身を案じていることはわかっている。あの手この手で私をなんとか立ち直らせようと思っていることも。正直なところ、迷惑以外の何者でもないが。
それにしても、だ。
どうもこいつは苦手だ。最初に彼女に引き合わされた時の想いなど、とうの昔に吹き飛んでいた。困り果てた私は、もういちど少女の顔を見つめなおす。
とにかく色素の薄い少女だった。申し訳程度にセットしたショートカットのプラチナブロンド。どんな雲よりも白く滑らかな肌。ほっそりと伸びた手足。どこか精気に欠けた雰囲気。そして、故郷スオムスの蒼い湖を連想させる綺麗な眼。彼女の何もかもが、およそ戦いとはかけ離れた存在に思えてならなかった。
おいおい、これで士官サマだって? オラーシャの命運も知れたな、こりゃ。
それにしてもこいつからは、何の表情も見て取ることができない。私もなかなかのものだと思っていたが、どうもこいつはそれ以上だ。まあ、こいつが悪いわけじゃないものな。生きながら地獄を見てきたヤツってのは、大なり小なりこんな風になるもんだ。
ズキッ。
うー、頭痛ぇ。昨日も明け方まで飲んでたからな。まだ酒が抜けてない。それを承知の上で、こんな面倒ごとを押し付けやがって。……あんの年増女、覚えてろよ。
次の瞬間、絶妙のタイミングで待機所のドアが開いた。
「エイラさん、ひょっとして私のこと、呼んだかしら?」
反射的にそちらを振り返ると、可憐なまでの微笑みを浮かべたミーナと目が合った。
「え……いや、別に呼んでないですよ」
「あらそう。じゃあ、彼女のこと、お願いね」
「は、はあ」
そう言い終わるなり、ドアは再び閉じられた。いつもより心なしか勢いがあったようだけど、気のせいってことにしておこう。
……だけど、まったく信じられねえ。固有魔法の地獄耳でも使ったんかなー。
それにしても、だ。
こいつ、どこか眠そうだな、などと思いながら、私はさっきミーナに手渡された、経歴に関する書類をペラペラとめくる。
「総飛行時間は八十時間か……」
「八十三時間です」
「どっちも似たようなもんだろ。細かいことをいちいち気にすんな」
「はい……」
わずかに困ったような色が目に浮かぶのがわかった。ふーん、こいつの考えは目に出るんだな。
「とにかく、経験が足りないな。まるっきり足りない」
「はい……」
「戦闘ではな、ただ飛べばいいってわけじゃないんだ」
「はい……」
「飛ぶことだけに必死になってる程度じゃ、十秒ともたずに敵に喰われる。息をするくらい無意識に飛べるようになること。それが最初の目標だ。それができるようになるまでは、作戦には参加させない。いいな」
「はい……」
思わずげんなりしてしまう。お前、『はい』しか言えないのかよ。よーし、こうなったら、なんとかしてそれ以外の言葉を吐かせてやる。うーんと、そうだな……。
「ところで、空を飛んでて、どう思う?」
「……よく、わかりません」
「そっか」
ようやく『はい』以外の返事が返ってきた。よし、勝ったな。
「じゃあ今日はトクベツメニューだ。この私がじきじきに、空を飛ぶ楽しさってヤツを教育してやる」
「空を飛ぶ……楽しさ?」
ほんの数ミリ程度だけど、わずかに小首を傾げたのがわかった。どうやらこいつは楽しい遊覧飛行になりそうだ。
◇
五分後。
私はこいつを引き連れて基地の滑走路へやってきた。すでに飛行許可は取ってある。
「あの、私のストライカーユニットは?」
「いいんだ。今日は私がかかえて飛ぶからな」
ウィッチの教程では、飛行感覚を養うために、先輩の魔女がひよっ娘を抱きかかえて飛ぶのはよくあることだ。だがこいつは、その課程をすっ飛ばされてきたに違いない。おそらくは、一刻も早く前線に送り込むために。
だがそんなマネは、この私が許さない。
「ここに立って。それで両手を横に広げて。そうそう」
人類の罪を一身に背負って十字架にかかった男のような姿勢をとらせると、私は後ろからそっと両手で、華奢な作りの身体を抱きかかえる。
「きゃ……!」
小さな悲鳴。うーん、まだまだ子どもだな。どこらへんが、などと無粋なことを聞いてはいけない。
「両手を私の手にかけて、しっかり掴め」
「は、はい」
なんせ今日はふたり分だからな。気合を入れていこう。
使い魔が反応。いつもより三割増の魔方陣が滑走路の幅いっぱいに広がる。魔力に呼応して、ダイムラー・ベンツDB 605魔道エンジンが耳をつんざく咆哮を上げ、あたりに土ぼこりが舞い上がる。左右のエンジンの出力差は許容範囲内。現在の基地周辺の気象状況は晴れ、南の風3ノット、水平視界は5マイル以上。
いいな、理想的だ。
誘導員がオールクリアを宣言するのを横目で確認。了解、のハンドサインを返す。よーし、全て問題なし。年増……ミーナが背後の待機所の窓から心配そうにこちらの様子を見つめている。大丈夫、心配すんなって。
誘導員が発進、のサイン。
わずかに身体を前に傾け、さらにエンジンに魔力を注入する。滑走路の上を滑るように私たちは前進を開始。そのままみるみるうちに加速。全身でGを感じる。滑走路脇に刻まれた測定用の標識を頼りに、自分の速度を測る。
V1突破。
VR突破。
V2突破。
滑走路の端が目前に迫る。構わず私は気合を入れる。
ふわり。
魔力が重力を超える瞬間。全ての束縛から解き放たれ、私は自由に空を舞う存在へと移行する。こればかりは何度経験してもゾクゾクするものだ。
雲量2の青空が私たちを迎えてくれる。見下ろせば青い海。彼方にはガリアの地。見上げれば春の太陽。それらを同時に見ながら、私たちは徐々に高度を上げていく。ただし、上昇率はいつもの半分程度。それはもちろん、こいつに目を回されては困るからだ。
高度4000フィート、速度200ノットで一路北東へと向かう。ドーバー海峡からバルト海へ。ここは私たちに割り当てられた訓練区域だ。そしてその先には故郷スオムスが、さらにその向こうにはオラーシャがあるはず。
回りに訓練中の機体がないことを目視と無線で確認してから、さらに高度を上げる。中高度から上には偏西風がある。それに流されないように注意しながら、慎重に運動エネルギーを位置エネルギーへと変換する作業に没頭する。
30分ほどかけて、私たちは高度は35000フィートへと達した。ここは対流圏と成層圏の境。すでに空の色は青を通り越して紫だ。海と雲が眼下に広がり、地平線はわずかに丸みを帯びているのがわかる。このくらいの高さになると、空気の浮力はまったく期待できない。ほんのわずか体勢を崩すだけで、軽く1000フィートや2000フィートは高度を失ってしまうのだ。
空戦においてなによりも重要なのは高度。敵に対しどれだけ高さをかせぐかが生死を分ける。そして一度失われた位置エネルギーは、容易なことでは取り返せない。高高度ともなればなおのことだ。このことが頭だけでなく、身体で理解できなければ、とても一人前の機械化航空歩兵とは言えない。しかし大半の連中は、それを理解する間もなく……。
妙な方向に展開しかけた思考を、首を左右に振ることで追い払う。気分を変えるために、私は改めて今日のお客さんに話しかけた。
「どうだ、いい眺めだろう」
「……」
おや、返事がないぞ。
「おい、大丈夫か」
まさか気絶してるんじゃないだろうな。後ろから抱きかかえているから、表情を見て取ることができない。
「……綺麗」
かろうじてつぶやき声が聞こえた。彼女の腕に、わずかに力がこもるのがわかる。
「これが……私たちの住む、世界」
「ああ」
思わず私の腕にも力が入る。
「これが世界だ。私たちの守るべき世界だ。わかったか」
「はい」
今までで一番力強い、肯定の返事。
ま、今日のところは、これだけわかれば上等だと思う。だから私は、ひとしきり満足感をむさぼりながら、こいつに言ってやったんだ。
「ようこそストライクウィッチーズへ、サーニャ」
(Fin)
今度はちゃんとSSしてます。ご安心ください(笑)。
ただ、『サーニャ/こころのうた』、『エイラ/つばさのうた』であらかじめ予習していただけると、より話に入りやすいかと思われます。
いちおうシリーズものにしたいなーとは思っているのですが、まだちゃんと続けられるかどうか自信がないので、例によって連作形式とさせてください。
では、どうぞお楽しみくださいませ。
・一話完結
・エイラ視点
・シリアス
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『そらいろのさんぽみち』
──私たちの世界──
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「面倒を見る? この小娘の? どうして私が?」
そう食ってかかった私に、革張りの椅子にふんぞり返ったミーナは、平然と微笑で答えたものだった。
「あなたがこの基地で一番暇そうだからですよ、エイラさん」
「ぐっ」
なかなかに痛いところを突いてくるな。さすが、伊達に隊長サマを名乗ってるわけじゃない、と思う。まあここのところしばらく、戦闘はおろか、訓練飛行すらろくに参加していない。不審に感じられるのもむしろ当然か。
ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ。カールスラントの空軍中佐にして、我等が連合軍第501統合戦闘航空団「ストライクウィッチーズ」の偉大な隊長サマ。100機撃墜のスーパーエース。ひそかに「スペードのエース」と呼んでるやつまでいるくらいだ。その人望たるや、そりゃもう絶大の極み。下に優しく上に厳しい、たよりになるお姉さま的存在……ってか?
「それに彼女は──」
急に表情を引き締めて、ミーナが一息つく。この女の、話の流れが変わるときの癖だ。
「──彼女はね、ウィーン撤退戦の生き残りなの。この意味は、わかるわね?」
「ウィーンの、生き残り……」
思いがけない発言に、私は二の句を継ぐことができなかった。
なんともひどい戦いだったそうだ。接近するネウロイの発見が遅れたため退避が間に合わず、市民にも大量の犠牲者が出たと、風のうわさで聞いた。自分たちに非難が集中することを恐れ、偉い連中がこの事実をひた隠しにしてることも──
その時だ。視線を感じた。彼女の視線を。私はそれに自分の視線を重ね合わせる。そのまま、眼をそらすことができなくなった。
彼女が。
彼女の眼が。
まるで見捨てられることを恐れる子どものような眼をしていたから。
◇
それにしても、だ。
ミーナが私の身を案じていることはわかっている。あの手この手で私をなんとか立ち直らせようと思っていることも。正直なところ、迷惑以外の何者でもないが。
それにしても、だ。
どうもこいつは苦手だ。最初に彼女に引き合わされた時の想いなど、とうの昔に吹き飛んでいた。困り果てた私は、もういちど少女の顔を見つめなおす。
とにかく色素の薄い少女だった。申し訳程度にセットしたショートカットのプラチナブロンド。どんな雲よりも白く滑らかな肌。ほっそりと伸びた手足。どこか精気に欠けた雰囲気。そして、故郷スオムスの蒼い湖を連想させる綺麗な眼。彼女の何もかもが、およそ戦いとはかけ離れた存在に思えてならなかった。
おいおい、これで士官サマだって? オラーシャの命運も知れたな、こりゃ。
それにしてもこいつからは、何の表情も見て取ることができない。私もなかなかのものだと思っていたが、どうもこいつはそれ以上だ。まあ、こいつが悪いわけじゃないものな。生きながら地獄を見てきたヤツってのは、大なり小なりこんな風になるもんだ。
ズキッ。
うー、頭痛ぇ。昨日も明け方まで飲んでたからな。まだ酒が抜けてない。それを承知の上で、こんな面倒ごとを押し付けやがって。……あんの年増女、覚えてろよ。
次の瞬間、絶妙のタイミングで待機所のドアが開いた。
「エイラさん、ひょっとして私のこと、呼んだかしら?」
反射的にそちらを振り返ると、可憐なまでの微笑みを浮かべたミーナと目が合った。
「え……いや、別に呼んでないですよ」
「あらそう。じゃあ、彼女のこと、お願いね」
「は、はあ」
そう言い終わるなり、ドアは再び閉じられた。いつもより心なしか勢いがあったようだけど、気のせいってことにしておこう。
……だけど、まったく信じられねえ。固有魔法の地獄耳でも使ったんかなー。
それにしても、だ。
こいつ、どこか眠そうだな、などと思いながら、私はさっきミーナに手渡された、経歴に関する書類をペラペラとめくる。
「総飛行時間は八十時間か……」
「八十三時間です」
「どっちも似たようなもんだろ。細かいことをいちいち気にすんな」
「はい……」
わずかに困ったような色が目に浮かぶのがわかった。ふーん、こいつの考えは目に出るんだな。
「とにかく、経験が足りないな。まるっきり足りない」
「はい……」
「戦闘ではな、ただ飛べばいいってわけじゃないんだ」
「はい……」
「飛ぶことだけに必死になってる程度じゃ、十秒ともたずに敵に喰われる。息をするくらい無意識に飛べるようになること。それが最初の目標だ。それができるようになるまでは、作戦には参加させない。いいな」
「はい……」
思わずげんなりしてしまう。お前、『はい』しか言えないのかよ。よーし、こうなったら、なんとかしてそれ以外の言葉を吐かせてやる。うーんと、そうだな……。
「ところで、空を飛んでて、どう思う?」
「……よく、わかりません」
「そっか」
ようやく『はい』以外の返事が返ってきた。よし、勝ったな。
「じゃあ今日はトクベツメニューだ。この私がじきじきに、空を飛ぶ楽しさってヤツを教育してやる」
「空を飛ぶ……楽しさ?」
ほんの数ミリ程度だけど、わずかに小首を傾げたのがわかった。どうやらこいつは楽しい遊覧飛行になりそうだ。
◇
五分後。
私はこいつを引き連れて基地の滑走路へやってきた。すでに飛行許可は取ってある。
「あの、私のストライカーユニットは?」
「いいんだ。今日は私がかかえて飛ぶからな」
ウィッチの教程では、飛行感覚を養うために、先輩の魔女がひよっ娘を抱きかかえて飛ぶのはよくあることだ。だがこいつは、その課程をすっ飛ばされてきたに違いない。おそらくは、一刻も早く前線に送り込むために。
だがそんなマネは、この私が許さない。
「ここに立って。それで両手を横に広げて。そうそう」
人類の罪を一身に背負って十字架にかかった男のような姿勢をとらせると、私は後ろからそっと両手で、華奢な作りの身体を抱きかかえる。
「きゃ……!」
小さな悲鳴。うーん、まだまだ子どもだな。どこらへんが、などと無粋なことを聞いてはいけない。
「両手を私の手にかけて、しっかり掴め」
「は、はい」
なんせ今日はふたり分だからな。気合を入れていこう。
使い魔が反応。いつもより三割増の魔方陣が滑走路の幅いっぱいに広がる。魔力に呼応して、ダイムラー・ベンツDB 605魔道エンジンが耳をつんざく咆哮を上げ、あたりに土ぼこりが舞い上がる。左右のエンジンの出力差は許容範囲内。現在の基地周辺の気象状況は晴れ、南の風3ノット、水平視界は5マイル以上。
いいな、理想的だ。
誘導員がオールクリアを宣言するのを横目で確認。了解、のハンドサインを返す。よーし、全て問題なし。年増……ミーナが背後の待機所の窓から心配そうにこちらの様子を見つめている。大丈夫、心配すんなって。
誘導員が発進、のサイン。
わずかに身体を前に傾け、さらにエンジンに魔力を注入する。滑走路の上を滑るように私たちは前進を開始。そのままみるみるうちに加速。全身でGを感じる。滑走路脇に刻まれた測定用の標識を頼りに、自分の速度を測る。
V1突破。
VR突破。
V2突破。
滑走路の端が目前に迫る。構わず私は気合を入れる。
ふわり。
魔力が重力を超える瞬間。全ての束縛から解き放たれ、私は自由に空を舞う存在へと移行する。こればかりは何度経験してもゾクゾクするものだ。
雲量2の青空が私たちを迎えてくれる。見下ろせば青い海。彼方にはガリアの地。見上げれば春の太陽。それらを同時に見ながら、私たちは徐々に高度を上げていく。ただし、上昇率はいつもの半分程度。それはもちろん、こいつに目を回されては困るからだ。
高度4000フィート、速度200ノットで一路北東へと向かう。ドーバー海峡からバルト海へ。ここは私たちに割り当てられた訓練区域だ。そしてその先には故郷スオムスが、さらにその向こうにはオラーシャがあるはず。
回りに訓練中の機体がないことを目視と無線で確認してから、さらに高度を上げる。中高度から上には偏西風がある。それに流されないように注意しながら、慎重に運動エネルギーを位置エネルギーへと変換する作業に没頭する。
30分ほどかけて、私たちは高度は35000フィートへと達した。ここは対流圏と成層圏の境。すでに空の色は青を通り越して紫だ。海と雲が眼下に広がり、地平線はわずかに丸みを帯びているのがわかる。このくらいの高さになると、空気の浮力はまったく期待できない。ほんのわずか体勢を崩すだけで、軽く1000フィートや2000フィートは高度を失ってしまうのだ。
空戦においてなによりも重要なのは高度。敵に対しどれだけ高さをかせぐかが生死を分ける。そして一度失われた位置エネルギーは、容易なことでは取り返せない。高高度ともなればなおのことだ。このことが頭だけでなく、身体で理解できなければ、とても一人前の機械化航空歩兵とは言えない。しかし大半の連中は、それを理解する間もなく……。
妙な方向に展開しかけた思考を、首を左右に振ることで追い払う。気分を変えるために、私は改めて今日のお客さんに話しかけた。
「どうだ、いい眺めだろう」
「……」
おや、返事がないぞ。
「おい、大丈夫か」
まさか気絶してるんじゃないだろうな。後ろから抱きかかえているから、表情を見て取ることができない。
「……綺麗」
かろうじてつぶやき声が聞こえた。彼女の腕に、わずかに力がこもるのがわかる。
「これが……私たちの住む、世界」
「ああ」
思わず私の腕にも力が入る。
「これが世界だ。私たちの守るべき世界だ。わかったか」
「はい」
今までで一番力強い、肯定の返事。
ま、今日のところは、これだけわかれば上等だと思う。だから私は、ひとしきり満足感をむさぼりながら、こいつに言ってやったんだ。
「ようこそストライクウィッチーズへ、サーニャ」
(Fin)