小嶋晶(こじま・あき)  【令和2年度 美術部門[現代美術]】

 

 

 

 

2019年のデビュー作『情報としての生、または愛 Vol.2/ Life as information,or love Vol.2』がアワードのグランプリに輝き、一躍期待の美術作家となった小嶋晶さん。高校卒業後は看護師として約10年働き、人間の生死が目まぐるしく更新される日々に身を置いた異色の経歴の持ち主。時に逃げ出したくなるような日々も、後に生涯の創作テーマ「アニマ( animaラテン語で生、魂の意)」と出合うことを思えば、必然だったと言えるのかもしれません。視点をどこに置くかで、物事はガラリと印象を変える。そんな「多様な視点の共有」も活動目的のひとつです。今日は絵画、明日は映像と作家性も発展の途上にある小嶋さん。今後どんな進化を遂げるのか。将来有望な作家のはじまりの物語です。
 

 

◎取材・文・撮影:石橋法子

 

 

「個を忘れる瞬間が“生”であり、それを積み重ねて、埋め続けるしかない」

 

 

2月の贈呈式では、光沢のあるブルーのロングドレスがとても華やかで目を惹きました。

 

ありがとうございます。じつは母が結婚式の時に着ていたドレスです。最初は大阪市の冠がついた贈呈式がどんな雰囲気なのか想像できなくて、呉服店へ相談に行きました。晴れ着は20代までとか、着物には決まりごとが多いんですよね。例えばこんな感じでと合わせてもらったのが、本当に演歌歌手みたいな感じで。「これは……(ない)」と思って一旦やめて(笑)。母が結婚式の時に着ていたドレスを出してくれました。母は私が美術をすることに反対気味なので、晴れの舞台に母のドレスを着て出たら、少しは印象が良いのではなかろうか、との思いもありました。

 

 

 

 

そんなエピソードがあったのですね。本格的なデビュー作は、2019年発表の『情報としての生、または愛 Vol.2/ Life as information,or love Vol.2』でしょうか。京都市立芸術大学大学院修了の年に参加した「アートアワードトーキョー丸の内2019」でグランプリを獲得した作品です。

 

デビューというか、学生じゃないんだという自覚が芽生えたのが2019年頃でした。ちょうど卒業して「Kyoto Art for Tomorrow 2020 京都府新鋭選抜展」に出展するため色んな人にインタビューをしていた時に、「学生じゃないんだから」とめっちゃ言われたことがあって。学生のときは権利問題とか全然考えてなくて、学内で展示するだけなので普通にインタビューもできていたけど、この時は「大きいところで発表するなら嫌だ」「自分の人生を勝手に引用されたくない」「だったらお金払え」とか色々あって。そうか、もう学生じゃないんだ! と自覚させて貰えました。

 

 

なるほど。作家としては、院生最後の卒業制作で発表した『情報としての生、または愛』が大学院市長賞を受賞したのを皮切りに、卒業後も受賞が続きました。

 

たまたまラッキーという感じでした。学生時代は誰からも相手にされなかったというか、それまでは学内で発表しても、他の子たちは「展示しませんか」とギャラリーの人から声が掛かるのに、私にはまったくなくて。自分としては「ああ、良い作品だな」と思っても酷評されることが多かった。「自分はダメなんだ」「どうしたらいいんだろう」とずっと思っていました。それが卒業制作が評価されたことで、あれよあれよという間に色んなところにつながっていった感じです。

 

 

卒業制作では、何か変えた部分があった?

 

大学院にはそもそも油画コースで入ったのですが、最初に作ったのがインスタレーションの作品でした。何で油画に入ってそんなことをしているんだ? 最初は好きなことをやるけど、もちろん絵を描くんですよね、と周囲から言われて「うーん」と思っていて。半立体のような絵を発表した時も、「それは絵じゃない」と言われ、だんだんと「絵を描かなきゃいけない」というプレッシャーを感じるようになっていました。

 

 

手段のための表現だと本末転倒な気がします。
 

入学当初は「絵の中で表現しきらないといけないんだ」という気持ちになり、結構苦しかったですね。自分は看護師として勤めながら、最初は通信教育でデザインの世界に触れて、そこから本格的に美術をやろう! と院に入ったので。美術教育もしっかり受けて来なかった。人と比べて自分に技量がないことも自覚していた。でも一方で、絵って上手く描こうと思えば簡単に描ける。方法はいくらでもあるから。キャンバスで起こる現象とか、自分のオリジナルの技法を追求することとか、意味が分からなくて。自分にとって絵は一つの道具でしかなく、やりたいことにあまりマッチしない。全然面白くないなぁと。

 

なるほど。

 

 

 

 

人間の根源的なエネルギーみたいな意味で「アニマ、魂」そういうものを探求しようと制作を始めたんですけど。生きるって何かなと考えたときに、お母さんとお腹の中で一体となっていた頃は完全な状態。そこから産み落とされて、個として存在しなくてはいけなくなることで、寂しいとか不安とか、満たされない負の感情が生まれて来る。母親から分離した事で生まれた「欠損」した部分を埋めて、個じゃなくなろうとしているのが「生」ではないかと考えました。

 

 

欠損を埋める行為、欠損が埋まった状態=生きる、だと。
 

例えば、赤ちゃんが母乳で欠損を満たして自他の境界がない状態は「生」だし、自分の場合だと、友達や恋人と楽しく過ごしたり、読書や音楽を聴いたり、何でもいいんですけど欠損を埋めて“個を忘れている瞬間”が「生」であり、完全な状態。でもずっと自分じゃなかったら、それは死と一緒というか、生きていないことにもなるなと思い。欠損を満たす、また個に戻る。そして、また欠損を満たす、の繰り返し。一時的に個じゃなくなる瞬間を積み重ねて、埋め続けるしかないのかなと。院生の頃に、分離した母親の象徴として胸を描く作業を始めたことがあって、でもその時も「もっといい胸を描くための技術を高めろ」という感じになりました。それで胸を上手にいっぱい描けるようにはなったけど、全然「やったー!」という気持ちにはならなかった。

 

 

目的を見失いつつあるような状態に。

 

胸を大量に描くことで伝わるのかな? と思い、学内の小さなギャラリーで個展を開きました。そしたら「乳がんの人の切り落とされた胸ですか」ってめっちゃ言われて、全然伝わっていなかった。その伝わらなさが自分の画力の問題で、それを何十年も向上させていくことで伝わるようになるものなのか? あまり有効な努力をしているような気持ちにはなれませんでした。

 

そんな思いを抱えたまま、卒業制作の時期を迎えて。

 

 

 

先生にも卒業制作は「同じ胸の延長線上で行くよね」と言われましたが、もういいや、好きなことをしようと思って、インスタレーション作品を制作しました。絵同士をつなげて壁を作って、壁の上にも絵を展示して、関連が分かるようにつなげて。あとは映像も組み合わせたり。最後くらいいいやろう! という気持ちで好きなことをしました。たまたまその作品を評価していただいて、作品を見に来ていた「アートアワードトーキョー丸の内2019」の主催者の人たちから出て欲しいと言われ、そこから次につながっていった感じです。

 

 

「詳しい人が見ても楽しく、一般の人が見ても分かるような展覧会がしたい」

 

 

卒業制作はやり切ったという思い?

 

そうですね。何を言われても別にいいやって(笑)。めっちゃ怒られたとしても卒業制作で「あ~、全然やりたい事が出来なかった」と後悔するよりは、自分が満足すればいいんじゃないかなと思っていました。

 

 

結果は賞という形で実を結びました。

 

常にあまり自信満々じゃなくて、もっとできたのになという思いはあるんです。人の評価が気になるじゃないですか、どうしても。だけど人の評価に頼ると結局自分がしんどくなる。自分がイケてるということを信じるしかない。でもメンタルってブレるから。結構辛辣なことも言われたりするので。

 

 

 

 

辛辣なことを。

 

私、表現方法がコロコロ変わるんです。最初は絵を描く人だったのが、次はインスタレーション、それも同じ系統のものを続けられない。でもそれは、自分が作りたいテーマに沿って毎回表現方法を一から練るからなんですけど。私は「これだ!」という手駒が特にない。だから、前の作品が良かったという人は「どうしちゃったの!?」って毎回なるんです。「あら?」みたいな(笑)。ひとつのことを極めてない、なぜ路線が変わるんだ、これでは技術が向上しないと言われて。「一個の事を追求すべき」という意見には、そうなのかなと思ったり。

 

 

近作では3月6日(土)、7日(日)と京都で開催された現代美術のアートフェア「ARTISTS’ FAIR KYOTO 2021」に出展されたそうですね。そこではどんな作品を?

 

インスタレーション作品で、その時はまったく絵を描きませんでした。自分の家で使っている既製品の食卓を空間にポンと置いて。映像ではダンサーさんにイメージと流れを伝えて振付してもらい、私は全体の脚本と演出をして。撮影もカメラマンに頼んで、編集も途中までやってもらい、残りを引き受けました。自分のやりたい事を依頼して叶えてもらうというような。
 

 

監督的なポジションで。

 

自分を出さないというか、手垢が少ない感じの作品でした。自分ではすごい良かったなと思ったんですけど、結構「がっかりした」とも言われて。ぐわーっとした(力のある)感じの絵が好きな人からは「地味」と言われたり。そのたびにブレたりもする。でもずっと見てくれている友達が、アウトプットの方法が増えていることに対して「私は評価する」と言ってくれて。今までみたいに狭い範囲の中で制作して、「これじゃ伝わらない」と悩むのではなく、パフォーマーさんとか色んな出会いの中で、アウトプットの方法が広がって、表現したいことを完全ではないけど、もうちょっと芯に近い形で具現化できるようになっていた。それを見て「ちょっと感動した」と言ってもらえて、「それだ!」と思いました。

 

 

小嶋さんにとって表現活動は、伝えたい物事の輪郭を捉えるための手段であり、他者と共有するためのツールだとよくお話されています。見せたいのは表現方法ではなくテーマそのものであり、共有することで作品が完結するようなイメージが印象的です。

 

自分だけが分かっていて楽しくて、他の人が全然介入できないのは嫌だなと。例えばアート業界の人だけが見て「分かってるね~」となる作品って結構ある。美術史になぞらえて「あの作品からの引用ね」みたいな。そういうニッチな世界の中だけで盛り上がって評価されて、一般の人は何が良いか分からないみたいなことって、結構拒絶されているように感じます。

 

 

拒絶とは?

 

以前、某国際的な展覧会を見に行ったことがあって。そこでは映像作品が大多数を占めていて1作品が60分ぐらいずつあって、これ一般の人は最初の作品を60分じっと見つめて「あ~ムリ!」ってなる感じだなと。作品をどう見ていいのか、何を感じていいのかも分からない。展覧会の回り方すら分からない。本当に「ナニコレ?」ってなる感じじゃないかと思って。一般の人との隔絶みたいなものをすごく感じました。それでいいのかなと。一般の人がアートは分からんね、となるのが嫌なんです。
 

 

もっと開かれたものであってほしいと。
 

別にこれが間違っている、その解釈はおかしいとか、ないじゃないですか。美術評論家は作品の意図を紐解けるから素晴らしく、一般のひとは紐解けないからダメじゃない。詳しい人が見ても楽しいし、一般の人が見ても分かるみたいな、そういうのが良いなと思っています。
 

 

「何で好きとは違う世界の看護師になったのか。“導かれてる感”がすごかった」

 

 

そもそも美術への関心は、学生時代から?

 

あんまり褒められることは何にもなくて。最初は勉強ができたので、調子に乗って勉強をせずにいたら、中学生ぐらいから本当に全然分からなくなっちゃって。でも美術は何の努力もしてないのに、ずっと褒めて貰える。

 

 

 

 

褒められるほどにお上手だった。

 

そう、ですね(笑)。もちろんクラスには私より断然上手い人もいましたが、正解があるわけじゃ無いので別に張り合うでもなく、私はわたしの良さというのが認められる。それに友達なんかは少し上手いだけで「天才!」とか言っておだて上げる(笑)。なので当然ごとの様に高校を卒業したら芸大へ行こうと思っていました。
 

 

そうだったんですね。

 

進路指導の先生に「芸大に行こうと思ってます」と話したら、「全然受験勉強してないやん!」と言われ、え?(受験勉強)いるんや。でもまあ行けるでしょ、と軽く考えていました。ところが、親から「どうやって生計立てるの? そんな人にお金は出したくない」と言われて。自分で学費を出すなら行ってもいいと言うので、一旦就職してお金を貯めることにしました。手に職つけるなら何がいいかと考えて、テレビドラマとかで目にしていたER(救急救命士室)が面白そうだなと。強い信念とかもなく看護師になりました。

 

 

学費を稼ぐための就職だった。
 

でも忙殺というか、日々考える間もなく仕事に追われていました。気付くとアラサーで、周囲の変化に取り残されていて「私は何をしているんだろう?」とはたと思って。何がしたかったのか全く思い出せなくなっていた。このまま看護師として働いて死んでいったら不幸すぎると思い、仕事を辞めました。


 

当初の目的を忘れていたんですね。
 

それぐらい本当に自分を無くし過ぎていた。何で生きて、何をしているのかサッパリ分かりませんでした。辞めて少し落ち着いてから、「あ、そうや! 私お金貯めるために看護師になったんや」と思い出して。それと辞めるときに、人生棒に振るよ、積み上げてきたキャリアはどうするの? 年取ると正社員での採用は難しいから考え直したら、とかめっちゃ言われてたことも思い出して。「もう私の人生は終わったんや」と怖くなった。

 


急に状況がクリアに見えて来た。
 

とにかく「働かなければ!」とバイトを始めました。芸大に行きたいし、制作したいという思いも実現しないと後悔すると思い、大阪芸術大学の通信教育教育学部のデザイン科に入りました。バイトしながらの通信教育で、春休みと夏休みにだけ学校に通っていました。すごく楽しかったですね。でも本当に、何にもならなかったんですよ。

 

 

何にもならなかったとは?

 

人の意を汲んで、そのひとに合ったデザインを提供するデザイン科もちょっと自分には合わなかった。絶対こっちの方がいいと思っても、自分の我を出すのがダメだったから。自分のやりたいようにしたくて、そのことを油画の先生に話したら、油画の方が合ってるんじゃない? と言われて。少し教えてもらいながら、絵を描き始めました。そこで美術の世界に触れて、こっちの方が面白いなと。

 

 

 

 

そこで油画と出合われたんですね。

 

そのときは「自分とは何だろう?」がテーマでした。自分は食べたものから作られているなと思い、自分の食べるはずだった食事を全部一回焼いて炭にして、その炭を使って自分の身体をかたどって絵を描くみたいなことをしていました。まだもっと色んなことができるけど、学校を卒業したら何もできなくなる。「楽しく時を過ごしましたね」で、終わっちゃう。それでは何にもならない。まだ何も学べていないと思い、京都市立芸術大学大学院を受験しました。

 

 

入学した京都市立芸術大学大学院では、美術研究科絵画専攻油画で学ばれます。
 

通信のときは仕事とどっちつかずな感じだったので、院では仕事も辞めて、制作に専念しました。バイトで貯めたお金で制作するだけの2年間にしようと。


 

ちなみに看護師の仕事を辞める際、お母さまの反応は?
 

もう絶望って感じでした(笑)。親は大学に行かせたかったんですよ。何浪してもいいから大学に行ってくれと。でも勉強が全然好きじゃなかった。浪人って予備校に入ってめっちゃ勉強するイメージだったので、もう絶対に嫌だと思って。そんなに頑張れない。手に職がつく看護師だったらと、しぶしぶ許してもらえてたので。

 

 

看護師としては約10年のキャリアです。

 

ER(救急救命室)のドラマとかを見てかっこいいなとは思ってたけど、自分がやったらめっちゃしんどくて。多分向いているタイプではなかった。判断を迫られて急いで何かをやるとか、プレッシャーに燃えるタイプでは全然なかったので。

 

 

注射とかも打ったり?

 

もちろん。注射は上手いんです(笑)。でも抜けたことをしたら、普通の会社でも許されませんが、それこそ笑って許されない。自分のせいで命を落とすかもしれないということがすごくプレッシャーで。自分に合ってない感が凄かった。
 

 

一方で、看護師の経験を通して生涯のテーマ「アニマ(生命、魂)」を獲得されます。

 

それは本当に、看護師の仕事をしていて良かったなと思うところです。多分普通に高校を卒業して芸大に入っていたら、何もないというか。本当に「この絵上手いでしょ」みたいな自己満足で終わっていたと思います。看護師の仕事はしんどいし、回り道だったのかも分かりませんが、“導かれてる感”がすごくて。じつは今もがっつり働いているんですが、全然好きとは違う世界ですし、「なんで看護師になったんだろう?」と思うと、やっぱり学ぶためというか。それがあってすごい良かったなと思います。
 

 

「生死に限らず、“そういう考え方もあるんだ”と知るだけでも楽しいし、救いにもなる」

 

 

導かれる感覚というのは、神秘的です。

 

芸大に入った当初は、看護師になって色んなことを経験した、それはもう全部忘れたいことだった。けど「何かの糧になる」とも思い、逆にそれを使わなくてはという気持ちになりました。その中で、何に一番興味があるかを考えたら、魂や、生きるとか死ぬとかいうことだなと。多分普通に生きていたら、人が亡くなる場面には滅多に立ち会わないだろうし、帝王切開とかで赤ちゃんが産れてくる瞬間とかもあまり見ないと思う。色んなドラマが繰り広げられている場所にいられたのは、自分にとっては良かったという言い方が適切かは分かりませんが、糧になっているなと思います。

 

 

人間の生死と日々立ち会う状況というのは、確かに容易には想像し難いかもしれません。

 

患者さんが亡くなって、次の日にはまた新しい患者さんが入ってくる。死が淡々と処理されていくような状況というのが常にあって。だから全然ついていけなかった。その都度落ち込んじゃう。でも感じ方って人によって全然違うじゃないですか。私が患者さんの死に対して思うショックと、家族が思うショックとは違う。同じ死を見ても感じ方が全然違う。死に対しても、それで終わりなのかな? とも感じていて。

 

 

 

 

別の考えが浮かんだ?

 

例えば、私は看護学校でお世話になった先生がいたんですけど。久しぶりに食事でもと思い電話したけど、全然つながらない。その後、先生が脳腫瘍で亡くなっていたことを聞いて驚きました。でも連絡しなかったら自分の中ではずっと生きているじゃないですか。生きている、死んでいるってよく分かんないなと。死んでいると言われたらそうだけど、生きていると言われたら生きていることになるし、全然分からなくなりました。
 

 

なるほど。

 

肉体的な死という現象と、見えていない色んな何かがあるのかなと。死とか生とかの現象って、色んな捉え方があるし、そういうことが知りたい。知ることによって救いにもなるなと思いました。

 

 

未知なるものに向かわれる時、突き動かされるのは知りたいという欲か、誰かを「救いたい」という思いか、もしくは別の何かでしょうか。
 

物事の捉え方の一つとして、例えば心臓が止まるとことを「死」と捉えることもできる。でも死んで焼かれた身体が分解されて炭素になって空気中に混ざると、それを吸うことで自分の身体にも取り込まれる。そう考えたら、その人は物理的に自分の中で“生きている”ことになる。個から逃れて世界と一体になれば、それは「私とも一体になっている」とも考えられるなと。他にも、輪廻だとまた会えるとか、色んな考え方ができる。死についてとか、何のために生きているのかも知りたい。多分答えは出ないんですけど。色んな見方を知ることで、今はぼや~んとしたものが、もう少しハッキリとするんじゃないかなと思います。


 

答えより、多様な考えを共有したいと。


全然それが的外れでも、そういう考え方があることを知るだけでも楽しい。例えば、死ぬことが怖いと思っている人が、それとは違う見方ができるようになれば、救いにもなるかもしれない。生死の問題だけじゃなく、「そういう考え方もあるんや」というのを共有できれば、物事の一個の側面だけを見て「これが正しいです」ということも、なくなるんじゃないかなと思います。

 

 

制作自体は楽しいことですか?

 

「制作ってツラいよね~」って、友達の作家とかに言われるんですけど。そうだよねと言いつつ、全然ツラくない(笑)。期限に追い込まれてツラいことはあるんですけど。知りたいことを知れるのがすごい楽しい。それは昔の哲学者やその辺の人、誰でもいいんですけど。「そっちからも見れるんや」と新しい意見を発見することや、それをどう表現するかを考えたり。表現をサポートしてくれる人との出会いや、自分がやったことのないことに挑戦できること全部が楽しい。過去の自分が見て、「おお~!!!」と思えることを常にしたいと思っています。

 

 

聞いているだけでワクワクしてきます(笑)。まだ活動は始まったばかりですが、生涯作家活動を?

 

 

 

 

続けていけたらいいなと思っています。たまたま美術界で発表の機会を得たので美術や芸術というフィールドに置かれているけど、自分としては「したいことをただやっている」という感じに近いです。観る人によって、それは美術じゃないと言う人がいるかもしれないですし、美術の中でやらなきゃというのは全然考えてなくて。

 

 

では一番ブレない芯というのは、魂の探求でしょうか。


そこは絶対揺るがないんですけど。テーマに迫るために、自分とは何か、生と死、感覚、実存とか、色んなものが周りに関係してくるので。もしかしたら、全然関係のない所を飛んでいるように見えるかもしれない。けど、多分それも全部つながってくると思っています。

 


数年後にどんな活動をされているのか、またお話を伺ってみたいです。最後に恒例の質問です。小嶋さんが「咲くやこの花賞」を贈呈してもいいと思う、大阪の好きなところを教えて下さい。


こないだハッと思ったのは吉本新喜劇です。先日のアートフェアで北海道から来たという人が、ずっと観たくてやっと観に行ってみたら「こんなに面白いものはない!」と手を叩いて笑ったと言っていて。そんなに面白いんやったらと、吉本新喜劇にちょっと興味があります。大阪の人っていいですね、めっちゃ観に行ってるんでしょとも言われたんですけど、まだ一回も生で観たことがないので(笑)。

 

 

 

 

 

【略歴】小嶋晶(こじま・あき)

大阪生まれ。10年ほど看護師として手術室や集中治療室で働いた後、芸術活動を始める。生涯制作活動を通じてアニマを探究する事を目的とし、ここ数年は多様なメディアを用いて生をテーマに制作を続けている。2002年、関西医科大学附属看護専門学校卒業。2016年、大阪芸術大学通信教育部デザイン学科卒業。2019年、京都市立芸術大学大学院美術研究科絵画専攻油画修了。

 

【受賞歴・受賞候補】

2019年「京都市立芸術大学作品展」大学院市長賞、2019年「アートアワードトーキョー丸の内2019」グランプリ、2020年「Kyoto Art for Tomorrow 2020 京都府新鋭選抜展」最優秀賞、2020年「第23回岡本太郎現代芸術賞展」入選。

 

【公式HP】 

Instagram:KOJIMA Aki (@aki_kojima_works)