吉田簑紫郎(よしだ・みのしろう)【平成28年度 演劇・舞踊[文楽・人形遣い]】

 

 

 

携帯には漫画「AKIRA」のシールがペタり。紋付き袴で挑む仕事場にもポップなノートパソコンを持参する。趣味は映画鑑賞、カメラ、木工など。手先の器用さや芸術的感性、加えてボーイスカウトで培った冒険心とサバイブ術にも長けた彼の名は、吉田簑紫郎さん。国立文楽劇場を拠点に国内外へも積極的に遠征し、“バックパッカー文楽”を標榜する文楽人形遣いの若き担い手です。1975年、大阪府出身。1988年、中学1年生で三代吉田簑助に入門。1991年4月、吉田簑紫郎を名のり国立文楽劇場で初舞台。以降研鑽を積み、2009年・2010年「文楽協会賞」、2012年「国立劇場文楽賞奨励賞」、2017年「咲くやこの花賞」及び「国立劇場文楽賞文楽奨励賞」の各賞受賞。一般的に人形のかしら(首)を遣う花形の「主遣い」まで「足遣い10年、左遣い10年」の修業が必要と言われる文楽人形の世界。苦節20年、新元号となる時代の変わり目にいよいよ頭角を表す、期待の俊英に仕事への思いを伺いました。

 

 

「受賞の知らせにひとり泣き。賞の名に恥じない仕事をしたい」

 

平成28年度「咲くやこの花賞」演劇・舞踊部門を受賞されました。当時のご心境は?

 

嬉しいなんてもんじゃなかったですね。過去の受賞者がすごい方々ばかり。お金を出してでも欲しかった賞なので。それまでの自分はなかなか本舞台で結果を出す機会がなく、やっぱり賞をとるために頑張るとか、そういう気持ちではアカンなと(笑)。年齢的な制限もあり、受賞は無理やと諦めていました。そこからは、「仕事を楽しもう」と気持ちを切り替えて。海外公演を企画して実行したり、リスクはあったけど参加してくれたメンバーや自分自身も楽しかったので。そうやってアジアへの巡業が3、4年続くと、新聞各社も“バックパッカー文楽”として記事に取り上げてくれるようになりました。

 

 

 

“バックパッカー文楽”とは、ユニークなネーミングです。

 

大きいバックパック1つに着物、三味線などを詰め込んで。大道具も重量制限に引っ掛からないように改良して。東南アジアは影絵や人形劇が盛んなので、例えばベトナムの水上人形劇のメンバーらと互いの舞台を見せ合ってディスカッションする。そうやって文化交流を楽しんでいた矢先に、賞の知らせを受けました。

 

 

ご自宅で?

 

文楽協会に呼び出されて事務所で聞きました。真っ先に報告した簑助師匠からは「おめでとう」と一言。兄弟子の(桐竹)勘十郎にも「これは大阪で一番大きくて良い賞やから良かったな」と言って貰えたのがすごく嬉しかった。家に帰って初めてひとりで泣きました。同時に豊竹咲太夫師匠をはじめ、受賞された諸先輩方の芸に勝るとも劣らないように頑張らないといけないとプレッシャーも感じて。この賞の価値を下げてはいけないと、身が引き締まる思いでした。

 

 

受賞前後のインタビューでは「20年間の頑張りが自分の中で実になっている」といった前向きなコメントも見られました。ご自身でも変化や成長を実感されていた時期だったのでしょうか?

 

思い返せば辛かった時期でもありました。足遣いを21年やり、前に進めない時代が長かったので。ちょうど後輩が少ない、間の悪い時代に入ってしまったこともありました。役が全然回ってこない。逆に今入ったひとにはすぐ役がつくんですけどね。文楽を辞めるか、続けるなら自分から何かアクションを起こさないといけないと、自分自身を追い込んだ時期でもありました。

 

 

 

 

そこからバックパッカー文楽など、国内外での自主企画が始動したのですね。

 

僕は中学卒業後にこの世界に入ったので、人形を遣ってないと何も出来ない。このままでは自分を試す場がない環境だったので、師匠にも「やっていいよ」と仰っていただき、そこから本舞台とは別に自主企画を始めました。若手公演では自分の実力よりも2つ3つ先の方まで、意識レベルを高めてやっています。2、3回続けて主役をやらせてもらった時は、自分でもびっくりするぐらい体が動いたんです。足遣いとして朝から晩までみっちり過ごしていたから、こんなにも知らぬ間に、体がお芝居のことを覚えていたんだなと。

 

 

まるで少年漫画の主人公が覚醒するような展開に、ワクワクします。

 

それは師匠や勘十郎、兄弟子たちから見れば、平均以下の出来かもしれないですよ。でも足遣いを長いことやってると、こんなにも体に染み付いてるもんがあるんかと驚きました。こんなに長い修業のサイクルは繰り返したくないと思う反面、僕はすごい得をしてたんだなと感じました。結局、言葉で教わるのではなく、観て覚えていくんだなと。だから師匠や勘十郎は口やかましくない。言葉で伝えても教えられないことを、一番よく分かってらっしゃるんやと思います。昔の資料映像を見ても師匠方は皆さん若いうちからすごい表現をされている。当時は資料映像などもなかったでしょうし。やっぱり目で観て体に染み込ませてきたものが、本物なんだろうなと。常に自分で観て考えて工夫して、変化を求めていかないといけない。

 

 

 

まさに師匠方の背中に学ぶような世界なのですね。

 

公演が22日間なら、毎日振りを微妙に変えて磨いていく。それは兄弟子の勘十郎自身がそうなんです。あのキャリアと完成度であっても、毎日工夫を欠かさない。「昨日とはちょっと違うぞ…」と足遣い、左遣いで一緒に付きながら学んできた。うちの師匠も一生修業と仰ってますけど、それぐらい毎日舞台をやってると課題が見えてくる。好きであればあるほど悔しかったり、苦しい思いもいっぱいするという世界。やっぱり20数年足遣いしながら、あの役やりたい、僕やったらこうするとか、思いばかりが膨らんでいくので。

 

 

実際に色々とアイデアを試されているそうですね。

 

 

 

2年ほど前に『仮名手本忠臣蔵』五段目の斧定九郎という大きな役を頂きました。爺さんをぶった斬って金を盗むも、猪と間違えられて撃たれ死ぬという役。歌舞伎では“弁当場”といって、お客さんが舞台を見ずに弁当を食べる場と言われていました。それを悔しく思った歌舞伎役者の中村仲蔵が、新しいスタイルを作ったことでも知られる、役者なら誰もが憧れる役のひとつです。親に勘当され盗賊となった斧定九郎はどてらの衣装でしたが、アイデアを練っていた仲蔵が、ある日茶屋で目にした浪人侍の姿を真似て、衣装を紋付きに変えた。男が雨に濡れたちょんまげを片手でぐっと絞る姿に、これだ!と思ったんですね。僕は元のどてらの衣装に戻す案も考えたのですが、「もう少しキャリア積んでから」と、その時は実行しませんでした。完成された芝居の中で自分が残せるものって微々たるものですが、例えば海外公演では限られた条件のなかで登場人物たちの性根をいかにセンスよく見せるか、僕があの役をやるなら着物はこれに変えてやろうとか、考えるだけでもワクワクします。

 

 

文楽との出合いは小学校3年生の時。師匠、吉田簑助が遣う人形をテレビで見て、まずは「仕掛け」に興味を持たれたそうですね。

 

小学生の頃から工作や絵を描いたりすることが好きでした。今も自宅の一部に工房を設けて、人形の手や足を彫っています。かしらにまで手を出さないのは、自分がそれに没頭して、舞台がおろそかになりそうなのが怖いから(笑)。単純作業というか、好きなことに没頭するのが好きなんですね。休みの日も何か文楽に係わることをしていたい。自宅には貯金して自前でこしらえた八百屋お七の人形も置いてます。考えるのを止めるとすべてが段取りになってしまうので。気持ちを持続させて、ピークを本番に持っていく感じです。

 

 

小・中学生の頃もひとつのことに熱中するタイプ?

 

授業中も図工の時間じゃないのに机の下で木でドクロを彫ったり、ギャグ漫画を書いたり。絵とかも描いてるとどんどん内容が変化してくる。こうやってピカソの「ゲルニカ」は創作されたんかなとか思ったりしてました。漫画や美術で描いた絵は、先生に没収されました。「あんたの舞台ずっと観るから、記念に貰っておくわ」と。

 

 

小学生の頃から文楽劇場へ通うようになり、中学1年生で吉田簑助師匠に弟子入りされました。

 

中1の夏から師匠の元に入ったので、まる30年になるのかな。その頃は、とにかく兄が受験勉強で大変な思いをしているのを目の当たりにしていたので、「絶対に受験はしたくない」という思いと、当時は言葉にはできなかったけど、幼いながらにも「ひとつのことを死ぬまで追求できる仕事は魅力的やな」と感じていました。

 

 

 

 

ご両親はすんなり弟子入りを認めてくれましたか。

 

反対されました(笑)。親が普通に会社員だったので、まともに食っていけるような世界じゃないだろうという思い込みもあったと思います。僕としては、早くに決断できて良かったなと。やっぱり情報が増えるとその分、色んなところに目がいくと思うので。どんぴしゃでやりたいことに出合えたのも良かった。それに若かったので、そこまで深く自分の将来について考えが及んでいなかった。ずっとひとつのことをやりたいし、問題が起こっても「僕が我慢すればいいんでしょ」ぐらいに思ってました。最終的には親が折れてくれました。

 

 

中学を卒業した翌日から、巡業にも参加されたそうですね。

 

岡山からだったので、両親が岡山まで付き添ってくれました。駅で本体と合流したら、「15歳にもなって親に付いて来させたんか、恥ずかしい」って皆に大笑いされました。でも昨日まで中学生やったのに、普通ですよね。めっちゃ過保護とか思われてたら嫌やなと思ってました(笑)。その後は、岡山から広島、九州まで西日本を巡って。ホテルの部屋に一人で泊まるのも初めてですし、自分で手荒いで洗濯したり。もともとボーイスカウト出身で冒険好きやったんで、サバイバルも苦手じゃない。冒険旅行みたいで楽しかったことを覚えています。

 

 

「海外や部外の公演を通して、改めて文楽の“すごさ”を再認識しています」

 

自主企画による海外公演はどのようなきっかけでスタートされたのですか。

 

 

 

 

6年前、勘十郎を中心としたメンバーでマレーシア公演に行ったことがきっかけです。そこから「もう少し身軽に、規模を縮小した形で海外公演の巡業をしたい」という思いが芽生えて。そこで知り合ったアジアで文化交流活動をされているアドベンチャー・ジャパンの方々にもお手伝い頂きながら、温めてきた企画を実行し始めました。

 

 

海外公演では思わぬトラブルに見舞われることもあるそうですね。

 

飛行機に乗るまでヒヤヒヤです。資金面で突然スポンサーからキャンセルや減額が告げられたり、日本の空港からは持ち出せても到着した国によっては荷物が重量オーバーで引っ掛かったり。荷物が特殊なので専用の書類を提出するのですが、着いた先で担当職員の方が慣れてなくて、間違った処理で足止めを食らったり…。事務所に所属していたら事務所スタッフの責任にもできるのですが、自主公演の場合、責任者は僕。国内外に関わらず公演は、スポンサー探しから企画書の作成、文楽協会への人形の貸し出し及び部外出演への申請、チケットや道具の管理、お囃子さんへのアポとりまで……。通常三、四人で担当割して作業するところをひとりで担当しています。そろそろ体制を見直すかマネージャーが欲しいところですが。リスクはありつつも、毎回やり切った達成感がやめられない。

 

 

 

 

演目は『伊達娘恋緋鹿子 八百屋お七の火の見櫓の段』が喜ばれるとか。

 

東南アジア中心に回っていると、あちらは雪が降らないので、雪を降らす演目だとすごく喜ばれます。協会などの大きな公演ではヨーロッパへ行くこともあるのですが、東南アジアはまだ未開の地というか、地元の人形劇がいっぱいあるような所を旅したかったので。実際に行ってみるとSNSや動画サイトを参考に、三人遣いを真似ている団体が結構あるんですね。昔、師匠が40年前にスウェーデンのストックホルムに三人遣いの方法を教えに行ったことがあったんです。その時参加された人形遣いのメシケさんという方が、地元で三人遣いの人形劇団を立ち上げていました。師匠と同じ86歳で、今でも現役です。面白いのが、その時メシケさんをお手伝いしていたインド人のお弟子さんが、今度は故郷のインドで三人遣いを広めたんです。2年ほど前、ニューデリー公演で交流した地元劇団の団長さんから「マスター簑助は元気か?」と問われ、話を聞くと彼がメシケさんのお弟子さん本人でした。40年ぶりに師匠の孫弟子と弟子がインドで出会うという、ものすごく貴重な経験をさせて頂きました。彼らの技術もこちらが嫉妬するぐらい上手くて。今後、「文楽の三人遣いは世界にも類をみない」という解説がだんだんと言えなくなってくるなと思いました(笑)。衣装も動きも土地ごとに独自のもので、文楽の動きとは違うのですが、そこがまた面白い。メシケさんの団体も黒衣ではなく白い衣装でやっていました。フィリピン、タイの三人遣いも息が合っていてすごいですよ。

 

 

 

 

人形劇のフェスティバルができそうですね。

 

将来的には企画できればいいなと考えています。また、メシケさんは映画『トリコロール/赤の愛』に主演されていたフランスの女優イレーヌ・ジャコブさんと人形との共演などもされています。4年前に、各国の演劇などが一堂に介するマレーシア・ペナン島の「ジョージタウン・フェスティバル」に文楽も呼ばれて参加してきたのですが、その参加者の中に平田オリザ(青年団)さん演出で、石黒浩(大阪大学&ATR石黒浩特別研究所)先生が作ったアンドロイドとイレーヌ・ジャコブさんらフランス人俳優が共演するという公演がありました。僕らも公演の合間を縫って観にいきました。

 

 

石黒先生はアンドロイドの動作に文楽人形の動きを採用したり、平田オリザさんの別のロボット公演では、勘十郎さんがロボットの振りを担当するなどそれぞれに交流があるそうですね。

 

ロボット業界では勘十郎の動きをデータとして取り込んで、その動きをロボットで再現したり、いろいろと研究にも使われているようです。以前映画でご一緒した北野武さんは、人形というのは映像になると存在が強烈すぎて、描きたい部分が文楽に負けてしまう。申し訳ないがかなりカットさせてもらったと仰っていました。何度も公演を観に来られて、非常に熱心に研究されていました。また、ハリウッド映画『ターミネーター』やミュージカル『ライオンキング』でも文楽を参考にした部分があると聞くので、すごく刺激になりますね。海外や部外での公演を通して、改めて「自分はすごいことをやらせてもらっているんだ」と、仕事に対する思いを再認識させてもらっています。

 

 

 

 

簑紫郎さんは、映画もお好きだそうですね。

 

映画は大好きです。B級からホラーまで何でも観ます。自分の枠はあまり決めずにニュートラルな状態で楽しみます。文楽でも兄弟子に限らず、他のお師匠さんや先輩方からも良い所を少しずつ貰ってやっています。自分を持つというのはどういうことかなと、考え出すと難しいんですけど。まずは頭を真っ白にして、色んなものを見て吸収する。その時に自分は何を選ぶのか。自分はこういう人形遣いになると言うのは簡単なんですけど、まずは色んなものを見て参考にしたいなと。映画もそんな感じです。

 

 

 

 

役を深めるために、舞台袖に趣味のカメラを持ち込むこともあるとか。

 

舞台袖に出番のない人形が立て掛けてあるんですけど、プロのカメラマンにとってはそれは単なるモノなので撮らないですよね。でも僕は人形遣いやから、どういう角度やアプローチで撮影したら人形の性根が見せれるかなと、カメラを使っていろいろと試している。わざとブレさせて獄門時の憂いの表情を際立たせたり、少しノイズを入れて封印切りの前の緊迫感を表現したり。カメラをやることで舞台の参考にしているんですね。周囲には「また、あいつカメラ持って何かやってるで」って言われてますけど(笑)。

 

 

そんな簑紫郎さんの人形に会える公演が、3月に開催されます。今年で5回目の節目を迎える、恒例の『うめだ文楽』です。

 

数年前に関西テレビのドキュメンタリー番組の取材を受けたのですが、その時のプロデューサーの方から企画を頂いたのが始まりです。勘十郎に相談すると、若手中心でやるほうがいいだろうと。ただ、当時の僕では心もとなかったので、玉助さん主導で土台を作っていただきました。2018年からは僕がリーダーとしてやらせてもらっています。

 

 

若手メンバーが活躍できる場のひとつですね。

 

お客様も半分が文楽を初めて観る方なので、文楽の名前を背負う責任は感じています。精一杯やりつつも未熟な僕らが育っていく過程を見て貰えれば、本公演では師匠やベテラン方のもっとスケールの大きな舞台を楽しんで頂けると思います。逆にマニアやリピーターの方には、本拠地よりも小さい会場なので、舞台との距離の近さや空気感を楽しんで頂けると思います。

 

 

 

 

演目は『二人三番叟(ににんさんばそう)』 『義経千本桜 道行初音旅(みちゆきはつねのたび)』の2本立て。

 

5回目の節目ということでお祝いの演目『二人三番叟』と、華やかな『義経千本桜 道行初音旅』を用意しました。いつも主役しか顔を出せなかったので、『二人三番叟』では2チームに分けて、左遣いと足遣いを出遣いにさせて、みんなの顔を見て貰えるようにしようと思っています。『義経千本桜 道行初音旅』は、春の桜の時期にぴったりの演目。僕のキャリアではやってて当然、とっくに経験しておかないといけない演目なので、今のうちに恥をかいておこうと。若手だから失敗が許されるということではなく、完成させたもの以上のものをお見せするつもりです。

 

 

公演に加えトークコーナーがあるのも同シリーズならでは。ゲストも日替わりで、東儀秀樹さん(雅楽師)、三浦しをんさん(作家)、桂南光さん(落語家)、上田誠さん(ヨーロッパ企画主宰、劇作家・演出家)とバラエティに富んだ顔ぶれです。

 

さまざまなジャンルの方々とのお話は、僕ら自身もすごく刺激になると思います。東儀さんはもう20年以上も前ですが、師匠と公演された時に一度お会いしています。三浦しをんさんは文楽好きで知られていますし、南光師匠は第1回公演からスポンサーを探してくれるなど、このシリーズを応援し、支えて下さっています。上田さんは初めてお会いするのですが、演出家ということで、これからのうめだ文楽の参考になるようなお話も伺えるのではないかと期待しています。春めいた華やかな公演ですので、観劇後は桜の名所吉野まで足を伸ばされるのも良いかもしれません。

 

 

◎取材・文・撮影=石橋法子(インタビュアー)

 

 

★大阪名物を訊く!【私の、咲くやこの花賞】……

大阪府民全員ですね。数年前、補助金カットで文楽業界が厳しい状況に置かれた時、やっぱりお客さんが温かかったですよね。色んな意見がある中で、「いっぺん観てみんことには分からんやろ」という声も多く聞かれました。実際あの騒動以降、大阪での集客は増えてるように思います。身近なようでいて知らないこともありそうなので、この賞をきっかけにもう一度大阪そのものを見直してみたいなと思います。

 

 

 

 

 

★イベント会情報……

『第5回 うめだ文楽』

◎演目:「二人三番叟(ににんさんばそう)「義経千本桜 道行初音旅(みちゆきはつねのたび)

●日時:2019年3月29日(金)~31日(日)

●会場:グランフロント大阪北館4F ナレッジシアター

●問合せ:うめだ文楽事務局:06-6314-8262

 

『4月文楽公演』

◎第一部:「通し狂言 仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)

◎第二部:「祇園祭礼信仰記(ぎおんさいれいしんこうき)

●日時:2019年4月6日(土)~29日(月・祝)

●会場:国立文楽劇場