治療にはまったく関係のない話なので、わざわざ読んでいただく必要はありません。
初めて抗がん剤を打った日、私はLINEに登録してある親しい友達を選んで報告した。
もちろん、彼女にも。
「今日、生まれて初めての抗がん剤を注入してきたぜ イェ~イ」
ほとんどの友達は身近に抗がん剤を打った人がいないので、「大丈夫 お大事に」と少しのやり取りで終わって、すぐに治療以外の四方山話ばっかりになった。
ところが彼女は違う。
「副作用はどうですか。今日は何もせずゆっくり休んでください」
私がちょっと熱っぽいけど思ったより元気なのでこれからアイロン掛けをする、と返信すると、
「副作用を甘く見ないでくださいアイロン掛けなんてやらなくていいから早く寝てください」
という返信が速攻で返ってきた。
どうして「~してください」という命令調で言われきゃならないのだ、と思いつつも、一応「ご心配おかけします」とだけ返信しておいた。
翌日もその翌日も毎日毎日、私の副作用の様子を聞いてきた。
1クール目は頭痛や倦怠感などの副作用がそれなりに出たので、そのまま報告し、でも夕方には簡単な家事はできる程度とも書いておいた。
その都度、彼女は心配してくれて、副作用が出ている期間は何もしてはいけないとか無理しないでとか色々書いてくれた。
そして初投与から1週間経って急性盲腸で緊急手術になった時は、「痛い思いをして、なんてお可哀想」という内容のLINEを送ってきた。
「お可哀想」って。
「可哀想」とか「気の毒」っていうのは、面と向かって相手に言う言葉じゃない。
私は子供の頃から、上目線に立って同情するような哀みをかけるようなこのような言葉を相手に向かって直接使ってはいけない、失礼であると、きつく周囲の大人達に言われてきた。
今まで会った人にもそういう人はたまにいたけれど、付き合いを避けられる相手は避けたり距離を置いたりしてきたし、今の私の友達にはそういうことを言う人はいない。
ちなみに私の他の友達は皆、「えーっ、大変だったね」「びっくりした」という反応だった。
「大変だったね」「ちょっと辛かったね」あたりが、フラットな友達関係で使うには無難じゃないかと思う。
でも、彼女は違う。
その後も何かある度に「お可哀想」「お気の毒」と送ってくるのだった。
最初は驚いたけれど、悪気はないのはわかっているし、そのうち会える機会があってそういう場面になったら直接さりげなく注意しようと思っていた。
ネット上で書くと角が立つので。
そして7月に入った。
2クール目はほとんど副作用もなく、彼女とのLINEのやり取りも私のがんのことよりも他の日常の話題の方が多くなった。
しかし困ったのが、相も変わらずこっちの嗜好や意見や都合も聞かない彼女の趣味のお誘いが頻繁だったことである。
湯治はどうやら誘っても無理だとわかったらしい。
その後に誘われたのがドライブである。
彼女は移動に必ず車を使う。
運転が大好きなようだ。
春になったら、サクラ先生の治療が一段落付いたら、一緒にドライブしましょう
逗子マリーナに一緒に行きましょう
どうして、そうなるの
子供じゃないんだし、いい年の大人が他人を遠出に誘うなら、まずは探りを入れないかな
例えば
「私はドライブが好きです。この季節に逗子マリーナに行って日差しを浴びると解放された気分になります。サクラ先生はマリンレジャーには興味がありませんか よろしかったら春になったらご一緒しませんか」
とか。
中高生じゃないんだから、相手の意向を尊重する大人の誘い方というものがあると思うが。
今考えればわりとあっさり諦めてくれた湯治と違って、こっちはけっこうしつこかった。
このしつこさは、私にあることを気付かせてくれた。
きっと、彼女は自分の遊び相手として私を選んだんだろうと。
きっかけは勉強会だったのかもしれないが、今はそれよりも私が自分の趣味に付き合ってくれそうな人だと思い込んでいるのだと。
それも自分がイニシアチブを取れる相手として。
確信的にそう思ったものの、決定的に何かがあったわけではなかったからLINEはこのまま続けることに。
ドライブや逗子マリーナのお誘いには、「日に当たるのやドライブは苦手なので」「出不精なので遠出は苦手」と1度だけ返してあとは徹底的にスルーした。
すると、しばらくして
「おしゃべりしながらドライブするのって楽しいでしょう」
というLINEが送られてきた。
私は日焼するような場所に行きたいとは思わないし、ましてや強い日差しを避けられない日中の長時間のドライブなど気を遣う他人の車でしたいとは思わない。
彼女はドライブや遠出が楽しいと思う人なのだろう。
しかし自分が楽しいと思っていることが必ずしも他人も楽しいと思うわけではない、ということを彼女は想像もしないらしい。
よく、カラオケ好きな人に私はカラオケをまったくやらないと言うと驚かれるが、どんなにメジャーな趣味でも遊びでも、誰しもに当てはまるわけではないんだよ。
さすがにこれには私も反応した。
「遠出は苦手な私ですが、バンジージャンプするなら行きたいです」
すると、意味不明のスタンプが20個くらい連打されてきた…
相当、混乱していたらしい。
そしてその後は逗子マリーナの話は二度と出てこなかった。
本当は書いてやりたかった。
「おしゃべりしながら高い所でバンジージャンプの順番待ちするのって楽しいでしょう」