この記事の目的は、なぜ一浪時に東大受験に失敗したのかを追求し、同じ失敗を繰り返すことなく今年こそは受験に合格することである。








2018年春。

私はベッドの中で東大の不合格を知った。

受験が終わってから薄々気付いてた。

センターで力尽き、その後の約1ヶ月半は不完全燃焼のまま東大に挑むことになった。

結局、現役の頃から苦手だった数学は浪人の1年間を経てもできないまま、

化学も東大形式に慣れることができず、

不合格は当たり前といえば当たり前の結果だったのかもしれない。





思い返せば東大を目指し始めたのは中学の時からだった。

私の住んでいる地域では頭が良いと言われている中学に受験して進学し、頭の良い周りに影響され、

いつのまにか私は、将来東大生になるんだと思うようになっていた。

中3になった頃、私は迷わず周りと同じように偏差値70以上の高校を受験することを決め、無事進学することができた。

その高校は東大合格者を何人も輩出していて、ますます私の東大生になるという夢は現実味を帯びてきていた。



高校生になってからは、とにかく東大に向けてひたすら勉強した。

特に2年生になってからは、始発の電車に乗って朝から学校で勉強し、昼休みも放課後も図書館で、学校が閉まってからは予備校で22時まで勉強した。

当時の睡眠時間は4、5時間ほどだった。

ずっと頑張っていたけど、現役では受けた大学全て落ちてしまった。

そんなに頑張っていたのなら、さぞかしギリギリで落ちたんだろうと思うかもしれないが、その結果は大差での不合格、東大目指してるなんて言ったら笑われてしまいそうなくらいの点数だった。

ちなみにセンターは80%、きっとこれが私の独学の限界だったのだろう。




浪人時は河合塾に通ってそれなりに勉強していたが、精神的には現役の時の数倍も辛かったことを覚えている。

勉強しかしない毎日はとてもきつくて、友達もいなかったため家族としか話していない状況だった。

でもとにかく毎日河合塾に通い続けた。

スタプラを振り返ってみたら当時の記録が残っていたのでここに掲載しようと思う。





今見返してもそんなに少ない勉強量ではないと思うのだが、なぜ東大に落ちてしまったのか。


精神面について考えてみる。

センター後、少し気が緩んでしまった。

それに、それまでの辛い浪人生活を経て、もう一浪は絶対にしないと強く決めていたので、逆にプレッシャーで毎日病んでいた。

でもこれらは仕方ないことだと思うし、受験生ならば皆通ってきた道なのではないか。

なら最も大きい敗因は勉強の仕方だ。




まず、センターは89%取れた。取れるくらいの力は確実についていた。

言い換えれば、「基礎力」はあったのだ。

私に足りなかったのは演習量、東大の問題に対応する力だった。

よく、レベルの高い問題を解く前に、今までに習った問題集を1回で終わらせずに繰り返せなんて言われないだろうか?

確かにそれは正しい。

私は河合塾のテキストを3周はしていたし、センターの点数だって伸びた。

でも私はセンター後もそれを引きずり続けていた。

2年経った今客観的に見てびっくりしてしまうのだが、私は東大の過去問を全く解いていないのだ。

当時の私はとにかく今まで解いた問題を繰り返し続け、センター後の東大対策といえば、夏期講習や冬季講習のテキストに載っている東大の過去問くらいしか解いていなかった。

だから私は最後まで、東大の理科の試験時間の短さに慣れることは出来なかったし、言ってみれば、せっかく身に付けた基礎力でさえ生かすことができなかったのだ。



こうして改めて考えてみるまで、私はこの浪人経験を、努力は報われないとかなんとかいって、自分のダメだった点を見つけようともせず、黒歴史なんかにしてどこかにしまいこんでいた。

きっと仮面を始めなければ、どうせ努力したって..と否定的な考えを持ちながら生きていくことになっていたであろう。



仮面を始めたのは5月祭での突発的な感情からだったけれども、この試みはどんな形で終わろうとも自分を変える第一歩になると信じている。

そして、勉強しかすることがなかった、いや、勉強する時間が十分に確保されていた一浪時に比べて、大学生となった私の受験生活は、予定通りにいかず辛いことの連続だ。

でも今年こそ、東大に向けた対策をし、自信を持って東大を受験したい。

努力は実ることを証明したい。

私にはもう今年しか残っていない。

東大に片思いし続けて9年目の私の挑戦、どうか見守っていてください。







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