オンラインサロンへのご参加もお待ちしています♪
検察が冒頭陳述を行った後、再び母親が証人台に立ち、裁判官から言われました。
今読み上げた内容はわかりますか?
はい、わかります。
この内容を全て認めますか?
言い分はありますか?
事実は認めます。
しかし違う点もあります。
それをメモしてきた紙があるので、出して読み上げてもよろしいでしょうか。
静かに落ち着いた言葉で裁判官に許可を求めました。
いいですよ。どうぞ。
ありがとうございます。
そう言うと、母親はメモをポケットから取り出して読み上げました。
私が頭部の存在を知ったのは、娘が自宅に持ち込んだ後である。
娘に頭部を置いて良いとも悪いとも言っていない。
したがって隠匿したという検察の主張は間違いである。
容認も間違いである。
娘からビデオ撮影を求められたが、何をするのかわからなかった。
毅然とした口調でこれらの反論をしました。
しかし、母親が人間らしい感情を見せたのはこの後でした。
娘から見せられた頭部が頭から離れない。
この世の地獄を見た。
この世の地獄。。。
これは本心なのでしょう。
この言葉を言った瞬間、母親は声を震わせました。
後ろからはわかりませんでしたが、報道では涙を流していたといいます。
さらに母親は続けました。
いずれ警察が来るのはわかっていた。
その日までどうすることもできず、日々を過ごしていた。
発言を終えると、母親は再び脇のベンチに戻りました。
母親のベンチは私の傍聴席からわずか数メートル。
横顔や全身がよく見えました。
背筋を伸ばし、まばたき以外、無表情で身動きもしませんでした。
私には母親の心理がわからない。
どうすることもできないという極限の精神状態もわからない。
娘が生まれて、取り返しがつかない事態が起きるまでの29年間、本当にどうすることもできなかったという主張で通すのか。
いずれにしても、母親の答弁は弁護士との緻密な打ち合わせによって、実によく練り上げられたものでした。
これは裁判の作戦なのか、それとも本心なのか。
私も「人」を見る目にかけては自信があります。
そんな私でも全く予想もつかないほど、母親はたった一度声を詰まらせた以外は最後まで無表情でした。
この世の地獄を見た。
私はこれを二つの意味に捉えています。
ひとつは初めて目の当たりにした人間の生首。
それも、切断のみならず、いいだけ損壊され、弄ばれた後の無残な物体。
もうひとつは、それを楽しみながら成し遂げ、自慢気に母親に見せた娘の異常性。
母親自ら発した言葉が重すぎて、私も頭から離れません。