アメリカの推理作家ウイリアム・アイリッシュの長編小説。

数十年まえに上梓された作品ですが、

いまだに多くの推理小説ファンを

魅了して止まないミステリーの一つです。

 

株式ブローカーのスコットはただ一人街をさまよっていた。

彼はつい先ほど妻と喧嘩して、家を飛び出してきたのだ。

しばらく歩いていると彼は奇妙な帽子をかぶった女に出会った。

彼は気晴らしに女を誘いレストランで食事。―――

その後カジノ座へ行ったりしたあと、夜中に彼女と別れた。

 

ところが帰ってみると家に残してきた妻は

彼のネクタイで絞殺されていた。

警察に逮捕された彼は無実を主張するも認められない。

それどころか彼の無実を証明できる女は

行方不明のまま。―――

有罪判決を受けたスコットの死刑執行日が刻々と迫るなか、

彼の恋人キャロルと親友のロンバードは

「幻の女」を追い求め始めるが・・・。

 

殺人事件の発生時スコットは街で出会った女と

レストランで食事しています。

その後も夜中まで彼は彼女と一緒。―――

ところがその女は行方が知れず・・・。

 

さらにレストランやカジノ座の関係者たちは、(不思議な

ことに)彼が当夜ひとりきりだったと一様に証言。―――

窮地に陥った彼は手も足も出ない状態のまま、

死刑判決を受けます。

 

こうして彼は九十日後に電気椅子によって

死刑執行される身となりました。

 

さて序盤の法廷場面を過ぎてからキャロルと

ロンバードが本編に登場。―――

彼らはスコット無罪の唯一の目撃者

「幻の女」を追いかけます・・・。

 

刻々と迫るスコットの死刑執行。

その日までに彼の身の潔白を証明しようとする二人。―――

彼らは「幻の女」に辿りつくため、

レストランのボーイや、カジノ座の受付係、

ショーに出演していたダンサーやバンドマン、

はてはタクシー乗り場にいた盲目の乞食にまで

その探索の手を広げます。

 

本編における最大の読みどころはこの二人の探索行。―――

手に汗握るサスペンスフルな展開が

読者の心をつかんで離しません。

ページをめくる手を休ませることはできなくなるハズです。

 

ところで本編は死刑執行という過酷なタイムリミットを

設定したサスペンススリラー。―――

しかしながら本格推理の骨格をも併せ持っています。

スコットが無罪だとすると、真犯人はいったい何者なのか(?)。

 

本編ではその最終盤に衝撃の「フーダニット(誰が)」

が明かされます。

さらにアッと驚く「ハウダニット(どのように)」

も炸裂。―――

このあたりが多くのミステリーファンに愛され続けている

理由の一つなのかも知れません。

 

また作者の甘美で雰囲気たっぷりな語り口も印象的。

本書は「夜は若く、彼も若かったが、

夜の空気は甘いのに、彼の気分は苦かった」

という名句で始まります。

 

このあと作者は舞台となった

ニューヨークの夜を甘やかに描出。―――

妻と喧嘩別れしたスコットのやるせない心情を

鮮やかに浮かび上がらせています。

 

なお自分が読んだ本書の和訳(稲葉明雄氏)は

かなり前のもの。―――

もしかしたら言葉使いがちょっと古いかな、

と思われる読者がいるかも知れません。

 

自分はあまり気になりませんでしたが、

どうやら新訳もいくつか上梓されている様子。

(蛇足ではありますが)ご参考までに

一言申し添えておきます。

 

令和6年2月2日  3度目読了 A  (ハヤカワ文庫)

 

ウィリアム・アイリッシュ 「幻の女」

変わっているのは彼女の帽子だった。それは南瓜(かぼちゃ)に

そっくりだった。帽子のまんなかからは、細ながい雄の雛鳥(ひ

などり)の羽毛が一本、昆虫の触覚みたいにぴっと立っていた。

こんな面妖(めんよう)な帽子をかぶって平気でいられる女は、

まず千人に一人といないだろう。だが、彼女はそれをかぶってい

るだけではなく、平気で澄ましていた。