すごく時間が経ってしまいましたが、10月に大阪で「ゆめ風基金」のシンポジウムに参加してきたときのことを報告します。

 

10月9日、大阪に行き、シンポジウムに参加してきました。「ゆめ風基金」は阪神淡路大震災をきっかけに、大規模災害で被災した障害のある人への支援と制度の改善をめざし、当事者が中心になって立ち上げている認定NPO法人です。

東日本大震災でも熊本地震でも活動されていたので、私が皆さんからお預かりしたカンパもこのゆめ風基金にお送りした部分もありました。

皆さんからのカンパをお送りしているので、皆さんにゆめ風基金の活動の報告をしたいということと、今後に向けてどんな備えが必要かを考えたいと思って、出かけたのです。

 

シンポジウムの様子はこちらから動画を見ることもできます。

 

まず、同志社大学の立木茂雄教授の基調講演「東日本大震災と熊本地震 障害者の状況はどうだったのか」がおこなわれました。

今回のブログではまず、基調講演のことを書きます。

 

 

東日本大震災では初めて、障害者手帳を持つ人の死亡率が統計として出されましたが、そこで「障害のある人の死亡率は障害のない人の2倍だった」ということが問題になりました。

それは、岩手・宮城・福島3県全体の死亡率が1.1%だったのに対し、障害者手帳交付者の死亡率が1.9%だったからです。

しかしさらによく状況を見ていくと、この3県では数字が違うのです。

岩手→全体の死亡率2.8% 障害者3.5%

宮城→全体の死亡率1.1% 障害者2.6%

福島→全体の死亡率0.5% 障害者0.4%

 

 

全体の死亡率と障害者手帳交付者の死亡率の差が一番大きいのは宮城県です。

これは、かつての宮城県知事が在宅福祉を進めたことで、施設ではなく在宅で暮らす障害者が多かったことによるのではないか、と立木先生は言います。

でも、じゃあ「いざという時のために障害のある人は施設で暮らせばいいのか」といえば、そういうことではないだろう、と。そうじゃなくて、東日本大震災の状況を踏まえ、高齢者、障害者、難病の患者などが災害時にも地域のネットワークに包まれて暮らせるしくみをつくることが大切だ、と。

 

そもそも「障害」をどうとらえるか、ということですが、かつては「医学モデル」と言われていたものが今は「社会モデル」として捉えられるようになってきています。

例を挙げます。(この例は立木先生がお話された内容ではなくて、私の文章。)

例えば目が見えない人がいたとします。その「目が見えない」という、身体的に生じているものを「障害」ととらえるのが「医学モデル」です。

それに対し、目が見える人に合わせた対応のできる社会になっていないことが「障害」であると捉えるのが「社会モデル」です。

たとえばもし世の中にいる全員の目が見えなければ、社会は目が見えないことを基準に作られますよね。それなら、目が見えないことは社会に生きる上での障害にはならないはずです。ところが、今の社会は目が見えることを前提に作られているから、目が見えない人に不自由が生じるのです。「目が見えない」という物理的な状態よりも、その状態に合わせた社会になっていないことによって「障害」は生じているわけです。

 

災害時対応についても、「社会モデル」で捉えて解決をしていくべき、と立木先生は言います。

かつて、災害時に配慮が必要な人は「災害弱者」と呼ばれていました。この呼称は、「医学モデル」の観点からの呼称ですね。

しかし、今は「要援護者」「要配慮者」「要支援者」といった形で、「周りが配慮をする義務がある」という観点で捉えられるようになってきています。

実際、障害のある人に生じる災害時の苦労は、本人の体(頭や心も含め)に生じている機能の障害によって生じているわけではなく、環境の激変によって生じます。(例えばガソリンがなくて移動できなくなった、福祉サービスが休止して生活できない、など。)

 

(私自身ずっと、「弱者」という表現に違和感があって、それがなぜなのかをうまく理論的に説明できないのだけど、意識的に使わないようにしていました。その違和感は医学モデルだったからなんだな、ということに、立木先生の話を聞いていて気づくことができました。)

 

2015年に仙台市で障害のある人を対象に「災害時困ったことリスト」にチェックをしてもらう調査をしたそうです。すると、災害の被害が大きい時ほど差別偏見による困難が大きくなるということが見えてきたそうです。例えば避難所に行ったら「障害者は受け入れない」と言われたり、避難所に入れたとしてもすごく行きづらいスペースしかあいてない(たとえば車椅子で移動するのに一定のスペースがないといけないのに、体育館の真ん中あたりしかあいてないので、いったん入ったらトイレにも出られない、など)というようなことが起こったということです。

 

こうした課題を解決するためには、日ごろからの備えとして「排除されない」「排除しない」「排除させない」インクルーシブ防災が必要だということでした。

・排除されない⇒合理的配慮の推進:日ごろから情報共有をして一緒に訓練を行なうなど

・排除しない⇒ストレングス構築:当事者のエンパワメント、地域の相互理解

・排除させない⇒ソーシャル・アクション:制度的な改善

 

【合理的配慮の推進の例】

石巻市八幡町では東日本大震災前から、災害時要援護者1名に対して支援者が2名駆けつける体制を組んでいたそうです。それでかなりの方が助かりましたが、しかし、必ずしもあらかじめ行く予定だった支援者が行かれるとは限らない(災害が起きた時に、あらかじめ想定されていた支援者が近くにいないこともある)ということが分かり、マンツーマンディフェンスでなくゾーンディフェンスが必要だということもわかってきました。

 

【ストレングス構築の例】

北海道にある「べてるの家」は、精神障害のある人がいる場ですが、避難訓練をしようとすると、「お前のせいで災害が起きたんだぞ、お前は避難するな」という幻聴が聞こえて避難できない人がいたそうです。そこで、「幻聴さんも一緒に避難しよう」という訓練を繰り返して、避難できるようにしていったそうです。また、地域の自治会の避難訓練にも参加し、どういう時に体調が悪くなりやすいのか、どういう配慮があると良いのか、理解を求めていったそうです。

 

2016年4月には障害者差別解消法が施行され、障害者への差別の禁止と合理的配慮の義務が法律に位置づけられましたので、災害対応においても障害者への合理的配慮がより一層必要となります。そして、差別解消法施行後、初めて起きた災害が熊本地震でした。

しかし、避難所が十分に機能しないなど、課題が多くありました。

地震後、避難できる場所が十分にない中で「もうすぐ雨が降りそうだ」となった時に、倒壊の危険のある施設に戻るという判断をした施設もあったそうです。その施設は幸いにもその後の余震で倒壊するようなこともなかったそうですが、リスクが高い行動ではあります。

 

ではどうしたら良いのか…それは、計画づくりと、地域団体と連携した訓練、両方を積み重ねていくことだろう、というのが立木先生の基調講演のまとめです。

 

土手は自然堤防ですが、雪解けの季節になると土手にしみ込んだ水も溶けて、土手が緩んでしまいます。崩れる危険が出てくるのです。

そこで、昔の人は土手に桜を植えて、みんながそこに集まり楽しみながら桜の季節(=雪解けの季節)に土手を踏み固めるということをしてきたんだ、というエピソードも聞かせてくださいました。そのように、ふだんから地域で皆で備えていくことが必要ではないか、ということでした。

 

基調講演のあとのシンポジウムでは、仙台、石巻で福祉避難所を開設した法人の方、熊本学園大学の先生、熊本で被災した障害のある方が登壇して話をしてくださいました。その様子は次回のブログでご紹介します。