僕さぁ、ボクサー。
#違う
頭に浮かんだことを全部口にしたらヤバいことになるな、と再認識した私です(^^)
もう5月。4月はやかったなぁ。…って毎月言う自信があります。
#フォーマット「もう◯月。□月はやかったなぁ。」
そろそろ暑くなるなぁ、
と少々テンションが下がってるぶぅ。
#自撮
今回は
な内容のブログですが、優しい気持ちで読んでいただけると嬉しいです。
Sakura塾にいるおじさんの人生振り返り自伝第1弾
5月からはSakura塾のおじさんの人生振り返り自伝スタート!
第1弾です!
まずは、生まれてから小学校高学年までは…ほとんど覚えてません!
基本的に苦手なことは少なくて、勉強もスポーツも水準以上にはこなせてたと思います。学級委員とかも普通にやったし、クラスの中心寄りにはいた気がします。
小6のときはかなりモテていたと後から聞きました。そのときに教えてくれよ!
#気づかずに人生のモテ期を消費
習い事は、物心がつく前から週2でスイミングを習っていました。同じところで体操も習ってた気がしますが、いつの間にかやめてましたね。スイミングは小6の終わりまで通ってましたが、小4の終わり頃に1番上の級には上がっていたので、残り2年は体力作りの惰性でしたね。
スイミングは、どの時期か忘れましたが1ヶ月くらい選手コースで練習させられたときがあったんです。それがとにかく苦痛で。選手コースの子たちは選手目指してるんで毎日練習があるんですが、それになぜか週2だけ参加させられました。週2の練習では、毎日練習してる子たちに全く体力が追いつかんのよ。
自分より学年が下の子たちのガンガン泳ぐ中で、自分だけ必死のギリギリで参加してるのが嫌で嫌でしかたなかったことだけ鮮明に覚えてます。戻れるタイミングで即戻してもらいました。
スイミングは別に自分がしたかったわけではないですが、おかげで泳ぐことには困らず、夏の体育が憂鬱とは全くならなかったですね。
#肌寒い日はイヤでした
#最初のシャワーはなぜあんなに冷たいのか
後悔することにはなったけど、結果的にはプラスになったのは、小4のときに市のマラソン大会に参加したことです。
父に「マラソン大会あるけど、出てみるか?」と言われ、中途半端に運動できると思っていた自分は「別に参加してもいいけど」と返すと、「えっ?出てみるか?!」と父の謎の好リアクション。このとき気づくべきでした。
父は、中学校で生活指導をメインでやらされていた体育教師で陸上部の顧問。まだまだ不良がヤンキーしてた時代の生活指導は鬼教師の仕事。幼少期に父の通勤する中学校区の祭に連れられていったとき、教え子らしき怖そうなお兄ちゃんに「鬼の宅間も子どもにゃ弱いか」と言われていました。
#鬼の宅間
#ワードセンスのいいヤンキー
マラソン大会参加を表明してすぐ、当たり前のように連日の早朝と夕方のマラソン練習が始まりました。中学の陸上部顧問の練習メニューです。これがまともな練習なのでしんどかったわけですよ。新鮮なのは最初だけで、マラソンなんてストイックな競技に私は楽しさを見いだせず…。まぁタイムが良くなることには一定の喜びはあったけど、「なんでこんなことせなあかんの」って
この期間はスイミングも休会して走ってましたね。結果的には4位だったかな?あと一歩メダルに届かなかった気がします。
練習してたときは軽く返事して激しく後悔しましたけど、結果的にはまともに体力がついて小学校の体育のマラソンも中学校の部活にも役立った気がするので良かったです。ちなみに、スイミングはタイムだけ良くなれば1番上の級まで上がれる状態で休会していたのですが、復帰後最初のテストでタイムが10秒以上縮まってあっさり合格できました。体力の問題だったわけですね。
それ以外はもう遊びまくってたことしか覚えていません。
学校に行っても休み時間のことしか考えてないし、放課後も誰とどこで何して遊ぶしか考えてなかったような気が…。
まぁ、いくら嫌でも途中で投げ出すことはなかったので、自分にしてはよくやってたなぁと思います。これはみんな私のことを見習って下さい。
#急なマウント
ということで、意外と小学校時代でこんなにかけてしまいましたね。
次回は、悪の巣窟中学校時代から書けるところまで!いったい第何弾までやれるのでしょうか?それは神のみぞ知る…
#私のさじ加減
Sakura塾生の応援をよろしく!
ついでに私の応援もよろしく!
このブログを読んでくれてありがとうございますm(_ _)m
ということで、今日も明日も前向きに、気楽かつ穏やかに頑張りましょー(^^)
当ブログは、保護者様の教育、お子様の学習に関する問題解決のサポートを目的としています。みなさまの一助となれば幸いです。
が、たまには脇道にもそれますm(_ _)mいっしょに人生の道中を楽しみましょう!




