時には思います。
テキトーにホメてあげたり、授業や質問対応でただただ教えたり、ニコニコして好きなように気持ちよくやらせてるだけのほうが、満足感だけは高いんやろうなーって。
なんかしっかり指導してもらってるような気がするし、機嫌よく通うし、大して変わらなくとも仕方ないって思えるんかなーって。
教えてもらってるだけでは一時的にはできても実力にはならんし、気持ちよくやらせてるだけではさほど身にはつかんけど、それっぽいことやってもらってさえいればいいんかなって。
時にはむなしくなりますよ。
だけど、もしそんなことをしていたら、私はきのう受験生たちのこと、胸を張って送り出せなかったと思います。
思春期で多感な時期の子どもたちこそ1番大きく変化・成長していけるのに、ぬるま湯につからせ続けるようなことは子どもたちのためにならない。
私は、子どもの変化・成長だけを求めて指導するし、それだけは妥協できません。
もしかしたら、そんな時代じゃないのかもしれない。
それでも私は、子どもの変化・成長が何より大事と訴え続けます!
点だけそれなりに取れても、成長してなかったら結局困るのは子ども!
たまたま勉強できても、自分でできるようになってないなら将来大変になるのは子ども!
(もちろん、点が取れなくていい、勉強できなくていいと言っているわけではありません。)
老子の格言「授人以魚 不如授人以漁』、魚を与えるか、魚の釣り方を教えるかという話ですね。
魚を与えるほうが楽だし、おいしそうに食べているのを見るのは気持ちいいですけどね。
私はそれではダメだと思っています。私がやるべきは子どもにとって大変なことに寄り添うこと。
魚の釣り方を教えるということは、やり方を言って終わりではありません。最初はさわるのも気持ち悪い餌をつけさせたり、我慢強く待たせたりすることにまで寄り添い、最終的にそれら全てを自分でやれるようにしていくことです。
大変ですよほんとに。時間かかります。だけど、その過程を経て、子どもは自分自身で魚を手に入れることも、さらにはそれを与えることもできるようになります。
いくら問題を先送りにしても、最終的に全ての落とし前をつけないといけなくなるのは子どもです。
大人から魚を与えられ続けたら、それがなくなった瞬間に途方に暮れてしまうのは子どもです。
私が塾生たちに思うのは「自由に生きてほしい」です。
自由でいるためには、その責任を自分で背負わなければいけません。
より自由に生きていくために、ここで自分の責任を背負える力をつけてほしい。
そんな思いで、日々の指導にあたっています。悪しからずご了承下さいませ。
たまには、暑苦しく訴えてみました。この想い、届けっ!
Sakura塾生の応援をよろしく!
ついでに私の応援もよろしく!
このブログを読んでくれてありがとうございますm(_ _)m
ということで、今日も前向き、気楽かつ穏やかに頑張りましょう(^^)


