教育勅語の今日的意義

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 新任の柴山昌彦文部科学大臣が就任直後の記者会見で教育勅語について問われ、「現代風に解釈され、アレンジした形で、道徳などに使うことができる分野は十分にある」と発言しました。

 教育勅語は戦後、日本国憲法と相いれないとして、1948年に衆議院と参議院、それぞれで排除・失効が決議されております。また、自民党政権を含めて歴代政権で教育勅語は否定されてきました。何故に、今更、教育勅語を復活させようとするのか、全く理解できません。
 教育勅語の特徴は、「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」にあります。一言で言えば、皇室のために働け(戦争に行け)!です。主権在民という日本国憲法の基本原理に相反します。
 なお、「父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ=親孝行せよ、兄弟仲良く、友情を大切に」とあることや、「恭儉己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ學ヲ修メ業ヲ習ヒ以テ智能ヲ啓發シ德器ヲ成就シ進テ公益ヲ廣メ世務ヲ開キ=思い上がらず博愛精神で人に接し、ちゃんと勉強して賢くなって世のために役立で」とあることをもって、教育勅語は素晴らしいという意見があります。しかし、これらは皇室のために働け!という前置きに過ぎません。また、そもそも親孝行や兄弟仲良く、勉強して世のために役立つということは、国に言われてやることではありません。国に言われなければできないなら、そっちの方が大問題です。このようなことは、教育勅語を持ち出すまでもなく、その前の数千年前から人類史の中で繰り返し言われてきたことです。
 今から70年前に衆参両院で排除・失効が議決された教育勅語を文部科学大臣が持ち出すことは、国会軽視でもあります。
 次の臨時国会でも文部科学委員会に所属するかどうかは分かりませんが、そうなれば委員会で徹底的に追求し、大臣辞任を求めます。
 
 さて、表題の「教育勅語の今日的意義」ですが、そんなもの全くありません。意義ナシ!です。