突然星になられた川勝さんについて。


 


 川勝さんとはオフィシャルでの思い出はもちろんたくさんありますが、街角での思い出にひとつ強く残っているものがあります。


 あれは、20世紀末のある冬のこと。


渋谷の、公園通りを上がってエッグマンの少し手前を右に折れる小路の、15メートルぐらい行ってまたすぐ右手にあった(あった、つまり今はもうない)、ほぼカウンターのみの小さなラーメン屋さん。名前は忘れてしまったのですが、ラーメンを頼むと麺とスープだけといういわば素うどん状態で出てくるお店。鶏ベースと思われるあっさりしつつも芳醇なお出汁に細麺が品よく絡む極上のお味。とはいえ麺と汁だけじゃ風邪っぴきの昼飯で出されたにゅう麺みたいでもの足りない。渋谷くんだりに遊びに来るような男の子女の子がそれだけすすってごちそうさまするはずもなく。手羽先の甘辛く煮たのやワカサギのマリネとか、おかずを別途注文して成立させる、確か香港ゆかりのスタイルを謳ったお店。


 ある夕べひとりそのお店の暖簾をくぐったときのこと。賑わう店内のカウンターにひとつだけ空いていた席に座ったその左隣に川勝さんがいらっしゃった。お互い、ひとり。渋谷公会堂で誰かのライブがあって開演前に腹ごしらえ、という同じ思惑ではち合わせた僕と氏。交わした世間話の内容は忘れてしまったのですが、僕の心には彼が来ていたセーターが強烈に刻まれているのです。はち合わせたのが冬であると記憶しているのは、セーターゆえ。


 スペースインベーダー柄のセーター。しかも、手編みっぽいの。


 川勝さんがあのナリで手編み(っぽい)インベーダーのセーターという可愛らしさ可笑しさもさることながら、当時レコーディング作業にも押し寄せていた総デジタル化へのひとつの答えをそのセーターは僕に語りかけてくれたのです。


 すなわち、8だか4だか分りませんが恐ろしくざっくりしたインベーダーゲームのビット数と、セーターを紡ぐ毛糸という恐ろしくぶっとい繊維との、宿命の出会い。


「デジタルって、こういうことすか!」


 そう悟った瞬間でした。


 世にある事象をざっくり形にして「こんな感じっしょ!」と示してくれるのがデジタルであると。ビット数、すなわち解像度がインベーダー時代の毛糸からタコ糸へ、タコ糸から生糸へ、生糸からなんかすごい細い繊維へ、そんなふうに精度を増していっても、世にある事象とりもなおさずそれは全てのアナログ現象を「こんな感じっしょ!」とコンバートしてくれる、これが、デジタルの本質だよ!と。01の組み合わせだとか説明されて、ふーんなんて頷きながらも本当は釈然としていなかった思いを、カウンターの隣の毛糸のインベーダーが一息で解決した瞬間。デジタル織物説。縦と横の糸で世界を紡ごうとする試み。z軸の糸を組み合わせれば3次元の宇宙へ。デジタルとはこれ織物なり。そういうことでしたか、と。


 解像度を増して「こんな感じ」具合を高めていけば、便利グッズとしてのデジタルはより暮らしの役に立っていく。しかしながら解像度をあえて毛糸ぐらいぶっとくざっくりさせる方が、こと表現の世界においてはデジタルとしての特性がより生かされるのではないか。ただでさえ誰も目撃したことのない宇宙からの侵略者を、あんなにかくかくした図柄で両腕を上下させるだけの単純な動作のみをもって、


「宇宙からの侵略者、こんな感じっしょ!」


 そう言い切ってしまう思い切りの良さ。図々しさ。若さ。それゆえのスピード感。発生する謎の迫力。


 これは、ロックと親和性がある。反対に、すごい細い高級生糸でインベーダースカーフとか織ってみても、あの夜あのラーメン屋で川勝さんが着ていた毛糸のそれほど迫力のあるインベーダー感は出せないと思う。荒いデジタルは、時として真実よりもロマンチックだ。


 鉄の弦をぶったたいて、真っ赤に燃える真空管をもってこれを増幅させ、12インチのスピーカーを割れんばかりに震わせ、風を起こし空気に波をうたせて君の耳に届けんとする僕のギターは、全部アナログ作業。このレベルでドキドキさせてくれるデジタル作業があるとしたら、それは川勝さんの毛糸のインベーダーだ。


 こうして、日々の業務の処理のために便利グッズとしての極細繊維デジタルくんを大いに活用しつつ、創作活動のために、心を揺らせてくれる極太毛糸デジタルくんを新たなキャラとして迎え21世紀の創作活動に励むという、僕なりの新しい時代での仕事の仕方を見つけることができました。AKAI社の古いサンプラーを楽器として扱い、DEGIDESIGN社の最新式レコーダーを便利グッズとして使用する。デジタル機器とのつきあい方を頭の中で整理出来たのは、川勝さんのおかげ。膨大な情報を、集めてまとめて「こういうことっしょ!」と世に示す川勝さんのお仕事と、毛糸のインベーダー。なんか、びたっときたんです。カウンターの横で僕は。


太くてロックな編集のプロが、ふさわしいセーターを着てラーメンをすすっていた。俺は、俺にとってこの先大事になることを、学ばせてもらった。


 そのお礼を、言いたくて。


 言える場所をさっと提供してくれるネット、すなわちデジタル(極細繊維部門の)って、すごいね。今さらだけど、便利。便利に迫力が出てきた。


 


 お別れの話が続いて恐縮です。


 もうすぐ春。失くしたところには新しい芽が出るんだぜ。そんな地べたを作って行こうぜ、冬のあいだに。


 ココロの歌を、カタチに。


 春に間に合わせなきゃ。


 川勝さんも、別に褒めなくてもいいから、聴いてね!