悔しさをバネに進む先に、本来の自分が築く世界はない | 希和子のゆたかな幸せLife☆

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桜井希和子の働き方ブログ

会いに行ける神様、 範田遥洸さん(ぱんださん)

 

ぱんださんに質問した方がいました。

「ぱんださんみたいに恵まれてる人に、私のことなんてわかりっこないです。」

 

ぱんださんは、どのように答えたのでしょうか?

 

 

【悔しさをバネに進む先に、本来の自分が築く世界はない】

 

『見返すその目に幸せが映ることはありません』
 

少し前にある人が、

「ぱんださんみたいに恵まれてる人に、私のことなんてわかりっこないです。」

 

・・・こんなふうなことを切れ気味に言った。

 

どこかのスイッチが入ったのか、話の流れとは関係なく唐突に飛び出したのである。 

 

 

ぱ:私のなにが恵まれてるのですか?そう聞き返したら。

 

「奥さんも、子供さんも、お仕事も、お友達も、もう全部です。」と、これも切れ気味に言った。

 

ぱ:それが恵まれてるってどうやって決めたのですか?何か基準があるんですか?

そう聞いてみたら。

 

「私とはなにもかも違ってます。神様は不公平です。」

 

 

聞いたことには答えてもらえなかったと苦笑しつつ、勝手に切れているその人に対して・・・。

 

 

ぱ:アナタが恵まれていると言った、今に至るまでに私が何を思い考え、何を行ってきたか考えてくれましたか?

 

どんなふうに子供や妻にかかわり、どんなふうに家族に向き合い、日々何を思い生きてきたか考えてくれましたか?

 

仕事に於いて、そこにかわる人達に対してどんな思いを持って、どんなふうに接してきたか、会社を興すまでにどれほどの思いを込めて行動してきたか、それについて知ろうとしてくれましたか?

 

こんなことを聞いてみたら。

 

「そんなの分かる訳ないじゃないですかっ!」と、まだ切れ気味の返事が返ってきた。

 

 

ぱ:人の成果や幸せを羨んだり妬んだりする人は、結果だけを見てそこに至る過程で何が行われてきたのか、どれほどの労力が込められたきたのか、知ろうとも考えようとせず興味を持たない人が多いです。

 

そしてこれは自分の生き方を見る時にも採用されます。

 

自分がに何をしてきたから今にいたったのか?もしくは何をしなかったから今にいたったのか?

 

それを見ることなく、知ることなく、顧みることなく、今の自分を嘆いたり、不満だけは感じます。

 

私が恵まれてると思うのなら、先ずはここに至るまでの私に思いをはせてください、考えてください、知ろうとしてください。

 

そう熱気をこめつつも淡々と伝えてみた。

 

 

目を真っ赤にして鼻水を流しながらその人が、「この悔しい気持ちをバネにして頑張ります。いつか皆を見返してみせます。」そう言うのに。

 

ぱ:悔しさをバネに進む先に、本来の自分が築く世界はありません。

 

例え何かを成したとしても。見返す時その目に本来在るべき幸せが映ることはありません。

 

そう静かに強く伝え帰ってもらった。 

 

 

ちなみに神様は、人にも、草木にも、動物にも、虫にも、石にも、この世にある者すべてのモノに対して平等で、何かに対して特別興味を持つことはあまりありません。
 

 

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