ここ2年間、障害者施設で働き始めた。
仕事がきつい割りに給料が低いためか
その他の理由からかわからないが、職員の回転が早いように思う。
年中、求人を出しているところもある。
だが、退職せずにずっと働き続けている人もあることに気がついた。

こんな大変な仕事、しかも報酬は低い。どうして続けていられるのか?

それは、利用者さんに対する愛着、やりがいが他に替えがたいものだからではないだろうか?

と、最近思う。


先月2月23日、バスツアーに申し込み長女と日帰りスキーに行った。
晴天で、暑いぐらいだった。

集合場所を7時に出て10時30分に到着し、フルセットをレンタルして、11時30分頃からようやくリフトに並んだ。
暖冬で、雪が溶けて地肌が何ヵ所か出ていた。
ボードとスキーをする人が半分ずつぐらい。
かなりの人混みで約束の時間にバスに戻るまでの短い時間の中、数回リフトに乗れた。


何度かリフトに乗って10年ぶりのスキー。
帰る頃にやっとコツを思い出した。

10年前にはなかったと思われる子どものためのスキー場が2箇所あり、1つは子どもスキー板用!もう1つはソリ用もの。
坂道を動く歩道に乗って上に上がり、そこから滑るようになっていた。
至れり尽くせりと言う感じ。

また、10年前とは違い、韓国人、中国人もスキーを楽しんでいた。
言葉のわからないところでスキーを楽しむとは、なかなかの強者たちだなぁ。。と思った。

少ししか滑ってなかったのに、何度も転んでしまった。

人が多くてぶつかりそうで、転けることで衝突を回避した。
雪もざらざらしていて、ビーズの上を滑っている感じ。
当たり前だけど長いスキー板をつけたまま転けると、膝を痛める。

もう1ヶ月もたつのにまだ膝は痛い。
整形外科で膝に注射をしてもらうのは今日で3回目。
なかなか治らない。
相応の年齢だな。と思った。






次女が、昨日なんとか高校を卒業することができた。
嬉しい❗
小学校の時いじめにあい、それをきっかけに不登校になってしまい、中学校、高校とそれぞれ1回づつ転校を試みた。
中学校は、転校しても結局行かなかった。
高校入試では、中学校の時の内申がつかなかったし、学力もなく、入学できる高校に選択肢はあまりなかった。
内申書の提出不要な高校に入れてもらったが、そこでも同級生、先生方(次女の登校をわざわざ妨げるようなおかしな担任だった)との人間関係が上手くいかず、早々に転校の手続きをしていただく。
(本来、高校の転校はあまりないことだと後で知った。)
転校先の高校では先生、同級生との相性良く、それでも休みながらではあるけれど、卒業させていただけた。
勿論、次女も努力したとは思うが先生方の温かい対応なしでは難しかっただろうと思う。

通信制の高校では卒業は難しいと思われる次女だったのでなんとしてでも通学で高校を卒業してもらいたかった。
修学旅行にも行けた。
文化祭、体育祭などのイベントにも、3年間で一回は参加できた。
本当に次女を受け入れて下さった先生方に感謝の気持ちで一杯だ。
次女は満面の笑顔で卒業した。
本当にありがとうございました。