子供の頃すごく欲しかったもの……

子供の頃すごく欲しかったもの

 

テレビで「人生ゲーム」みたいなボードゲームの

CMをよくやってて、仲のよさそうな親子が楽し

そうにやっているそのゲームがどうしてもどうしても

欲しいと思いました。

 

 

私の両親は私が小学校にあがるまえに離婚したので、

私は、脳溢血で左半身に障害が残った父方の祖母と

ほぼ2人暮らしでした。

祖母は明治生まれの無学な人で、愛情は深いのですが

色々追いつかないというか…

小学生の子供に何が必要かあまりわかっていなくて

祖母も大変だったと思いますが、私も大変でしたあせる

 

例えば食事。

祖母は左手が委縮して使えなかったのですが、それを

考慮しても元々家庭的な人ではなかった様で、家で

料理を作るという事がありませんでした。

食事は毎日近所の肉屋で買ったメンチとコロッケ。

そして白米のみ。

たまに違うもの(でも揚げ物あせる)が出て「これおいし

いね」などと言おうものなら、今度はそれが1週間

でも2週間でも続けて出てくるのですガーン

 

子供(大人もか)って、同じものが出続けると身体が

受け付けなくなるんですねあせる

段々、おなかはものすごく空いているのにごはんが

食べられなくなってしまうのです。

私の場合は給食が命綱でした。

給食で、世の中にはこういう食べ物があるんだ~と

知り、家の食事と違う味なので食べることができま

した。

ただ、空腹なのでがっついた子で、よくクラスメイト

に引かれてましたダウン

給食がなければ栄養失調とかになっていたかもですあせる

 

父は別に暮らしていて数か月に1回帰って来る感じでし

たが、むしろ帰って来ない方が平和でした。

 

気に入らないことがあるとすぐ怒鳴ったり手が出る人

でしたが、DVというほどではなかったと思います。

何と言うかプライドが高くて自分の事で一杯一杯で、

自分以外の事に手が回らない感じ。

 

元々は大手の企業に勤めていたのが、無計画に辞めて

その後、再就職しても家族を養えるほど稼げず、それで

実母に愛想をつかされ、継母は幸い手に職を持っていた

ので何とか持ちこたえてくれましたが、よく「お父さん

が(月に)1万円しか入れてくれない」とこぼしていま

した。

 

そんなわけで、私は父に生活面で面倒を見てもらった

ことはないし、記憶にある限り、どこかに遊びに連れて

いってもらったり、家族旅行に行ったりという事は、

ただの1度もありませんでした。

 

実母が亡くなり家を片付けに行った時、実母は再婚相手の方と

娘(私の実妹)と、しょっちゅう家族旅行をしていた様で、家

には大量の写真やビデオが残されていました。

 

両親が離婚した時、私は5歳、妹は生後半年。

私は父に、乳児だった妹は母に引き取られました。

以後1度も会っていなくて、実母が急死する半年前に妹の「成年

後見人」の事で連絡があり再会しました。

実母が再婚していた事も、その方が2年前に亡くなっていた事も

その時初めて知りました。

私には記憶があるけど、妹には家族の記憶がないんだなと気に

なっていたので、知的障害のある血の繋がらない娘を我が子と

して受け入れ、可愛がってくれた実母の再婚相手にはただただ

感謝しかありません。

残された家族写真も、3人仲良く楽しそうなものばかりでした。

 

父が亡くなり、継母がその後亡くなった時も、たくさんの

家族旅行の写真が出て来ました。

父と継母と、継母の実子達、その子供たち。

もちろん私は知りませんでした。

声もかけてもらったことはないし、行って来たという話も

してもらえませんでした。

(まあ、声をかけてもらっても、行ったかどうかはビミョー

ですが汗

義兄(継母の実子)がアウトドア好きだったので、よく

継母を連れて、実子だけで遠出しているのは知っていま

したが、父もそれに参加していたのは驚いたし、自分でも

引くくらいショックでした。

そんなことでショック受けても仕方ないって思うんですけ

どね。

 

 

で、冒頭の子供の頃すごく欲しかったものの話に戻るの

ですが、私はおもちゃにはあまり執着しませんでした。

自分では何も持っていなくて、ひな祭りにはチラシの裏に

自分で絵を描いてお雛様を作って飾ったりしていましたが

隣家の幼なじみの家には何でもあったので。

お雛様も鯉のぼりもクリスマスツリーも毎年飾っていたし、

流行りのおもちゃもたいていありました。

幼なじみの家に行けばそれらで遊ばせてもらえるので、

学校に行ってもクラスメイトの話について行けたし不満は

なかったのです。

ボードゲームも幼なじみたちとよくやりました。

 

にも拘わらず、テレビで見るあのボードゲームだけは

別格だったのです。

いつか大きくなったらお金を溜めて絶対あれを買うんだと

心に誓っていました。

 

けれど、大人になるにつれ、段々気が付いて来ました。

あのボードゲームを手に入れたとして、私は誰とゲームを

するのだろう?と。

そして理解したのです。

私が欲しかったのはボードゲームではなく、仲良く楽し

そうにゲームをするあの家族だったのだ、と。

 

私が子供の頃すごく欲しかったものは、一緒にいられて

一緒に笑いあえる家族だったのです。