(コロナの前のお話です)


太一くんと別れて半年くらい経った。大学2年生になってスクールライフは充実してたけど、私は誰も好きになれなかった




ピアノを聴くのも弾くのも見るのも辛くなってせっかく親に買ってもらった自分の家のアップライトにも鍵を閉めたまま




先輩の時も、太一くんの時もそうだけど、私は自分の夢に向かって去って行ってしまう人を好きになってしまうんだろうか




突然の別れに私は怯えて、もう恋なんて出来ないんじゃないかと、そんなことを考えていた




そんなある日、大学の友達にバイトで人手が足りないから今日だけ手伝ってと言われた




その子が何のバイトをしてるか知らなかったから聞くと、詳細は教えてくれずに誰でもできるからと言われて、有楽町に夜の6時に待ち合わせて行った




頑なに着くまでどんな内容かも教えてもらえずに銀座の方に歩いていく




とあるビルに入り、6階へ




エレベーターのドアが開くと黒いウエイターの服を着たおじさん




「ありがとうレイナちゃん!!助かる〜(泣)」




レイナ?




私の友達の名前はアヤなのに




そこで私はすべてを察してアヤを睨む




アヤ「ごめん!!ほんとごめん!!今日だけだし、ほんと、お客さんと喋るだけだから!」




と言ってほぼ土下座に近い感じで謝ってきた




聞けばそこは東京でいうニュークラブ。クラブとキャバクラの間くらいの雰囲気で、ママのいないクラブのようなものだという




お客さんからのお触りは一切ないし、客層も下品な人は滅多に来ないという




単価が高いから、ちゃんとした職業のお客さんが多いし、安全そうな人にしかつかなくていいから今日だけお願い、とのことだ




私は2分ほど考えた




なんだか怖かったからやりたくなかった




でも、正直、どんな世界なのか少しだけ興味が湧いた




私「今日だけね」




アヤ「ありがとぉぉお!!( ;  )」




そして、貸し衣裳部屋へ連れて行かれた




中には狭いスペースにドレスがギッシリかかっていた




なるべく露出が少なそうな、肩紐もちゃんとついてる薄いピンクのロングドレスを選んで、次はヘアセット




ヘアセットを2人の専属の美容師さんが流れ作業でやってる




すでにヘアセットしてる綺麗なお姉さん




ぎょ!!これがキャバ嬢ってやつか!クラブ嬢か




アヤ「ユカさんおはようございまーす」



ユカ「おはよー、あ、新しい子?」



私「あ、今日だけ、手伝いに来ました!」



ユカ「可愛いじゃん、やっちん喜んだでしょ」



アヤ「めっちゃ感謝されましたー今日ほんと女の子少ないですもんねー」



やっちんとは、さっきのおじさんで、支配人の矢口さんというらしい




ヘアセットしてもらいながら




私「アヤ、いつからやってるの?全然知らなかった」



アヤ「そりゃね、内緒にしてたもん!まだ3ヶ月くらいだよ!」



ふーん




ヘアセットが終わり、アヤに少し化粧を濃い目に直されて、なかなかキャバ嬢ぽくなってしまった




ピアノをやってたからドレスは着慣れてるけど、広がらないタイプのロングドレスを着ると、キャバ嬢ぽくなるんだなぁ




開店直前の店内へ





へー!ここがニュークラブというとこかぁ!




すごく広いわけでもすごく狭いわけでもない店内




上品な雰囲気で、思ったよりも明るい




各テーブルの上には氷が入った入れ物と小さいペットボトルの水と灰皿




キョロキョロしてるとやっちんというあだ名の矢口さんが




矢口「本当に初めてなんだね?すごい可愛いよ!名前決めた?」




私「あ、名前




矢口「他の子とかぶってなかったら本名でもいいよ?」



私「あ、いや、本名はちょっと名前は何でもいいです」



矢口「じゃあ、決めようか、うーーん、サヤカは?」



私「あ、はい、それでいいです」



矢口「じゃあ、サヤカちゃん、お酒の作り方とか簡単に教えるね」




サヤカちゃん違う名前で呼ばれるって、変な感じ




そして私はテーブルで接客の仕方を習った




水割りの作り方、タバコの火の付け方、灰皿交換やボーイの呼び方など、まあ確かにそんなに難しいことは1つもない




矢口「基本優しいお客さんにしかつかせないから、今日初めてなんですって言って、わからないことあったらすぐ呼んで!」




即席用の名刺20枚くらいにサヤカとボールペンで名前を書いて、少し緊張気味に待機した






そこでまさか、私にとって新しい出会いがあるだなんて、夢にも思っていなかった





つづく