マイナス思考な人ほど、ポテンシャルが高い。
僕は、そう思う。
だって、マイナス思考な人というのは、本来の自分の心に負荷をかけている状態だから、制限を設けている状態だから。
マイナス思考というのは、先天的なものではなく、後天的なものなんよね。
生まれながらにして、マイナス思考な人はいない。
赤ちゃんを見ていれば、それがよく分かる。
なんせ、落ち込んでいる赤ちゃんは一人もいない。
マイナス思考に陥っている赤ちゃんは一人もいない。
失敗を嘆いている赤ちゃんは一人もいない。
仮に、こういった赤ちゃんがいるとしたら、その人は、未だに歩くことができていないだろう。
なんたって、歩くことができるようになるためには、何回も失敗する必要があるから、何回も転ぶ必要があるから。
立ち上がろうとして転び、歩こうとして転ぶ。
こういったことを何度も何度も繰りかえす。
失敗をまったくといって恐れていない。
いや、失敗というのを知らないのかもしれない。
好奇心の塊で、失敗というのがどうだっていいのかもしれない。
とにかく、赤ちゃんは皆が皆プラス思考。
そして、この姿が人の本来の姿なんよね。
マイナス思考というのは、生きていく中で、人と人との間で暮らしていく中で、築かれていくもの。
それは、家族間での生活の中で生まれるかもしれないし、学校での生活の中で生まれるかもしれない。
各々の人によって異なってくる。
そして、どんな時に生まれるかというと、心に傷を負った時なんよね。
もちろん、傷の程度にもよるが、一度の傷でマイナス思考に陥るとは考えにくい。
なぜなら、一人の人に一回アホと言われてもそれは、なんともないから。
けど、これが、何回も何回も言われたら話は変わってくる。
その数が多ければ多いほど、想いがこもっていればこもっているほど、心は傷ついていく。
しかも、この言葉が、暗示になり、自分でも、本当にアホなのかもしれない、と思うことだってある。
一つの言葉を、一回投げかけるだけでは、暗示の効果は薄い。
だが、数が多くなればなるほど、暗示の効果は発揮される。
人と人との間で生き、人に多くの影響を受けながら、自分というものを形成していく。
ゆえに、自分が生きる環境はものすごく重要なものなんよね。
特に、子供の時の環境は・・・
なんたって、この時の環境が自分に与える影響は計り知れないものがあるから。
マイナス思考になった原因となる心の傷は、子供の時に受けた傷であることが多い。
大人になって考えてみると、些細なことかもしれないが、子供にとっては大きなこと。
些細なことが、子供に大きな傷を与える。
だが、子供は子供で、それを心配されないようにグッと我慢する。
そうやって、自分の感情を抑えることを覚えるとともに、自分の心の傷を大きなものとしていく。
なぜなら、次何かあっても我慢をするようになるから。
我慢を重ねていけばいくほど、本来の自分から遠ざかっていく。
やがては、本来の自分の姿がどんなものかさえも忘れてしまう。
しかも、本来の自分なんてどうでもよくなり、周りに合わせて生きることを選び生きてしまう。
こういったことが平気で起こる。
ただ、本来の自分を見失うこと、マイナス思考に陥ること、どちらも後天的なものなんよね。
だから、本来の自分を取り戻すことはできるし、マイナス思考を改善することもできる。
そして、本来の自分の姿で生きることもできる。
自分の心の奥深くにあるしこりを取り除きさえすれば・・・
もちろん、一朝一夕にはいかない。
だって、そのしこりが何なのか自分でも気づいていないことが多いから。
しかも、自分と向き合う時間を取らずに過ごした時間が長ければ長いほど、気づきにくくなっている。
でも、心のしこりに気づき、取り除けば、今まで抑えられていた膨大なエネルギーが一気に溢れ出す。
その上、抑えつけられていた時間が長ければ長いほど、エネルギーは凝縮され、その凝縮されたエネルギーが大爆発を起こす。
すると、人生が大きく動き、今まででは考えられないようなことが当たり前に起こる。
ゆえに、自分のポテンシャルを発揮するためにも、自分と向き合うことが大事なんやで。
とことん、自分と向き合って、本来の自分の姿に戻る。
これが、大きな力を発揮するコツ。
ポテンシャルはすごくあるのに、それを発揮させずに生きることは、すごくもったいないことなんやで。
誰だって、素晴らしいポテンシャルを持っている。
その中でも、マイナス思考な人は、特に、素晴らしいポテンシャルを持っている。
ただ、ポテンシャルはあるだけでは、発揮されないもの。
活かすも殺すも自分次第。
だから、少しでも多くのポテンシャルが発揮するように自分と向き合う時間を取りなよ。
そうやっていくうちに、秘められた力が表に出るようになっていくから。
サコヤンの独り言
「自分を抑えている人ほどポテンシャルが高い」