咲寿太夫
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祈りの声、語りの声
3/29、日曜日。
国立文楽劇場から徒歩5分の下寺町。
上町台地からこの下寺町にかけて、非常に多くの寺院があります。
豊臣秀吉の時代ころからこのあたりに寺院が集まりはじめたと言われています。
この中のひとつ、大蓮寺さん。
こちらは曽根崎心中の原文「観音巡りの段」(現在は杉本博司版曽根崎心中のみでの上演)に登場するお寺で、大阪三十三所観音巡りの寺院のひとつです。
そもそも「西国三十三所観音巡り」があり、その大阪版となるのが大阪三十三所観音巡りです。
その西国三十三所観音巡りが物語の舞台となっている「傾城阿波鳴門」順礼歌の段をつとめさせていただきました。
場内の予定キャパをオーバーする売り切れ満員。
舞台を限界まで後ろに下げての設営となりました。
当日の番付はこちら
去年6月の「枝咲」は幼なじみの桂小留との二人会でしたので、ひとりで何か自主公演をさせていただくのは初めてのこと。
ロビーには所有している見台や肩衣・袴、自分の絵の原画などを展示させていただきました。
ミニギャラリーくらいのボリュームになったので、チラシに書いておいてもよかったなと後から思ったりも。
見台や肩衣、袴などの舞台用品
自筆の床本や、今回の上演に際して描いた「傾城阿波鳴門」
母が好きだった曽根崎心中
顔彩シリーズ
そのほか、デジタルで描いたものも。
枝咲の時にも用意したのですが、今回も自分の床本の複製床本を用意しました。
取り込んだ床本を、影などを綺麗に処理した後、義太夫文字の上部には活字をいれてあります。

内容は床本がメインですが、床本だけではありません。
台本のページもあり、また、現代語訳を付けました。
この現代語訳は、勉強的な直訳ではなく、ぼく自身が舞台を通して実感している登場人物の気持ちを乗せた、小説調の意訳になっています。
数多くの小説家さんが文楽の芝居の原文を現代語の小説にされている、あのような没入感を目指して書きました。
いつかぼくも小説で文楽の芝居をお届けしたいですね。
小説調「傾城阿波鳴門」順礼歌の段 全文はこちら
盛り盛りの万全の状態で、舞台に臨みました。
はじめに、太夫と三味線の解説。
清志郎兄さんにお願いして、三味線のお話もたくさんしていただきました。
お客さまよりぼくのほうが楽しんでいたかもしれません。笑
そして、大蓮寺ご住職の秋田光軌さんにお話をいただきました。
文楽と仏教の繋がりを紐解いてくださいました。
このお話を聴きたいから、とチケットをご購入くださったお客さまもいらっしゃるほどです。
休憩時間をはさみ、いよいよ素浄瑠璃。
この日までに、山口県徳地にて素浄瑠璃でさせていただき、高槻と泉南にて簑紫郎兄さんのお弓での舞台を経験させていただきました。
高槻・泉南はひとつの公演と数えて、三度目の順礼歌の段。
亡くなった師匠が、舞台(公演)で三度経験して、ようやく肚にはいるとよく言っておりました。
その、三度目となる舞台。
感情の波がうねるように押し寄せてきて、舞台というのは何度経験しても怖いものです。
感情に呑み込まれてしまうと、緻密に組み立てなければならない浄瑠璃が破綻してしまいますので、舞台の上でこころがけるのは欲を出さないこと。
それまでお稽古していただいたことに忠実に、冷静につとめること。
「リサイタル」にならないことを心がけました。
「私」を聴きにきていただいているのではなく、順礼歌の段という物語を聴きにきていただいているのだという感覚を大事にしました。
全て、清志郎兄さんからの教えで、その通りだなとすっと身体に馴染んだ考え方です。
祈りの声は届いたのだと、この語りの声は届いたのだと、そう信じたく思います。
さて、技芸の面ではまだまだ拙いのですが、こうして大きな役をさせていただけることは、自分の芸を見直し、底上げするよい鍛錬となります。
時間に追われる本公演ではなかなかできないことかもしれません。
この鍛錬が、また本公演に返ってくることを目指して、これからも取り組んでまいります。
次の大きな挑戦は6/20・21の若手会。
「摂州合邦辻」の切場にあたります「合邦庵室の段・前」をつとめさせていただきます。
また大勢のお越しをお待ちいたしております。
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竹本咲寿太夫
人形浄瑠璃文楽
太夫
国立文楽劇場・国立劇場での隔月2週間から3週間の文楽公演に主に出演。
モデルとしてブランドKUDENのグローバルアンバサダーをつとめる。
その他、公演・イラスト(書籍掲載)・筆文字(書籍タイトルなど)・雑誌ゲスト・エッセイ連載など
オリジナルLINEスタンプ販売中
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