平成16年11月公演
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道行旅路の嫁入
飛鳥川の淵が変わり行く。
扶持も知行も没収となり、浪人となって簡単に誰かを頼ることもできなくなった大星由良助。
その息子の大星力弥と結ぶ縁。
塩谷判官が切腹する要因のひとつを作ったとも言えなくもない加古川本蔵の娘、小浪は力弥の許嫁だった。
騒動ののち、結納も取らずそのままになっている。
小浪は母の戸無瀬とともに、山科にいるという力弥の元へ向かっていた。
討ち入りをするのかしないのかという世の情勢が情勢なだけに、ふたりは腰元も連れず、駕篭にも乗らずに慣れない徒歩での旅路を進めていた。
雪の中の寒空のもと、雪のような肌は寒紅梅が咲いたように朱を帯びていた。
手先はかじかんで、坂を越えながら凍えていた。
静岡にさしかかり、見返ると富士の煙が空に消えていく。
婚礼の時には火を焚いて、花嫁を送り出すが、それを富士が代わりにしてくれいているようだった。
歩いていくと、街道で大きな行列と行き当たった。
一生に一度のことだもの、ああ、世が世ならあんな風に華やかに嫁入りできるのに、と小浪は思った。
二世の婚礼の盃が済んでから初夜はどういった風なのかを、母が娘に伝えながら蔦の細道を行く。
細道で縺れ合うかの如く、もつれあう初々しい夫婦の姿を語り、嬉しいでしょ、と母が言うと、大きな声で何を言ってるの、と娘は話を鞠のように転がした。
ところは鞠子川である。
実際のところ、小浪は新枕を思うと怖くもあり、恥ずかしくもあり、嬉しくもあった。
考えて胸を覆う、大井川。
水の流れのように心は変わらないだろうか、と心配にもなる。
そんな心のうちを知ったか知らずか、三河国に差し掛かると歌がきこえてきた。
ひなびた歌もこの身にとっては良い吉報になるように感じる。
熱田神宮を越え、桑名までの海上七里の渡し船。
艪拍子をそろえて「やっしっし」と舵を取る。
船を共にした人々と別れ、亀山、そして鈴鹿関を越えた。
石部にさしかかり、石場を通る。大石、小石を拾って我が夫と撫でながら歩いて行った。
大津を越え、三井寺。
山科へはあと少し。
ふたりは気も足も早まり、里へと急ぎ進んでいったのだった。
豊竹咲寿太夫
人形浄瑠璃文楽
太夫
国立文楽劇場・国立劇場での隔月2週間から3週間の文楽公演に主に出演。
モデルとしてブランドKUDENのグローバルアンバサダーをつとめる。
その他、公演・イラスト(書籍掲載)・筆文字(書籍タイトルなど)・雑誌ゲスト・エッセイ連載など
オリジナルLINEスタンプ販売中

豊竹咲寿太夫
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