10分で分かる「心中天網島」あらすじその2【天満屋紙屋内の段】下 | さきじゅびより【文楽の太夫(声優)が文楽や歌舞伎、上方の事を解説します】by 豊竹咲寿太夫

https://www.ntj.jac.go.jp/schedule/kokuritsu_s/2019/9128.html
国立劇場令和元年九月公演チラシより引用


10分で分かる心中天網島




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その2
「天満屋紙屋内の段」下




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治兵衛は混乱した。

「いやいや、なんぼお前が利口やとはいえ、やっぱり町の女やな。

なにを阿呆なことを言うてるんや。


あの不誠実な奴が、何を今さら死ぬことがある。

今ごろ灸を据えて、薬でも飲んで、命を延ばしてるんやないか」





おさんは眉間にしわを寄せ、苦しい顔つきになった。

「治兵衛さん。

あなたが死なずにすんで、わたしはこの事を言わずにおこうと思ったけれど、こうなったら隠していたほうが罪かもしれへん」


「何を言うてるんや」


おさんは深呼吸をして、口を開いた。

「あなたがうかうかと死のうとしていたのを見て、あの時のわたしは悲しみのどん底にいた。

あなたに打ち明けなあかん。

わたしは小春さんに手紙を出したんや。

『女は女同士、互いに助けあいませんか。わたしは夫に死んでほしくない。縁を切ってほしい』

そうしたら小春さんから返事がきたわ。

『手紙に感じ入り、女同士の義理を重んじます。縁を切ります』と。


二人の手を切ったのはわたしの手回し。


そんな義理堅い小春が、おめおめ太兵衛なんかに連れそうとは思われへん。

わたしもそう、女は一途にたった一人を愛したら、気持ちを変えたりしないものよ。



金のために添うことができなくなるなら死ぬと言ったのでしょう?

わたしとの義理立てではなく、太兵衛が絡んだ今、小春さんはその言葉の通り死ぬ気やわ。


ああ、どないしよう、助けなければ」


おさんは頭を抱えて、治兵衛に全てを打ち明けた。

「そやったんか。

そうしたら、あの時兄が見せへんかったあの文が・・・。

小春は、死ぬ気を固めたな・・・」

治兵衛の顔も青ざめていった。


「このまま小春さんを殺したら、女同士の義理も立たへん。

治兵衛さん、小春さんを止めて・・・。

どうか、死ぬことだけは止めて!!」

治兵衛にすがって、おさんは嗚咽をもらした。

「どないしたらええんや。

今の状態やと身請けの前金として半額を出してどうにか店に繫ぎ止めるしかあらへん。

半額と言っても、銀で七百五十匁、そんな大金の工面は身を砕いても今や作れん」

おさんはばっと治兵衛から離れて、箪笥へ向かった。

「それで済めば、安いことやわ」

箪笥の引き出しを開け、紐付き袋を押し開いた。


治兵衛に手渡されたのは、惜しげもない綯交
ないま
ぜの紐の袋から出した一包みだった。

「これは、
かね
か」

治兵衛は慌てて包みを押しひらいた。

銀、四百目。

こんなにもどうして」


「この十七日に岩国の半紙を仕入れるための支払金として用意したものよ。

この件は孫右衛門様に相談して、商売にぼろは出さないわ。

それよりも小春さんのほうが急を要すること。

それでもまだ足りないわ、
四宝銀に換算して、あと、一貫四百目」



と今度は大引き出しの錠を開けて、おさんはひらりと飛び、鳶八丈を引き出した。

「それは八丈絹の」

治兵衛が見ているうちに、おさんは着物をさらに出していく。

小春を救うために治兵衛を送り出し、今日散る命。
京縮緬
きょうちりめん
を引き出した。

夫が今晩までの命とは知らぬ、白茶
しらちゃ
の裏地
だ。


娘、お末の紅の絹の小袖。
紅の炎に身を焦がすよう。


勘太郎の袖なしの羽織。
これらを質に入れると、今後の暮らしに袖を閉じられた着物を着るかのように手も足もでない。

それでもおさんは止まらない。



郡内縞の、始末して大事に大事に着ることのなかった浅黄色の裏地の着物。


黒羽二重の一張羅。
紙屋治兵衛の家の紋、蔦の葉。

落ちよ落ちよと落としておいて、壁に蔦の葉のき心。
蔦の葉蔦の葉、
壁に壁に
蔦の葉のき心。

退きも退くことができない仲なら、実際は火の車でも、世間体は立派に見せることが肝要だ。
内裸でも外錦。

男を飾る錦の着物もかき集めて、取り出した。



「わたしや子供は何を着たって構わないわ。

それでも男は世間を大事にしないと。

請け出してでも小春さんを助けて、太兵衛に男の一分を立ててやらなければ」


おさんは着物を風呂敷に包んだ。
それはまるで夫の恥も、自分の義理もすべてひとつに包んでしまうようだった。


治兵衛は俯きながらもその様子を見守り、
「請け出してしまったら、お前の立場はどうなってしまう」


おさんは、はっと我に返った。


「そうや。

どうしょう・・・。


子どもの乳母か、飯炊きか、隠居か・・・」

そうしてわっと泣き出した。


「おれには親の罰も天罰も仏や神の罰もどうでもいい。

だが、おさん、女房をないがしろにした罰だけは未来までも罰があたるはずや」


「そんなもったいないこと、言わんといて。

手足の爪を剥がしても、全部あなたを想うためのこと。


何を言っても、手遅れになってしまっては、命は返らないわ。


さあ、着替えて、涙を拭って笑って出かけて」






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***







「治兵衛はおるか」

答えを待たず、玄関から入ってきたのは舅の五左衛門だった。
突然のことに夫婦は狼狽えた。


五左衛門は二人の前にどっかりと腰をおろした。

「これは婿殿、どうした、そんな珍しい格好をして」

治兵衛はちょうど着替えたばかりだった。
黒羽二重に縞の羽織、絹の帯をして、腰には金細工が施された脇差。

五左衛門の声はとげとげしい。

「さん、座れ。

ふむ、着飾って、脇差とは。
なんともまるで金持ちの遊び姿やのう。

紙屋とは思えん立派な格好や。


精が出ますな。
新地へお仕事か。


おい、もう家内は用済みであろうが。


さんに暇をやれ!!

連れ帰りに来た!!」

「父様、先ほど母様と孫右衛門様に夫が渡した誓紙はまだご覧ではないのですか」

五左衛門はぬっと懐から治兵衛の起請文を出し、

「阿呆狂い、遊び狂った男の起請などあてになるかい。
行く先々で簡単に書き散らしておるのだろうて。

そんなすっきり納得がいくものかと思ってきてみれば、案の定やないか。

このざまでも、梵天帝釈に誓ったというこの起請を信じろと言うんかい。


こんなものを書く暇があるなら、離縁状を書け」


五左衛門は治兵衛とおさんの目の前で起請文をずたずたに引き裂いた。


治兵衛は手をついて、五左衛門に頭を下げた。

「お腹立ちはもっともでござります。

どうかおさんに添わせてくだされ。

例え、わたしが乞食になろうとも、おさんはきっと憂き目を見せず、辛い目には合わせません。

おさんには大きな恩がござります。


このわけは、今はまだ申せませんが、もうしばらくわたしの姿勢を見てくださればお判りになります。

どうかそれまではお目をつぶっていただけませんか」


離縁状を書け。
さんの持参した道具も着物も数を確かめて封をする」


おさんは慌てて箪笥の前に立ちふさがったが、五左衛門はそれをぐっと引き剥がした。



「これは・・・どうしたことだ」



着物は全て風呂敷の中。
箪笥には布切れひとつ残っていない状態である。



五左衛門は怒りに沸騰し、目を逆立て「これほどまでになっていたとは」と治兵衛を睨みつけた。


目に入った、着物の風呂敷。


「それは何だ」

風呂敷を奪い、括り目を解いた。


「治兵衛、これを売り飛ばすつもりだったのか。

女房子供の身の皮までも剥ぎ取って、その金で遊女狂いを続けるんやな。

この悪党が!!

おれの家族はお前の親族だが、おれは赤の他人、お前を庇ってこれ以上損をする因縁はない。


離縁状を書け!!」


もはや状況証拠に理詰めの四面楚歌である。

ふたりは鎖にがんじがらめに繋がれた心持ちだった。



治兵衛は脇差に手をかけ、おさんは五左衛門に縋り付いた。


「父様、わたしは離縁状は受け取りません!!

治兵衛さんは身の誤りを認めて、重々に詫言をなされたではありませんか。

それなのに、あんまりな父様の自分勝手な物言い。

治兵衛さまは血の繋がらない家族かもしれませんが、孫はどうです、可愛くはないのですか。


わたしは絶対に離縁状は受け取りません」


泣き叫ぶに近い、おさんの訴えを、五左衛門は遮った。

「もうええわ。

離縁状も書いていらん。

無理矢理にでも連れて帰る。

来い!!」


「嫌よ!」

「町中いっぱいに恥を晒してでも連れて帰る。
来い」


揉み合っているうちに、勘太郎とお末が目を覚ました。


「じい様、大事な母様をどうして連れて行こうとしてるんや」

と勘太郎が駆け寄った。


おさんは五左衛門への抵抗をやめ、荒い呼吸を整えた。


「子供たち、今晩からは父様と寝るのよ。

治兵衛さま、子どもたちの朝のお菓子を忘れないようにしてください。
それと、丸薬も。

ああ、可愛い子どもたち」


おさんは五左衛門に無理矢理に引きずられていく。

「子を捨つる藪はあれど、身を捨つる薮はなし」と言う。

生活に困ると最愛の子どもを捨ててまで自分の身を助けるという意味だ。
おさんはまるでそんな極道にでもなったかのように、悲しい思いで胸が張り裂けるようだった。











そして、これが、永き別れとなるのであった。






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