■桂川連理柵
道行朧の桂川
これは桂の川水に、浮き名を流すうたかたの、泡と消え行く信濃屋の、
お半を背なに長右衛門、逢瀬そぐはぬ仇枕、結ぶ帯屋の軒も早、
今宵限りに月影の、流れにつれて行く身には、妻にも名残り押小路、哀れは後に遠ざかる、
町を離れて
背なをおろしてとりどりに、姿つくろふ心根は、まだ娘気の跡や先、死にゝ行く身は骨よりも、心細道犬の声。
「アレ
身に
「コレお半、こゝが三条
とばかり言ひ残す、袖は涙のにわたずみ。
お半涙のつゆちり程も、
「お前の無理ぢやあるまいけれど、わたしや嫌いな、そんなその様な、胴欲な。年もいかいで恥かしい。この腹帯はどうせうえ。殿御を先へながらへて身二つになり、大胆ないたづら者ぢや悪性な、不心中なと人さんの笑はんしても大事ないか。そりや可愛ひのぢやない、憎いのぢや。小さい時からお前をまわし、祇園参りや北野さん、物見見物後追ふて、手を引かれたり負はれたり、裸人形を無理言ふて、買ふて貰ふた
と、恋を立て抜く輪廻の絆、抱きつくづく顔と顔、
男もとかう涙の縁、
「ともに沈まんこなたへ」
と、手に手を取りの声告げて、もはや桂に月のあし、
「アレ、アレアレ後ろに
と諸共に、石を袂に糸と針、
文楽ざんまい