■双蝶々曲輪日記
難波裏喧嘩の段
駈けり行く
大宝寺町を横切りにすぐには行かぬ
難儀難波や畑中、嘆く
「郷左殿、手ぬるい手ぬるい」
「オゝサ合点、コリャ吾妻、この泥棒めに何心中立て、こな
と両人寄って蹴据え蹴飛ばし踏みのめせば
与五郎は半死半生
「ヤレ吾妻、必ず短気持つまいぞ。エエ思えば無念」
とよろぼい立ち、しがみつくを
踏み飛ばし、大地に打ち付け動かさねば
吾妻はわっと泣き沈み
「胴欲や、酷らしや、マアマア待って」
と支ゆるを
突きのけ突きのけ両人が、与五郎ひとりを手玉に突き、踏んず蹴っつの
「サア若旦那、長五郎が来たからは気遣いない。気を確かになされませ」
「オゝ長五郎か。よいところへよう来てたもった。わしを捕らえて無法の打擲。チェゝ無念なわやい」
「サゝようござります。吾妻様を手に入れねば、第一にわしが立たぬ。何かのことはわしが胸に。コレ吾妻様、若旦那をソレ介抱、介抱」
と二人をそっと此方なる稲村蔭に忍ばせ置き
「サアお侍たち。濡髪が言う事あって来た。ど性根付けてお聞きやれ」
と喚けど、さらに返答なく
砂まぶれになって起き上がり、互いに自脈、顔見合わせ
「アイタ、アイタゝゝゝ。何と有右、気がついたか」
「なるほど。なるほど、少しはついた。ついたはついたが皆目にアイタゝゝゝ、首が回らぬ」
「身どもも御同然、が、今のは何奴」
「アイヤ、俺でごんす」
と暗がり闇にすっくと立ちし長五郎
「ソリャコソ
「オオサ、合点」
と刀を杖、口は達者に喚けども、反り打つところは首の骨、歪み筋張り立ったりける。
「アゝイヤ、そんな仰山な事じゃない。マア、下にいてくださんせ」
と言うも聞かず
「ヤア、黙れ長五郎。
「身どもか。身どもは首が回らぬ。アイタゝゝゝ。ヤイ、長五郎。我々を騙して投げるとは卑怯な奴。日頃習い置いたる剣術秘術、猿の木登り山がらの餌落とし」
「エエやかましい。そんな事聞きにや来ぬ。濡髪が言う事かいつまんで申す。吾妻殿の身請けの金は六百両、与五郎殿から親方へ渡した手付けの金は半金の三百両、わしが手から渡してある。お前方が渡しもせぬ六百両を、追っ付け埒明け吾妻殿は国へ連れて去ぬ、イヤ、女房じゃ奥じゃ何ぞと言はしゃる故、それを案じての駆け落ち、お前方はまだ身請けの相談最中、此方は高が町人なれど山崎では一と言うて二のない与五郎殿、それでさえ金事というものは、そう心安うはないものじゃ。
と親方思いぞ道理なる。
始終を聞いて郷左衛門、有右衛門に目配せし
「ムゝなるほど、屋敷の格式ある故、身請けの金調うまいとナ、そうじゃコリャもっとも、
「エゝそんなら思い切って与五郎殿へ事なう」
「オゝサ、有右殿、二言はないナ、思い
「オゝサ切る」
と抜き打ちに有右衛門が切り付くる。
腕取って跳ね倒す。
間もあらさず突かくる。
郷左衛門が、あばらを丁と
「エゝコリャ何とするのじゃ。ほててんごうひろぐと
「イヤイヤ、了簡ならぬ了簡ならぬ。この上はもう破れかぶれじゃ。可愛い吾妻は手に入らず、身請けの才覚ならず、せめておのれ」
と拝み打ち
「さしったり」
と沈んで受け止め
「スリャどうでも了簡なりませぬか」
「了簡ならぬ」
「しかと左様か」
「くどいくどい」
「くどくばこうじゃ」
と
長吉は長五郎が身の上いかがと尋る内、畑の中にうめく声々、すかし眺めて
「ヤ、長五郎か」
「ムゝそういう声は長吉か」
「オゝさては二人の侍を切ったか」
「オゝサ、今ばらした。モウとどめを刺すばかり。わりゃ又そこにどうしている」
「サア、与五郎殿を捕まえて」
「サアそれは」
「コリャコリャ濡髪うろたえな。急くことはない。この長吉とわれとはな、今日姉貴の意見で兄弟となったれば、与五郎殿の力となり、侍の肩持たぬほどに、心置きなうとどめ、とどめ」
「オゝサ合点じゃ。
コリャ長吉、二人の衆に怪我はないか」
「イヤ怪我はないが長五郎、わりゃこの大坂にいられまいがな」
と言われて吐胸の長五郎
吾妻はあるにもあられぬ思い。
「ほんにわし故この騒動、長五郎様の身の難儀、与五郎様のお身の上、わしゃ何としょうどうしょう」
と、さすが女の気も弱く、ワッとばかりに泣き叫ぶ心の内ぞ、いじらしき。
「オゝ道理じゃ。道理じゃわいの。人を殺せば大罪人。長五郎が身の難儀も皆わしが放埒故。身の言い訳」
とあり合わす刃物おっ取り逆手に持つ
長吉しっかと押し止めて、刃物もぎ取り
「マアマアお待ちなされませ。マアお待ちなされませ。今お前が死なしゃったら、親御へ対して不幸となり、また長五郎も生きてはいられぬ。ノウ長五郎、それじゃによってこの衆は汝になりかわって、俺がたしかに預かった。祖末にゃせぬ。マア一年と半年は影を隠したらよかろうと俺は思う。落ち着く先は、ナ」
「フム」
「サア行け」
「エゝかたじけない。与五郎様、吾妻様、そんならここでお別れ申します。ずいぶんご無事で。長吉さらば」
と後ろより
いつの間にかは下駄の市、野手の三とが一時に
「ヤア聞いた聞いた。人殺しの長五郎やらぬ」
と組付く我武者もの。
早速の濡髪、身をかわす。
ほぐれて向こうへ頭転倒骨、両人が
膝に固めて口に袖。
「長吉、此奴はどうしょう」
「ハテどうのこうのと
「オゝ合点」
と真っ逆さまに千本突き。
目玉飛び出し死してんげり。
「エイ、行くぞや」
「行け行け。ヤレ急げ」
と胸はどきつく法善寺、諸行無常の八つの鐘、夜明けぬ内といっさんに足を早めて