HATSUKOI 1981
第18話 ファーストキス
期末試験が終わった土曜日の昼、洋平と由美は本八戸の駅にいた。売店でサンドイッチを買って、ベンチに座って食べながら電車を待っていた。学校から直接、制服のままでの待ち合わせ。テストだったのでかばんの中は筆記用具だけで、身軽だった。テスト週間中は部活もバンド練習も無し。それで最終日のこの日、海を見に行こうと、洋平が誘ったのだ。
のろのろとホームに入ってきた普代行きの鈍行に乗ると、海水浴へ向かう小中学生と、買い物帰りのおばさんたちがちらほらいるだけで、空いている。二人はボックス席に向かい合って座った。
「海水浴は、いつもどこ行くの?」
洋平が聞いた。
「小さいころはよく、白浜に家族で行ってたけど、
最近は行かない。洋平君は?」
「地元の蕪島か白浜。
子供のころは家族で金浜まで行ったりしたけど、
やっぱり今は行かないなあ。」
電車が由美の家の最寄りの湊の駅に着くと、魚の臭い匂いが漂ってきた。町の目抜き通りがそのまま市場になっており、その真っ只中に駅があるからだ。
「あれ、由美ちゃん。どこ行くの?」
ホームから一人の婦人が声をかけた。
「こんにちは。これからちょっと海に・・・」
婦人は洋平のほうにチラッと目をやり、
「あー、デートかい。いいねえー、若いもんは。」
洋平はちょっと照れながら会釈した。動き出した電車の窓越しに手を振る由美に
「だれ?今の人。
町に似合わないきれいな恰好してたけど。」
「お母さんの友達。ブティックやってるから。
町に似合わないって、ひどいわねえ。
洋平君の鮫だって大した変わんないじゃない。」
「確かに・・・」
二人大笑いしながらその鮫の駅を過ぎると、進行方向左に海が見えてきた。窓から潮の香りが吹き込んでくる。もうほとんど夏だが、少し風は冷たい。電車はそのまま鮫の岬を回りこみ、白浜の駅へとついた。
海へと降りていく海水浴客とは逆に、丘の上へ向かう二人。砂浜は暑いが、キャンプ場がある松林の中にはいると、陽射しは和らげられ、海風が吹き抜けとても心地よい。遊歩道をおしゃべりしながらしばらく歩く。海水浴場からもキャンプ場からもだいぶ離れ、ひと気がまばらになったころ、どちらからともなく手をつないだ。時折松林の合間から見える太平洋を眺め、松の葉の香りが混じった潮風を吸い込むと、徐々に二人は言葉少なになっていった。別に気まずい雰囲気じゃない。笑みを浮かべ、掌にお互いの体温を感じ、ただ歩いているだけで気持ちが通じている気がした。
松林が途切れ、遊歩道が終わり、車道へ出た。岩がごつごつした海岸線の向こうに、海に突き出た展望台が見えた。二人はお互いの顔を見合うと、思い切り走り出した。時々スピードを緩め由美にあわせながらも、先に展望台の下の駐車場に駆けこんだ洋平。遅れてついた由美は、ぜーぜーいいながら文句を言った。
「速すぎるー!
ちょっと手加減してくれたって、いいじゃない。」
「かなり加減したんだけどなあ。
ま、こう見えても50m6秒3の俊足だから、
しょうがないでしょ。」
「えー?そんなの聞いてないよー!
ずるーい!!」
汗を拭き拭き二人は駐車場の隅にある売店まで行き、上の牧場の搾りたて牛乳を使った名物のソフトクリームを買った。そしてソフトクリームを舐めながら展望台へと階段を上る。頂上へ着くと元砲台だった石組みの展望台から、270度、太平洋が見渡せる。沖を貨物船が行きかい、岸に近いところには小さな釣り船が浮かぶ。眼下に打ち寄せる波の音。頭上にはウミネコが舞い、ミャ-ミャ-鳴いている。
「洋平君の名前って、太平洋からとったんでしょ?」
「うん…
太平洋みたいにでっかい男になれ!って…
でも完全に名前負けしてる。」
「そんなことないよ。
穏やかにそこにいて、
存在感があって…
太平洋って感じする。」
「初めて言われた、そんなこと…
ありがと。」
そう言って洋平は、海を見つめながら話す由美の横顔を見た。何かものすごく愛おしくて、その気持ちを伝えたくて、でも何をどうしていいかわからなくて、そのまま見続けた。すると由美が不意に振り向き、洋平の唇にキスをした。驚いて固まる洋平。この間の頬へのキスでもかなりの衝撃だったが、今度は唇… 由美はにっこり笑うとペロッと舌を出した。
「ファーストキスはバニラ味でした。」
なんと答えていいかわからず、照れくさくて洋平はおもわず辺りを見回した。いつの間にか誰もいなくなり、二人きりになっていた。
「こういうときは、ギュッとしてください。」
洋平はぎこちなく由美の腰に腕を回し、言われるままに抱き寄せる。そして今度は自分から唇を重ねた。
続く・・・