柳町レポート

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柳町から発信する数々のトピック


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私が日本酒と深く関わりを持ち始めたのは、2人の人物との出会いからでした。

 

一人は、クリスチャン・シューベルトというルクセンブルク人。彼が在日中に、日本酒を欧州に紹介するのが面白いのではないか、ということで様々なディスカッションをしたのがはじまりです。

ちょうどこのころ、ルクセンブルクでは、欧州連合の2008年から2009年にかけてのワイン関連規則の更新を受け、ルクセンブルクの新たな原産地呼称制度(AOP: Appellation d‘Origine Protégée – Moselle Luxembourgeoise)が始まった時期でもあり、同様にクオリティを判断できるわかりやすい基準が必要なのではないか、などの議論も行いました。

 

人が何かの方向に歩みを進めるとき、幾つかの後押しが重なる、ということは良くあることなのかもしれません。クリスチャンとの話をしていた同時期に、旧知の間柄であった犬山、小弓鶴酒造の吉野社長から電話が入りました。

彼の蔵は実は火災で焼けてしまい、被害を免れた古酒を売りたい、特にフランスに紹介したいということで、彼との共通の知り合いである、あるフランスの大学の先生を紹介してもらえないか、というものでした。

この蔵の特色は、剣菱蔵ということもあり、蓋麹、山廃仕込みのしっかりとしたお酒で、吟醸・大吟醸は作らない、という方針に吉野社長の先代から舵を切った蔵でした。その出来た当時は荒々しく、力強い味覚であったことを窺わせる純米原酒の古酒は、豊かなコク、熟したプラムのような果実味、ローストしたアーモンドのような香味、確かに円熟した複雑さとまろやかさを感じさせるものでした。

 

日本酒を取り巻く経緯や蔵の方針について、吉野社長の話を聞くにつれ、私自身も日本酒への多様性の関心、その背景としてのストーリー、またクオリティの正当性への興味が喚起されていきました。

欧州のワイン文化との比較、そして日本酒普及への可能性、またその背景やクオリティへの関心、その探求への旅は、このようにして扉が開かれました。それから、様々な出会いや知見をいただくことになるのです。

 

本書の目的であり、内容は、「日本酒を巡る2つの旅」にあります。

 

一つは、「日本酒」、または「清酒」というものの全体性や概念について、できるだけ多面的な観点からその存在に対する理解を深めたいという、探求の旅です。

それは、日本酒のルーツなどの歴史を取り扱う時間軸、また社会・文化・環境・農業・微生物・経験の提案・流通や経済、といった多様な側面からなる分野軸、また国内と海外という地理軸などもあります。

 

もう一つの「旅」は、未来です。つまり、どのように素晴らしく魅力的な日本酒に関わる文化、産業、環境を未来に持続的、かつ発展的に遺していくことができるか、という探求の旅です。

これについては、唯一の確たる答えが存在しているわけではありませんが、日本酒の世界のみならず、様々な視点から個人的な見解としての在りようを、考えてみたいと思います。

 

日本酒は、(酵母ということも言えますが)醸すのも人であれば、伝えるのも人、また呑むのも人、人の間で経験や価値がわかち合われるのも魅力の一つでしょう。そして、その個人、一人一人には、固有の関心や知識・技能が育まれています。

今回の「旅」も、まっさらで厚顔無恥な私と不運にも出会い、様々なことを教えていただいた方々との中で紡ぎ出された一つの出会いのストーリーでもあります。それゆえに、この本の記載には、出会いや発見のエピソードを元にトピックを綴った「旅の手帖」のように展開していこうと考えています。

 

そして、まずもって、その情報や知識を授けていただいた、私と関わりのある様々なエキスパートの皆さん、様々な現場に身を置く皆さん、飲み友達の皆さん、そして本書に手を取り、この旅を共有させていただける皆さんに感謝いたします。

 

 

2018年12月8日 中津川にて

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