酒と権力ー25・

日本酒への不信感を高めた桶売買

 

国民の総力を挙げての第二次世界大戦への突入でありましたが、国力不足は否めず、惨めな敗戦は、日本という国を壊滅的な状態にまで追い込みました。

その間政府は、貴重な財源の一つである「酒税をいかに確保するか」という問題と「国民の主食である米をいかに確保するか」という、相反する問題を解決するため、つぎつぎと酒税法の改正を行ったことはすでに書いたとおりです。

 

ところが、戦後の高度経済成長がもたらした豊かさが、日本人の生活態度や意識を大きく変えたにもかかわらず、戦時という異常な社会情勢の中で作られたこれらの酒税法は、根本的な見直しがなされないまま、時間は無為に過ぎ去りました。

そのため、この時代に全く合わない酒税法に縛られてきた日本酒業界は、時代の変化への対応が大幅に遅れ、まさに存亡の危機に立たされているといえます。

 

それぞれの法がその後日本酒業界に与えた影響を検証します。

① 基本石数の制定

全国の酒造メーカーは、昭和11年(1936年)度時点での製成実績数量を「基本石数」と決められ、以降は、常にこの「基本石数」を元として、製造数量が決められました。

戦時下の配給制度下にあった酒の販売は、昭和24年(1949年)に自由化されました。

ところが、製造数量のほうは基本石数によって制限されているため、販売能力がある蔵は、製造可能数量を超えて売れる量を、販売力がなくて製造能力が余っている蔵から買取り(桶買いという)、自社の酒と混ぜ合わせて販売するようになります。

蔵ごとに決められた製造数量は変わらないのに、販売数量は年々格差が広がるため、桶買いする量は年々増えてゆきます。

昭和53年(1978年)の桶取引の量は、全国で造られる酒の量の34,9%にまで達し、全蔵元の75%に当たる、2,272蔵が桶売りを行っています。

 

桶売買の実態

昭和54年1月3日の朝日新聞にこの桶売買の実態が暴露されました。

 

販売実績順位    銘柄名      所在地     桶買い比率%

   1位       月桂冠      京都府      67,3 

   2位       白鶴        兵庫県      62,9

   3位       日本盛      兵庫県      55,9

   4位       大関        兵庫県      50,8

   5位       白雪        兵庫県      66,1

   6位       黄桜        京都府      23,2

   7位       松竹梅      京都府      75,0

   8位       菊正宗      兵庫県      30,0

   9位       白鹿        兵庫県      36,0

  10位       沢之鶴      兵庫県      63,4

  11位       剣菱        兵庫県      82,4

   以下略

※ :桶買い比率はその蔵が売った酒の全量に対する、他の蔵から買い入れた(桶買いした)

   酒の比率。

  例えばその比率が82,4%で一番高い(販売実績は11位)の剣菱は、 売った酒の中味

  の82,4%は他社から桶買いしたもので、自社で造った酒はわずか17,6%に過ぎない

   

このように、大手有名銘柄の中味の大半の酒は、中小の酒蔵で売れ残っている酒を買い集めてブレンド(混ぜ合わせる)し、それを自社のブランドとして販売している実態が暴露されたことで、この「桶取引」が社会的な問題となると同時に、消費者の大手銘柄に対する不信感が増す原因にもなったのです。

 

その後、生産数量の自由化、大手の生産設備の充実などから、桶取引は自然になくなりますが、消費者の日本酒に対する信頼は低下し、日本酒の消費量の減少の一因ともなる一方、桶売りに依存をしていた中小の酒蔵は、経営の危機に陥ることとなりました。