最近、MacのOSをMojabeにアップデートしまして。使っているCubaseってソフトが対応しているらしい情報を読んで、ならアップデートしようかと思ったんですね。

そしたら動作重いし音源がならないし。慌てて調べると全部対応ではなく9.5以上のバージョンは対応しているとのことでした。俺のバージョンは9。不具合のオンパレード。

cubaseをアップグレードする理由もないので、泣く泣くOSダウングレード、一部のデータを面倒な操作で取り戻す作業で結構時間取られて泣きました。いやー!

もともとパソコンは怖いし苦手なんで、早く自分の脳にパソコンを埋め込んで、今使ってるノートパソコンとの意思疎通がもっと手軽になる時代が早よこないかな、と切実に思いました。二度手間感あるけど。

さて、今回はアルバムの2曲目”Incognito”について。
Apple Music とspotifyで聞けます。こちらはspotifyのリンクです。

「他人と自分はどうして生まれるか」というアルバムのテーマに対して、人間同士の関係に付随する「匿名性」がテーマの曲です。

この曲につけた詩を書きます。(詩についての詳細はこちらをご参照ください)

Incognito

ナイフとフォークで綺麗に切り分け
すっ、と何事も無いように口へ運ぶ
「動物を狩るなんて、野蛮ね」
皿に飾られたソースを肉に絡ませ女は吐き捨てるように一言零した
その言葉の主の向かい側に座る狩人は思う
「だから、俺は飯を食えているがね」
口にはしない、だが確実に狩人は蔑む

そうやってお互いの溜飲をさげる
そうやってお互いを満たしあった
そうやって均衡を保ち、「関係」と呼んだ

さしずめ、何か諍いが起これば
ナイフとフォークが実行犯であると2人は逃げるのだろう

「これが1人の人間の脳の仕組みだよ」
生物の中枢で起こる莫大な量の化学反応の内、
蟻と象の大きさの割合ぐらいしか認知出来ない出来損ないの「意識」というシステムの説明
狩人が狩人であり、狩人たらしめるシステム

「成り立つんだ、溜息が出るほど美しく、ね」

さて
肉を調理する私は
脳のどの役割を果たすだろうか?



この詩と曲とテーマの匿名性についてのリンクを書いていきます。
詩を読み返すと、日本語がおかしな部分あって非常に恥ずかしい。

”Incognito”は、匿名という意味でつけました。
匿名って、他人から存在を認識されていても素性は開示していない状態ですよね。これはネット上でよくある状態と思うんですが、顔を見合わせている人であっても、相手の脳内って「存在は認識しても本心が全く分からない」状態です。その本心の情報の開示は本人次第で口に出す人間もいれば、出さない人間もいる。これによって人間同士は付き合っていけてると考えられるし、逆にこの状態のせいで平等な関係は成り立たない。狩人を野蛮だと卑下する女と、「野蛮という蔑む感性を持つ人間」の存在によって職が成り立っている、利用しているのはこちらだと女を蔑む狩人の関係の対比です。

2段落目は、このふたりの本心が分かっていない状態を「ひとつの関係」と定義してます。「匿名」という題名はこの状態の例えです。

詩の3段落目の諍いとは何か。
実行犯はナイフとフォークであると逃げるとは何か。

4段落目は、この二人の対比は「1人の人間の脳の仕組み」であると解説する第三者に視点が移ります。2人の関係を意識というシステムの説明である、とあります。この部分を再度抜粋します。

生物の中枢で起こる莫大な量の化学反応の内、
蟻と象の大きさの割合ぐらいしか認知出来ない出来損ないの「意識」というシステムの説明

「手を動かす」という動作だけでも、どの筋肉をどの順番で運動させ、どれぐらいの力加減か、その動作によって崩れる身体のバランスの整え方など、凄まじい量の情報を脳は伝達します。でも、自分の意識は「手を動かす」ことしか理解できません。

意識は、脳の働きを本当に極々一部しか認識できない。そんな出来損ないのシステムが詩の中の女と狩人の関係のようだ、と4段落は続きます。3段落の諍いは、女と狩人の匿名と例えている関係が崩れることであり、意識で話すと「認識できない脳内の化学反応だけでなく自分の行動も理解できない」といった所でしょうか。この部分は人それぞれピンとくる考え方がありそうです。

フォークとナイフは、女と狩人の食事の需要と供給の関係がないと使うことがありません。2人がいないと生まれない概念の象徴、人間同士がいると生まれるもの。人それぞれ思い浮かべると思います。自分の場合、人間関係や社会や常識です。これのせいにして逃げること、意識の視点で言うと現実逃避のような意味合いです。

5段落の美しく成り立つ、というのは意識が自分の脳内の化学反応を認知できないことや、肉を食う女と肉を調達する狩人の関係を匿名と例えている状態のことです。狩人が狩人であるには(この詩の中では)相手である女に自分が裏で女を蔑んでいることをばれないことがこの関係を維持する上で必要で、これによって関係が成り立ち狩人でいれること。

そして最後。4段落から現れた人の話を聞いている人、というような視点です。その人は、自分を「肉を調理する私」と表現してます。これは、女と狩人にとって、中立の立場です。

俺にとっての正解を書きます。
(正解の意味はこちらをどうぞ)

自分の思ってることを口に出す女と、思っていることを臥せる狩人によって成り立つ関係。この中立に位置する人間を、脳の役割でいうと何か。

ある友人は女は自我、狩人は隠している欲求のように感じて、過去を元に中立でいられる記憶が役割だ、と言ってました。すごく納得しました。

自分は「理性」と考えています。
理性は、自分が経験したり認知したことを元に物事を判断する能力です。

何が正しいか?何が間違っているか?を判断する能力は、全て過去の自分の経験によるので、他人からみると誰もが正しいし誰もが間違っている。

肉を食べる女は自分が正しいと思っているし、狩人も同じ。

過去由来の自分の判断基準は、匿名と例えた女と狩人の関係のように自分にとっての正しさであり、それを正しいと思う意識は裏で(この詩では脳内で)なにが起こっているか分からないまま盲目的に過去の自分を信頼している。

他人と自分を生む境界線(アルバムのテーマです)は、過去の自分由来の判断基準で生きていくので生まれる、というのが、自分のこの曲の詩に対する正解です。

この曲について思索にふけった友人が自分とは違う結論に至り話してくれました。人それぞれの解答聞いてみたい。

詩についてだけで長過ぎました。
次回は曲について。

今まではふざけたブログばっかなのと、ライブのMCのせいで真面目すぎなのに違和感あるな。

坂梨