住民投票 | さーくんブログ

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さすらい者の独り言


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今日は面白くもなんともない政治の話。いや、本当に面白くない。覚悟してくれ。


ネタ振りでもなんでもなくて、政治の教科書のような話になる。


無理にとは言わないが、是非読んでは頂きたい。


先日、九州ではあまり話題にならなかったが、東京の小平市で現代議会制民主主義を脅かす


訳の解らない事が起きている。


発端は東京都が計画した新しい道路計画。


慢性的な道路渋滞に悩む人にとっては期待の大きな物だったかもしれない。


当然、反対の立場の人もいる。特に古くからある玉川上水を横断する形で計画された道路なので、


樹木等の大規模な伐採計画など、自然環境や景観の問題を含めて議論を呼んでいたようである。


私はこの計画、反対でも賛成でもない。って言うか知らない土地だし見たことも無いから、


当然、そんな状況で無責任な事を言えるはずもない。これについては現地の人達や関係する人たちで


どうするかを正しい手続きで決めて頂けばいい。正しい手続きで、だ。


正しい手続きとは、自らが選挙で決めた首長とそれを監視し、その首長が出す政策を承認する議会の


決定に委ねると言う事だ。これは、現在の憲法や地方自治法に於いても明確に規定されている。


だが、この都市計画に反対する人達は署名を集めて住民投票で賛否を問うように議会に働きかけた。


そして、それを議会が承認した。もう既にここでおかしいのだ。


住民投票と言う手法を端から全て否定はしない。


例えば議員のリコールと言うこれも法律で保障された住民参加の権利はある。


しかし、これが都市計画と言ったような政策課題にあうのかは甚だ疑問である。


いつも私は「火葬場の理論」と言う言い方をする自論がある。


人が生活している以上、必ず人は死に、死体が発生する。


それを償却する火葬場は、現代の人間生活に於いて必要不可欠な物だ。


しかし、悲しいかな、これが自分の家の隣りに出来る事をして了とする人は殆どいない。


これは例えばつい最近まで大きな問題になっていた放射能を浴びたとされる瓦礫の受け入れも同じだ。


誰かが受け入れなければある一定の人間が大きな不利益を生じる問題があれば、


「公」の概念に立って反対を押し切ってでも進めなければならない政策と言うのが厳然と存在する。


現在の100人中99人が反対しても一人の為に実行しなければならない政策と言う物は存在するのだ。


そう言った事に冷静に対処するための現在の代議員を選ぶ選挙であり議会制民主主義だ。


言い方は非常に悪いが「地域のエゴ」の為に他の人間に不利益をかぶせていいと言う話ではない。


小平の事を言っているつもりなどないが、例えば、ここに大規模な道路を作れば周辺自治体が


非常に便利になるし経済も活性化する!と言う話はいくらでもある。


しかしそう言った便利な計画が持ち上がった際に


「うちの市を通られては困る」と一つの自治体が言い出せば周辺住民が大変な不利益を被る。


そう言う話は現実にある。


先ほどの火葬場じゃないが、皆が「うちの街には要らない!」では全く話など進まない。


その為に、その地域の思いはあったとしても、もっと広い範囲や、将来にわたる有益性を


冷静に判断が出来る人間を自らの代表として、選挙を行って議員を選んでいるんだ。


これに判断して貰わねばならない、と言うのが現在の決まりだ。


都市計画と言った内容の物は特に、それぞれの思惑や現実的な利益が複雑に絡み合う。


これを、其々が、これも非常に言い様が悪いが、それこそ個人の主義主張のみで方向性が決定される


住民投票などに委ねていい訳も無い。その地域が望んでなくても他地域が望んでいる事もあるのだ。


そこに自己犠牲の精神も含めた「公」の概念が必要なときは厳然と存在する。


いくら住民からの署名が集まったからと言って、議会が承認する事がそもそもおかしいのだ。


議会に本来委ねられている決定権や未来に永劫に渡る責任を全く放棄しているに等しい。職務放棄だ。


しかも迷走は終わらない。この住民投票に対して市長は投票率が50%に達しないなら開票をしない!


と言う条例の制定を議会に提案して承認されている。なんだこれは一体??


住民投票を認めた議会も訳が分からないが、自らが37%の投票率の選挙で選ばれたこの市長の


言いぐさも全く理解不能だ。しかも、この議案を通した議会って一体なんだ??


いや、大変申し訳ないが、自らの議決行動等に整合性や信念などないのか??


そりゃあこんな議会相手なら住民投票を願いでたくなる気持ちも解ろうって話だ。


いいか!直接参政権を一旦認めた以上、これにどんな背景もある訳がない。


棄権すると言う行動まで含めて参政権の行使だし、その中で示される民意は民意だ。


衆議院や参議院の選挙で、投票率が50%を切っていたら、その選挙は無効なんて話は無い。


だいたい50って数字の根拠はなんなんだ?こんな横車が認められるなら為政者のやりたい放題だ。


「次の選挙で投票率が90%以下の場合、その選挙は無効として開票はしません。


即ちすべての議員が留任となります。」


ってな、無茶な論法が通るって話だぞ。こんな出鱈目な話が国民主権を掲げる憲法の存在する、


民主主義を標榜する国家で起きるなんて、もう情けなくて話にも何もなりはしない。


冒頭に言った様に、私は、今回の計画自体が妥当な物であるのかどうかの詳細は知らない。


しかし明確に言える事は、この町では民主主義の理念が全く生かされていないし、履き違えている!


そもそもこれを決定したのは市長だし承認したのは議会だ。


そしてその議会が、自らの説明責任などすっかり放棄して、住民投票を決めて、あろうことか


市長の出した「50%以下のなら開票もしない」に同意までした。


一体何をやっているんだ!?こんな事だから「議員なんていらない」や「議会不要論」まで囁かれるのだ。


そりゃそうだろう。私が市民なら、間違いなく、こんな議会は要らない。何の責任も取ってない。


自らの存在意義さえ否定しているのだ。


が、これを選んだのも、投票を放棄した人も含めた市民だ。となると誰にも文句は言えない。


再度言う。都市計画をはじめとする政策決定は住民投票には馴染まない。


こんな原理原則も議論しないで住民投票を承認する議会に、自らを正当化する資格は無い。


況してや、投票率で足枷を付けるなどと言った民主主義の根幹を否定する様な議案を提出する市長や


掌を返してそれを承認する議会は、今一度憲法の条文を読み返して


二元代表制や、議会制民主主義の何たるかを学んで来い!!


そして私の立場では本来は言ってはならないのかも知れないが、敢えて言おう。


市民も自らに降り懸りそうな問題がある時だけでなく、こんなことにならない様に


普段から政治に関心を持って、それに対応できる資質のある人間を選挙で選ぶべきだ。


「あんな人達じゃダメよね~」と言うのなら、そうじゃない人間を最初から選んでいればいい事だ。


それが出来ているのかを胸に手を当てて考えるべきだ。私も自戒の念を込めて今後の事に臨もう。


しかし、大変お粗末な騒動の一部始終である事だけは間違いない。


政治の質が落ちているのは、自らに対する叱責も含めて、間違いが無いと言わざるを得ない。


しかし、その責任の一翼を担っているのは、間違いなく私も含めた一般国民であるのも事実だ。


皆さんもよくよく考えて欲しい問題である・・・


本当に面白くもなんともない話でスミマセン・・・

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