「綱渡りの男」モーディカイ・ガースティン作/川本三郎訳 小峰書店 2005年 定価1600円

 

 

台風が去り、澄みきった秋の青空が広がると、

いつもうつむいて歩いている私も、

つい空を見上げてしまいます。

今日のブックレビューは高い空にロープを張って、

綱渡りをした若者の物語です。

(高所恐怖症の方、ごめんなさい…)

 

 

主人公は大道芸人のフィリップ。

彼が一番好きな曲芸は、ロープの上を歩いたり、

その上で踊ったりすることです。

ある日、空にそびえる2本のタワーを見上げていた

フィリップは、

そのあいだを歩くと決めました。

警察やタワーの持ち主に見つからないよう、

200キロの鋼鉄でできたロープと、

(といっても、太さは2センチしかありません)

作業につかう道具をエレベーターに運び込み、

真夜中に作業を始めます。

 

8メートル半のバランス用の棒をもったフィリップは、

朝日とともに、ロープを渡りはじめます。

1時間ロープの上を歩き、踊り、

観衆にあいさつをした彼は、

警官に逮捕され、裁判所につれてゆかれます。

 

それにしても、なぜここまでして

ロープを渡ろうとするのでしょう。

その理由は、渡っている時にフィリップがつぶやく、

「ここにはぼくひとり。なんて幸せで、自由なんだろう」

という言葉に表されています。

 

そう、この2本のビルは、

世界貿易センターのツインタワーです。

ニューヨークのシンボルとして、

一日に5万人が働き、

20万人の来館者を迎え入れていた建物は、

2001年の9月11日に破壊され、

今はもう存在していません。

 

この絵本には、破壊された自由、

もしくは破壊されない自由、

というメッセージも込められているのです。

 

真夜中の場面は黒と青、

ロープを渡る場面は青と黄色を基調としながらも、

それぞれ多彩な色で描かれていきます。

実話をもとにしているだけに、

ロープの張り方や渡る様子にリアリティがあり、

思わずひき込まれてしまう。

 

作者のモーディカイ・ガースティンは1935 年、

アメリカのロサンゼルス生まれ。

ニューヨークで長年テレビアニメの制作に

たずさわってきました。

この絵本は、2004年にコールデコット賞を

受賞しています。