最近、「キングダム」が映画化されるようで

話題になっております。

私が弁護士になりたての頃、ボスに「キングダム」を勧められました。

なにより、人間に対する理解が必要な職業として、

勉強になると。

 

 

ボスが好きだといっていたキャラクターは、「呂不韋」。

少しボスに似ていると思いながら、私も共感できる部分が多くありました。

 

 

呂不韋は、たくさんのお金を使って、周りの人を豪遊させます。

ぱっと見で、成金主義の強欲おじさんとしか

とらえられないキャラクターにも実は、信念があります。

「"天下"とは、"貨幣制度"によってもたらされたものだ」

…"金"こそが人々の"欲"を増幅させ、

他人との"裕福度"を比較する物差しとなり、

そのことが他人より多くを得たいという強烈な"我欲"をもたらしたのだ

…もし、呂不韋自身が国を担うならば、

大商人時代に金を通して誰よりも深く人の世を洞察してきた上で得た稀有な知識と経験により、

暴力ではなく豊かさで全体を包み込むのが自身の考える

"正しい中華の統治"」と断言します。

 

 

確かに、お金を使って統治をする、聞こえは悪いです。

しかし、呂不韋は戦争によって人が傷つきながら、

統治を目指そうとすることを拒否します。

お金は大事なものです。

そして、それによって

良いこともできれば、悪いこともできる。

良かれ悪かれ、欲望を生み出します。

 

 

 

そういった呂不韋も最終的にのちの始皇帝「政」に

敗れてしまいます。

この結末が、よかったのか、悪かったのかは一概には言えませんね。

 

 

さて、それほど、大きな力と私欲の根源となるお金。

夫婦間においても、お金に関するトラブルは多いですね。

もちろん、過度な浪費等は、離婚原因になると考えられまが、

今回は、親権・監護権への影響を考えてみます。

金遣いが荒いというのは、子どもへの影響を

裁判所はどう考えているか。

 

平成21年1月6日横浜家庭裁判所審判によれば、

申立人(母親)は,月々の生活費の不足のために安易に消費者金融からの借入れに頼り,

さらには多数回の高額商品の購入・質入れという通常の日常家事債務の域を超えた

方法による現金の入手という方法を取るなど,申立人の金銭管理能力に大きな不安がある。

親権者の職務には財産管理も含まれることを考慮すれば,未成年者らの親権者を

父親である相手方とし,監護権者は申立人とするのが相当である。」

 

これは、離婚の際に父親が親権者となっていたけれども、

母親が監護していた事例で、母親の金遣いが荒かった。

そこで、父親が子どもを連れ去ったところ、

母親が親権者変更の申し立てをしました。そこでの判断です。

これは、親権者という権原の中には財産管理権もあるため、

お金をちゃんと使えない人は、親権者としてふさわしくない、

ということです。

お金は、稼ぐより、使うほうが難しいとか聞いたことがあります。

裁判所としても、お金を使うのが下手すぎる人に

親権者としてふさわしいとは言えないと考えています。

(もっとも、この事件はそもそも、父親が親者で親権を変更する必要があるか、

という観点から考えていますが)。

 

 

お金も含めてですが、

離婚をするといことになれば、

相手の悪口を言ったり、相手の不足している点を

お互いに言いあいます。

では、お互いに悪い点があるとして、どちらが正しいか。

先述の呂不韋は言います。

「命懸けで戦う者達の思いはそれぞれ

何やら大義のために戦う者

仲間のために

愛する者のために戦う者

ただ私利私欲のために戦う者

復讐を果たす者

しかし 誰も間違っていない

どれも人の持つ正しい感情からの行動だ」

※1 キングダム39話

 

 

多分、誰も間違っていないんです。

だからこそ、難しい。

だからこそ、過度に一般化して「これなら勝てる」「それは違う」などと決めつけないで、

一人ひとりと向き合い、最善の結果が得られるように日々がんばっていこうと、思います。

 

※1 原泰久さん「キングダム」(集英社)第39巻

私は、最近、引っ越しをしました。

以前は、大学生が住むような狭い部屋(でも好きな場所でした)でしたが、

社会人が住むような部屋に引っ越しをしました。

大変快適な環境に、日々感謝をしております。

 

 

私は、実は、法学部を出ております(笑)

憲法には「居住移転の自由」(憲法22条)の自由が認められます。

私が、引っ越しが自由にできるのは、これのおかげです。

この憲法の規定には、長い歴史があります。

封建社会においては、人々は「その土地」で「その職業」しか

できませんでした。そのため、居住移転の自由なんてもってのほか。

しかし、

のちに、居住移転の自由が認められます。

これは、人権が確立して国家からの自由が認められるからです(建前は)。

国家の本音は、これによって「労働者」を作り出し資本主義という体制を作ろうとしていました。

 

 

そんな大学時代に習ったことを思い出しております。

確かに、住んでいる場所で環境が変わったり、気持ちが変わったり、というの

それだけで「価値」だなとか思います。

 

さて、離婚において居住移転の自由を発揮するといえば、

「別居」ですね。

このブログでも、別居をするときの注意や、

別居の効果等を書かせていただきました。

 

そこで、今回は別居をされた側からの話です(別居した方も少し)

 

 

相手がどこかに行ってしまって場所がわからない時、

出ていかれた側が離婚をしたい場合、どうするか。

夫婦関係調整調停も、婚姻費用調停も「相手方」の欄に

住所を書かなくてはなりません。

裁判所に、相手方へ書類を送付してもらえないと、手続きが始まらないからです。

そこで考えられるのは、以下のような手続きです。

 

 

●戸籍の附票

出ていった人が住民票を移しているのであれば、

戸籍の附票をとると、住民票の動きがすべてわかります。

そもそも、自分で取れない場合には、弁護士に頼むと、

弁護士の権原で取得することができます。

そうすると、住所が判明します。

 

●就業場所送達

住所がわからなくて、勤務先はわかっている。

こういった場合には仕事場所に送り付けて、

送ったことにしてしまうという方法もあります。

 

●探偵を雇う

探偵を使えば、探し出してくれるかもしれません。

これに関しては、少し費用が掛かってしまうかもしれません。

 

 

 

他方で、別居をしてた方、出て行った方として

手続き上住所を隠したい場合はどうでしょうか。

この場合には、裁判所の手続上「住所秘匿」の手続があります。

裁判所には、本当の住所を伝えたうえ、相手には伝えないでほしいと

裁判所に伝えます。そうすると、住所を明らかにせず、手続が進められます。

この場合、申立人の「住所」にはかつて一緒に生活していた時の住所や、

実家の住所とかを記載すればいいことになっています。

でも、空欄はいけません。

 

 

 

このように、実は、離婚手続きにおいても、

住所については、いろいろと双方思惑があります。

別居は、「ひどい夫(妻)からの自由」、新たなパートナーの選択、

人生の新たな旅立ち。別居をする側の建前と本音はどこにあるでしょうか。

 

少し前に大谷翔平さんが愛読しているということでブームが再燃した

「チーズはどこへ消えた?」※1

この本は、チーズが突然なくなってしまった時に

すぐに別のチーズを探し出すネズミと、

なくなった理由を探したり、戻ってくるのではないかと考えて

その場にとどまる小人のお話です。

 

その中で小人は、最後に「人が恐れている事態は、実際は想像するほど悪くないのだ。

自分の心の中に作り上げている恐怖の方が、

現実よりずっとひどいのだ。

彼自身、新しいチーズが見つからないのではないかという恐怖から、

探しに出かけようという気にすらなれなかった。

しかし、出かけてみると、先に進むのに必要なチーズは見つけることができた。

今は、もっと見つかると予測しているし、先のことを考えるだけで、胸が躍る」とあります。

 

だから、別居に関しても、いろいろな思いがあるかもしれませんが、

自分のなかで大切な意味を見つけていっていただけたらと思います。

 

 

※1 スペンサー・ジョンソンさん「チーズはどこへ消えた?」門田美鈴さん訳(扶桑社)p37

テレビを見ていて、心を奪われるアイドルがいると、

日々の生活が輝きますね。

もちろん、実際に会えるわけではないのですが、

いわゆる目の保養です。(笑)

 

アイドルというのは、そもそも日本語にすると「偶像」

神様などを身近なものにするために、人間をかたどったものです。

だから、身近な存在であってはいけないのです。

 

 

アイドルで思い出すのは、私の好きな映画の一つ「キサラギ」。※1

この映画では、焼身自殺?で亡くなったキサラギミキを偲んで、

一年ぶりに、そのアイドルの追っかけたちが集います。(この後ネタバレ)

そして、自殺で死んだとされていたアイドルが、

不慮の事故だったのでは、という仮説を立てます。

すなわち、ドジっ子だったキサラギミキがキャラクターのディスペンサーを

まとめて購入して、油、洗剤、シャンプーなどをまとめて入れ替えます。

 

そのディスペンサーの見た目が似ていたために、

洗剤を使おうと思っていて誤って油を使ってしまい、

運悪く地震がおこって、火事になってしまったのではないか、

と、追っかけたちは、推理します。

 

 

ちなみに僕は、以前、シャンプー、リンス、ボディソープを

ほとんど同じ容器に入れていました。見てもわからないということを前提に、

自分が洗う順に並べて、順番に使うことで、間違えないようにしていました。

 

 

同じようなものがあるときに、

どういう順番にするか、どういう風に分類するかというのは、

大事な問題です。

 

 

さて、民法の家族関係に関する規定には、

夫婦の義務というのが、いろいろな義務が規定されています。

そして、夫婦の義務とは別に、

ルール違反としての離婚原因というのが分類され、

規定されています。

 

1 夫婦にはルールがある (夫婦に課される義務)

2 ルール違反があると離婚になる(離婚原因)

 

この二つの観点は、似ているようで少しだけ違います。

例えば、同居する義務というルールがあったとして、

これに反しても直ちに、離婚になるわけではありません。

単身赴任になっても、離婚にならないのは当然ですね。

 

他方で、

ルールには書いていないけど離婚原因になることがあります。

すなわち、貞操義務(浮気しちゃダメ)というのも義務としてあります。

でも民法に書いてありません。

でも、不貞をした場合に、現在は離婚原因となります。

 

 

では、似たようなものはどのようにして、

義務として記載するか離婚原因にするか、分けたのでしょうか。

 

大村先生によると「明治民法はもともと、夫婦の義務を定めるに際して、

強制執行の可能な義務のみを条文に書き込み、

そうでない義務は同条には書かず、離婚原因とするにとどめるという方針をとった。

ところが、判例が同居義務の強制を認めない姿勢を示したのに続いて、

現行の752条には同居・扶助義務に加えて、

およそ共生を観念しえない協力義務が書き込まれた。

そのため今日では、貞操義務が752条に書き込まれていないことの説明が

困難になっている」といいます。※2

 

 

 

似たものは並べる。

そして、その意味を考え並べる、整理する。

法律の書き方も、ディスペンサーも同じなんです(笑)

夫婦のルールというディスペンサーに何を入れるか、

離婚の理由というディスペンサーに何を入れるか、

これは、一つの思想、好みであったりします。

 

 

似ているものだから少しの違いが

「他とは違うそれ」を生み出します。

何度もブログで書いておりますが、神は細部に宿る、です。

人間もどうせみんな同じです。

手があって、足があって、目が二つあって、

口が一つ。大した違いはありません。

 

 

それでも、ほかの人ではなくその人と結婚をします。

他の人とは違う、小さなそして意味のある違いが、

結婚する理由であり、

離婚する理由なのかもしれませんね。

 

 

※1 脚本古沢良太さん、監督:佐藤祐市さん、主演小栗旬さん、ユースケ・サンタマリアさん、香川照之さん他、「キサラギ」

※2 大村敦志先生「民法読解 親族編」(有斐閣)p63

 

私は、自己紹介のつかみとして

「ビルフェチ」です、といいます。

大きな建物をみるのが好きで、キャッチーな滑り出しができます。

少し変な人に見られますが、

 

 

さて、何を好きになるか、好きとはどういうものか、

というのは、行動科学の分野でも一大分野となっております(多分)

 

「経済学者は選択は好みを「示している」と考えるが、

心理学者は逆に選択が好みを生むのではないかと考える。

狐がブドウとサクランボから「自由選択」でどちらかを選び、

選んだものの方が好きだといったとする。きつねは食べたいものから選んだのだろうか、

それとも選ぶものを食べたいと思っているのだろうか。」※1

 

 

そう、自分は、運命の人を選ぶのか、

選んだから運命の人なのか、というのは、難しい問題ですね。

 

「逃げるは恥だが役に立つ」でみくりママは言います。

運命の相手ってよく言うけど、

私そんなのいないと思うのよ。

運命の相手にするの。

意思がなきゃ続かないのは

、仕事も家庭も同じじゃないかな? 」

 

 

 

それでは、選んだ人が運命の人ではなかった場合に、どうなるでしょうか。

民法では、婚姻が無効(初めから効力ない)となる要因として

「人違いその他の事由によって

当事者間に婚姻をする意思がないとき」(民法742条1号)

が挙げられます。

「運命の人じゃなかった」というのは、

残念ながら、無効ではありません。

人違いというのは、どこまで現実的に生じるか、

というのはなかなか興味深いですね。

 

結婚したらトイレのふたを閉めない人だった、

結婚したら、料理ができない人だった、

こういった事情は、「法律行為の縁由」に関する錯誤と言って、考慮されないといいます。

 

 

 

それでは、無効とまでは言えないまでも、

一応有効な結婚だけど、やっぱやめた取り消したいという場合にはどうでしょうか。

民法上は、父母の同意がない、

不適齢者の場合、

再婚機関禁止内の場合、

詐欺強迫による場合、

近親婚の場合(民法731条から736条)が挙げられます。

 

裁判例でもこんな事件がありました。

結婚をする際に年齢を偽っていたのですね。

この事件は、24歳と偽っていたが、実は、52歳だったというものです。

平成18年11月21日東京高裁判決「19歳の年齢の差があっても,

両者が年齢の差を承知した上で,なお愛情に基づき婚姻するということはあり得るが,

上記のとおり,被控訴人〔1審原告〕にとっては,控訴人〔1審被告〕の

年齢が52歳であるか24歳であるかは,婚姻後の生活設計が土台から異なってくるような違いであり,

52歳の女性と婚姻することは予想外のことであったと認められるから

被控訴人〔1審原告〕が控訴人〔1審被告〕の年齢を24歳と誤信していたことは,

婚姻意思に重大な錯誤があったというべきである。

 

 

裁判所でも言っていますが、

年齢の差を承知したうえで婚姻することはあり得るのです。

覚悟を決めて「運命の人にする」ということはあり得ます。

 

心理学的に言っても選んだけれどそれを好きになれないことはありますよね。

おそらく、取り消しという手続きでなくでも、

取り消し訴訟を全面的に争っている期間が長ければ、

婚姻を継続し難いといえるかもしれませんね。

つまり、離婚です。

 

婚姻取り消しは、財産関係は最初にさかのぼります(例外がありますが)が、

身分関係は初めからなかったことになりません。

 

 

 

婚姻取り消しするか、

離婚をするか、

運命の人にするか、

難しい選択ではありますが、自戒を込めて言えば、

少しぐらい怠けていても、許してください(笑)

 

 

 

※1 トム・ヴァンダービルドさん「好き嫌い 行動科学最大の謎」(桃井緑美子さん訳)p15

※2 逃げるは恥だが役に立つ 第8話

私は、実は、去年まで飛行機に乗ったことがありませんでした。

なかなか機会に恵まれず、「初めて」がこんなに遅くなってしまいました。

 

「初」という漢字は、「衣」編と「刀」からできており、

もとの意味は、「衣(布地)を刀(鋏)で裁つ」。

すなわち、「初」とは、まっさらな生地に、初めて刀(鋏)を入れることを示し、

「初心忘るべからず」とは、「折あるごとに古い自己を断ち切り、

新たな自己として生まれかわらなければならない、そのことを忘れるな」

という意味なのです。※1

 

 

 

私は、飛行機に乗ってあらたな自分と向き合いました。

こうして、成長すると、初心に帰るべきポイントがありますね。

「はじめの一歩」というボクシング漫画で、

「伊達さん」という強いボクサーが登場します。

 その人は、世界チャンピオン、つまり、最終到着地点に、

 初心に帰ります。

 

「思い出したよ

オレがここに立っている意味を

戦う理由を ようやく・・・・」

見せたかったんだよ 愛子にカッコいい所を

それがオレがオレであるコトなんだ!! 

ホレた女の前でカッコつけてえ 安物(チンケ)な夢かもしれねえよ

だけどオレにとっちゃ 一番重要なコトなのさ!」※2

ホレた女の前でかっこつけたい、

わかる気がします。(笑)

 

 

そういった初心の気持ちを思い出すと、

目指すべき方向性が再確認できたりしますね。

やはり、この気持ちは、

初めの一歩であり、到達すべき最終地点なのかもしれませんね。

 

 

 

そう、このはじめの一歩というのも

裁判例においては、とても重要な意味を持つことがあります。

 

 

 

ハーグ条約に基づく判断の後の人身保護請求事件。

お父さんがアメリカにいて、子どもと暮らしていました。

しかし、お母さんがお父さんの同意を得ることなく、

子どもと一緒に日本に帰国。子どもは、日本にいたいと強く思っています。

お父さんから、お母さんに子どもを返せ等請求がされました。

なお、子どもは13歳で、2年弱日本にいました。

 

平成30年3月15日最高裁判決によれば、

「11歳3箇月の時に来日し,その後,上告人との間で意思疎通を行う機会を十分に有していたこともうかがわれず,来日以来,被上告人に大きく依存して生活せざるを得ない状況にあるといえる。そして,上記のような状況の下で被上告人は,本件返還決定が確定したにもかかわらず,被拘束者を米国に返還しない態度を示し,本件返還決定に基づく子の返還の代替執行に際しても,被拘束者の面前で本件解放実施に激しく抵抗するなどしている。これらの事情に鑑みると,被拘束者は,…被上告人の下にとどまるか否かについての意思決定をするために必要とされる多面的,客観的な情報を十分に得ることが困難な状況に置かれており,また,当該意思決定に際し,被上告人は,被拘束者に対して不当な心理的影響を及ぼしているといわざるを得ない。」

 

 

でも、それは、はじめの一歩が連れ去った親に

依存せざるを得なかったことから、それに基づいて

新たな関係がきづけていたとして、ちゃんとした子どもの意思ではない、

という判断なんですね。

つまり、返さなくちゃいけない、という判断です

(もちろん、はじめの状況が大事、ということを判決で入っておりませんが、

ブログの構成上ご勘弁を。)

 

 

ハーグ条約に基づく引き渡し請求は、

どちらの親が適切かという手続きではありません。

この先がどうなるかというと、元の国に戻って、

元の国で、きちんと親はだれが適切か、

ということを審理しましょうということ。

私の予想ですが、おそらく親権者としては、

連れ去った親になるのではないか、と思います。

 

だからいったん返さなくてもいいんじゃないか、

子どもの負担だということも当然考えられますし、

そうはいっても、連れ去ったもの勝ちになることは、

やはり、よくありません。

 

さらに言ってしまうと、

ハーグの結果は、世界中にも影響があり、

ハーグについては、政治的な判断もある、という指摘もあります。

そんなこんなで、

最高裁として、初めてハーグに関する判断が出たということで、

盛り上がりました。

 

 

 

はじめの一歩は大事です。

でも、本当の意味で初心というのは、

時期的に最初だけでなく、その都度、その都度、

訪れます。

いつでも、目の前に広がっているのは、まっさらな生地のはずなんです。

いままで、こう切ってきたからそのままの延長で…

というのも一つの判断ではありますが、

気持ち次第では、今までの自分を断ち切って、

いつでもやり直せます。

 

皆さんにとっても、離婚が今までの自分を裁ち切る、

大切な機会になればと思います。

 

※1 安田登さん「能 650年続いた仕掛けとは」(新潮新書)p14

※2 森川ジョージさん『はじめの一歩』(講談社)38巻

 

突然ですが、

秋も深まってまいりましたので、一句(笑)

 

これやこの 行くも帰るも 別れては

知るも知らぬも 逢坂の関―蝉丸

(そう、ここだ!

 出発する人も、帰ろうとする人も、

 知っている人も、知らない人も、

 富める人も、貧しい人も、みんな行き交い、すれ違い、

 あっては別れを繰り返す、ここがその、逢坂の関)※1

 

 

さて、私はほとんど毎日家庭裁判所に行っております。

その中で家庭裁判所というのは、

逢坂の関だったりするなと思っております。

 

 

離婚をする人、

夫婦円満調停が成立する人、

待合室で隣り合うのは、知らない人で、

でも知っている人もたまにいる。

男性も女性も、法テラスの人もそうでない人も、

すれ違うなと思います。

 

 

木ノ下裕一さんは、

この句の解釈として

「私たちは常にいろんな人とすれ違っている。

その中にはたまたま出会って仲良くなる人もいれば

すぐに分かれて二度と会わない人もいる。時間も、

人間関係もすべては移ろっていくのがこの世界だ。

だからたとえ今、みんなと仲良くなれなかったとしても気にすることはない。

 

 

様々な人間模様渦巻く、家庭裁判所の待合室。

まさに、うつろうための待合室ですね。

 

 

そこで、今回は、調停とはそもそもどんな感じ?

というのを書こうと思います。

 

●申し立て

申し立ては、家庭裁判所に備え付けの申立書を記入します。

(インターネットにも落ちています)。

備え付けのものは、三枚複写になっていて、一度書けば終了です。

これに、収入印紙1200円、切手960円をつけます。

三枚複写になっているのは、自分のと、裁判所用と、相手方用です。

切手をつけるのも、裁判所から相手方に送付してもらうためです。

 

離婚であれば、戸籍謄本や年金分割のための情報通知書、

収入に関する資料を添付します。婚費であっても収入に関する資料がいります。

その他にも、事情説明書、子に関する事情説明書、進行に関する照会回答書とかをつけます。

どれも基本的には、チェックをつけたりするのみで、書いても一言のみです。

 

 

●調停の開始

申立書を提出すると、裁判所から連絡があります。

第1回目の期日を調整するためです。

第1回目については申立人と裁判所のみで決めてしまって、

その日にちで期日通知書を相手方に送ります。

このとき、受け取った方は都合が悪ければ、裁判所に連絡をしましょう。

大体申し立ててから一か月半後くらいに第一回という感覚です。

 

●調停当日

服装は基本的に何でも構いません(以外に、よく聞かれる質問です)。

また、当日、一つの調停室に調停員の人が二人います。

そこで、その部屋に申立人と相手方が交互に入って、お話をします。

大体30分交代で、2ターンするので二時間程度で調停が終わります。

開始は、午前は10時から。午後は13時15分から。

 

お互いに顔を合わせることはありません。

事前に裁判所に言っておくと、

待ち合わせ場所を変えたり、

階を変えたりしてくれる場合があります。

紫式部も一句歌っております。

めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲隠れにし 夜半の月か

(思いがけず、ばったり逢ったわね。

久しぶりに逢ったもんだから、いろいろ話したかったのに、

あなたは雲隠れする月のように、帰ってしまった。あっという間だったわ。

ねぇ、私たち、本当に逢ったわよね?確かにあなただったわよね?)※2

こんな感じですれ違うことは、ほとんどありません。

この辺は、裁判所も配慮をしてくださいます。

 

以上がざっとした調停の説明です。

そうだ、大阪に行こう。(笑)

 

 

 

離婚という人の気持ちが生きかう場所。

長らへば またこのごろや しのばれむ 憂しと見し世ぞ 今は恋しき

藤原清輔朝臣

(あきらめずに生きていけば、今の悩んでいることも、

苦しいことも、ぜんぶ、懐かしく思い出せる日も来るはずだ。

きっと。だって、あんなにつらかった昔でさえ、現在(いま)は

こんなにいとおしいと思えているんだから。だから、きっと大丈夫。※3

 

 

何百年たっても、人の出会い、別れは、うれしいものであり、

悲しいものです。しかし、何より歌になります。

いつか、逢坂の関にいるこの瞬間もいとおしく思える時間になりますように。

弁護士とも一期一会。少しの時間ですが、お供させていただきます。

 

※1 「百人一首」古典と友達になる 木ノ下裕一さん

   100de名著 for ティーンズ2018年8月p103

※2 同上p113

※3 同上p123

私は、文系ではありましたが、

理系に対するあこがれというのは、ずっとありました。

自然科学は、真理を求める学問である。

社会科学は、正義を求める学問である。

を言われたりするので、真理を求めたいという欲求はありました。

 

もっとも、真理を求めるといっても、

やはり、人間がやることで、完璧ということはありませんね。

BLEACHという漫画に出てくるマッドサイエンティスト

涅マユリさんも言っております。

 

「世界には完璧な物など存在しないのだヨ。

陳腐な言い回しになるがネ、それは事実だ。

なればこそ、凡人どもは完璧に憧れ、それを求める。

だがネ、完璧に何の意味がある?

何も無い。何も、何一つだ。

 

私は完璧を嫌悪する!!

完璧であれば、それ以上は無い。

そこに創造の余地は無く、

それは知恵も才能も立ち入る隙がないと言う事だ。

 

解るかネ?

 

我々科学者にとって、完璧とは絶望だヨ。

 

今まで存在した何物よりも素晴しくあれ、

だが、けして完璧であるなかれ。」※1

 

やはり、完璧というのは目指すべきものであるけれども、

到達してはいけない境地なのかもしれません。

 

そして、子どもが生まれることも同じこと。

完璧な親なんていないし、完璧である必要もありません。

もっとも、

離婚となれば、親権者は決めなければなりません。

したがって、

完璧でなく信用できない相手に、子どもを託す

ということをせざるを得なくなってしまうんですね。

 

 

 

最近、やはり、調停等において面会交流はホットな話題というか、

注目を集めている分野の一つであります。

例えば、平成28年3月29日千葉県松戸支部判決

(いわゆる松戸100日面会裁判)とかがありますね。

判決の内容は、従前の監護をしていない父親に親権者を指定して、

(監護者は母親)さらに年間100日の面会交流を認めるというものでした。

 

これは、フレンドリーペアレントルール(友好的な親ルール)を

採用した裁判としても関心を集めております。

フレンドリーペアレントルールというのは、

離婚後も親子の交流に寛容な親であるほど親権者にふさわしく、

交流に積極的でない親は親権者としてふさわしくない、と考えるものです。※2

 

このルールの弊害として、DVがある事案でもDVから逃げてきた親が、

子どもをDVをする親に合わせないという立場をとると、

DVをする親が親権者になるということが挙げられます

(他方、親権は取れても面会交流を半ば強制されます。

 

 

この事件は、最終的には、

このルールを採用した原審と反対の判断を高裁がしました。

つまり、監護の継続性を重視して、親権者を決めました。

なお、最高裁も高裁を支持して、平成29年7月12日に控訴審判決が確定しております。

 

裁判所では、現在、面会交流については、原則として

実施していきましょう、という方向性にあるといわれています。

そして、その方向性の極致がフレンドリーペアレントルールや、

共同親権と言われています。

 

これについては、親子断絶防止法などの動きもあって、

ホットになっております。

 

 

 

いずれにしても、何が子どもにとって大切か、

子どもが戦いの道具になってしまってはいけません。

もちろん、そんな単純でないことは、百も承知です。

だから、私も勉強をして、皆さんと一緒に

一般的な議論ではなく

「その子にとって一番何がいいか」を考えていけたらと思っております。

 

そして、親権が決められたならば、

面会交流のルールを決めてあとは、「託す」こと。

先述の「BLEACH」に出てくる話でも、

こんなものもあります。

志波海燕さんがいいます。※3

「心ってのはどこに在ると思う?

多分、俺が思うに心ってのはここにあるんだ。」

(自分と相手との間で手を握ります)

「俺とお前が触れ合うとき、心は初めて俺達の間に生まれるんだよ。

もし世界に自分一人しか居なかったら

心なんてのは何処にも無えんじゃねえかな。

だから仲間にあずければ心はそいつの中で生き続ける。

 

 

きちんと「託して」きちんと交流する。

そうすれば、心はきっと子どもの中に生き続けると思います。

 

 

※1 久保帯人さん「BLEACH」第35巻

※2 梶村太市先生、長谷川京子先生、吉田容子先生「離婚後の子の監護と面会交流」p71

※3 久保帯人さん「BLEACH」30巻

最近読んだ本に

こんな寓話がありました。※1

六人の盲目が象を触って、その正体を突き止めようとする話です。

一人目の盲人は、象の鼻に触り、「象とは蛇のようなものだ」といった。

二人目の盲人は、象の耳を触り、「象とはうちわのようなものだ」といった。

三人目の盲人は象の足に触り「象とは樹の幹のようなものだ」といった。

四人目の盲人は、象の胴体に触り「象とは壁のようなものだ」といった。

五人目の盲人は、象のしっぽを触り「象とはロープのようなものだ」といった。

六人の盲人は、象の牙を触り「象とは槍のようなものだ」といった。

それから六人は言い争いになって、自分の意見を譲らなかった。

 

 

 

離婚の話をお伺いしていると、

これに似ていると思うことがあります。

同じ生活をしているにも関わらず、

お互いに思うことが違って、

意見が違って、

事実が変わってくる。

 

では、「事実」とはどういうものでしょうか。

調停員の人も、どうにか夫婦関係を調整しようと考えています。

弁護士も同じです。

しかし、お互いが言っていることが全く違うと、

分からなくなってしまうことがあります。

 

 

そこで、調停における話の聞き方について

飯田邦男先生は「主張よりも事実を知ることが大事」だといいます。

「調停員は申し立ての趣旨や当事者の主張を重視して聞く傾向があり、

具体的な生活(事実)は、主張に関連した範囲でしか聞いていないことが多いように思われる」※2

当事者の主張というものは、事実や根拠や裏付けをきちんと

反映したものばかりではないということである。

当事者の主張には、「事実の裏付けのある主張」と

「事実の裏付けのない主張」の二つがあるといいます。

 

これは、会話を録音していたとか、写真を撮っていたという法的な「証拠」ということではなく、

「つらい」「悲しい」と感じるようになったきっかけであるとか、

「離婚したい」「結婚は続けられない」と考えるようになった原因は何か、

をきちんと聞き出す、ということが大切だという意味です。

 

 

具体的な事実について、きちんと見極めていくと、

それぞれの事実のつながりが不自然であったり、

もとになる事実からその「感情」「主張」が出てくるのは不自然だ、

という点が出てくるといいます。

 

「事実の裏付けのない主張の場合、

当事者は具体的な話をすることを微妙に避ける傾向がある。

また、話は簡単に終わったり、奥歯にものが挟まったようなはっきりしない言い方だったり、

話題をすぐ別の方に移してしまったりする。」といいます。

 

 

とここまでは、調停員がどのように調停を運営するか、という話です。

これを当事者として考えるにあたっては、

こういうことがあって(事実)、その時こう思って(感情)だから離婚したいんです(主張)など、

一貫した話をすると調停員の先生に伝わりやすいということですね。

 

 

もちろん、言いたいこと、聞いてもらいたいことがたくさんあると思います。

でも、一番大事なのは、自分が納得できる形で調停が終わること。

そのためには、調停員の方には、正確に思いが伝わることが大切です。

 

 

ところで、日本の映画に「約三十の嘘」※3という映画ありました。

詐欺師集団が久々に結集して、7000万円を獲得する犯罪を企てます。

お金はとったけどもそのお金が無くなってしまって、

互いに疑心暗鬼になるという人間模様を描いた映画でした。

そのなかで、天才詐欺師志方さんが

(だいたい)こんなことを言っていました。

「人は一つの嘘をつくと、それに付随して約30の嘘をつかなくちゃいけなくなる。

だから、一番ばれちゃいけないこと以外は、なるべく本当のことを話すべきだ」ということらしいです。

 

嘘が多くなればなるほど、それらは整合性がつかなくなってきます。

そういった一貫性がないと優秀な弁護士は、すぐに見抜かれてしまいます。

 

弁護士、裁判官、調停員は、

みんな盲人なんです。

夫婦の生活を直接見ることはできません。

そのため、当事者の方の話や、証拠をペタペタと触り、

想像するしかありません。

 

そのため、当事者の方には、

「象」のようにどっしりと構えて、本当のことを話して、

夫婦という「像」を示していってほしいです。

 

 

 

 

 

※1 戸田智弘さん「ものの見方が変わる 座右の寓話」p12

※2 飯田邦男先生「臨床家事調停学」p165

※3 脚本杉山淳一さん「約三十の嘘」(2004年の日本映画)土田英生による舞台作品を原作とする。出演椎名桔平さん、中谷美紀さん

私も昔はやんちゃしていました、と言ってみたいですが、

性格的なものなのか、悪そうなものにはあこがれませんでした。

ただ、生徒会長のときに期末テスト9教科を白紙で出した程度です(笑)

 

あのころは、あれしなければよかったな、

あのとき、あれをしておけばよかったなと思うことはよくあります。

 

バスケット漫画の金字塔「スラムダンク」※1においては、

三井寿なんかがそうかもしれませんね。

大きな大会であきらめそうになった時、

安西監督に

「あきらめたらそこで試合終了ですよ」

と言ってくれたおかげで、

試合に勝てた三井。

しかし、けがのせいで自分の居場所がないのではと感じ、

練習に来なくなってしまいます。

その後、やんちゃしてしまいますが、

久々に会ったその安西先生に、

バスケ部の復帰を願い出ます。

バスケがしたいです、、、

 

 

 

他方、で、やめてしまって戻ってこない

という選択肢もあります。

僕の大好きなバスケット漫画「あひるの空」※2でも

周りの人がうまくなっているのを見て、

チームのためではなく自分のためにだけ頑張っている

自分に気づいたチャッキーが退部してしまいます。

 

 

 

部活に戻ったものと、戻らないもの。

それぞれ、覚悟がいる判断だと思います。

やめるようにも覚悟が当然必要です。

「継続することが美徳みたいに思われがちだが、

 断ち切ることだって相当な勇気がいるんだ」

あひるの空の千秋くんも言ってます。※3

 

 

やめる、やめない

あきらめる、あきらめない。

「選択」を迫られるから葛藤が生じます

 

 

 

離婚においては、この葛藤で最も大きいものの一つは、

親権ではないかと思います。

離婚の際には、必ず親権を決めなければいけません。

単独親権になれば、親権でない親がいます。

 

さて、そこで、離婚をして親権者が決まりました。

その後、その親権者が死んでしまったら、親権はどうなるのでしょうか。

選択した後に、やはり親権になるという選択はあるのでしょうか。

 

かつては、裁判所は、単独親権者が死亡したら

後見が開始されると考えていました。

しかし、最近では、違います。

平成2年1月25日福島家庭裁判所審判では、

「本件はいわゆる『単独親権者死亡後の親権者変更申立事件』であり、

本来の親権者の指定・変更とは性質を異にするものであって、

その実体面、手続面において種々の考え方がなされるところであるが、

単独親権者の死亡後は親権者、後見人未定の状態となり、

そのいずれにするかは家庭裁判所の裁量によって定まると解するを相当とする。」

 

と判断しました。

裁判例では親権無制限回復説というのが

実務上定着したといわれています。※4

つまり、親権者が死んでしまった場合、

親権はもう一方に戻りうるということです。

 

 

もっとも直ちに戻るということではありません。

手続きとしては、

親権者変更の手続きをする必要があります。

父母側の事情としては、監護能力、子に対する愛情の程度、経済力、生活環境など、

子どもの事情としては、医師、年齢・性別、心身の状況、

現状における適応状況、新しい養育環境への順応性などを総合的に考慮することになります。

 

 

 

改めて親権者になるとしても、

それまでの期間は面会交流ができていたのか、

きちんと親としての対応ができるかなど問題はあるかと思います。

 

でも、きっと、子どもを思う本当の覚悟があれば大丈夫。

バスケ部に戻ってきた安西先生は、三井寿のことをこういいます。

「ブランクの重さを実感するたびに

 自分を信じられなくなっていったんっじゃないかな…

 …だが そろそろ 自分を 信じていいころだ

 今の君は もう十分 あの頃を 超えているよ」※4

 

自分の選択が合っていても、間違っていても、

きっと、選択を受け入れて覚悟が持てれば

その状況は、超えられるのではないでしょうか。

 

※1 井上雄彦さん「SLAMDUNK」(集英社)新装再編版 6巻

※2 日向武史さん「あひるの空」(講談社)28巻

※3 井上雄彦さん「SLAMDUNK」(集英社)新装再編版 16巻

※4 編著冨永忠祐先生「事例で見る親権・監護権をめぐる判断基準」(新日本法規)p63

 

最近、本当に肉体の衰えを感じます

少し前に、左腕が上がらなかったのですが、

今度は、右腕が上がりにくくなってしまいました…

 

はたして、私は弁護士になって成長できているのか、

それとも、昔は持っていた何かを失ってしまったのか、

秋になってセンチメンタルに考えております。

(うそです。ネタにつなげたいがための前振りです(笑))

 

 

特殊な能力を持つ人が起こした犯罪を取り締まる刑事ドラマ「SPEC」※1

ではこんなシーンがあります。

特殊能力SPECホルダー「ユダ」は言いました。

「羽アリは蟻の進化系じゃねえ。

蜂の一種が進化し羽を失い蟻になったのだ。

空を失い地を這うしか能が無くなった蟻と同じ。」

「今」というのは、昔出来たことができなくなった状態か

それとも昔出来なかったことができるようになった状態か…

私の肩は、どちらでしょうか。

私自身、SPECは使えませんが、あえていえば、

最近のブログのひらめきは、SPECかもしれません。

これは、昔出来なかったので進化だと思われます。

 

 

さて、ドラマまでのSPECは、当初ドラマで出てくるSPECは、

ありそうでないのかなという程度でした。

念動力とか千里眼とか…

しかし、戸田恵梨香さんのSPECが出てきたあたりから、

現実と大きくかけ離れてきますね。

戸田さん演じる当麻のSPECは、

死んだSPECホルダーを呼び出し、そのSPECを使える能力。

未来を予知できるSPECとか

心を読むSPEC、

時を止めるSPECが使えるようになります。

うらやましい限りです。もう、何でもありです(笑)

 

 

 

さて、この違う世界に行ってしまった人を

この世界に呼び戻すこのSPECは、

現実離れしすぎていると思いきや、

これは実は、法律にもあるんです。(笑)

それは、ハーグ条約に基づく子の引き渡し請求です。

この手続は、例えば、子どもが外国に連れていかれてしまった、

外国にいた子どもが虐待を受けて逃げてきた

など、ハーグ条約を締結している国の間、

つまり

違う国(世界)に行ってしまっている子どもの奪取

が行われたときに子どもを連れ戻す手続です。

 

 

 

この手続の特徴は、引き渡しを申したてられたら、

原則もとの住所(国)に戻すという判断が出ることです。

日本の家庭裁判所でやられるように

子の引き渡し、監護者の指定、仮処分などを数か月手続きをするということはありません。

 

申し立てがなされたら、以下の返還拒否事由がなかったら原則返還です。

1 1年以上経過して新たな環境に適応

2 申し立てる方に監護権がなかった

3 前に子を渡すことに同意、もしくは事後承諾があったとき

4 子の心身に害悪を及ぼすこと,その他子を耐え難い状況に置くこととなる重大な危険がある場合

5 子が返還を拒否している

6 常居所地国に子を返還することが日本国における人権及び基本的自由の保護に関する基本原則により認められない

 

です。

これは、申し立てられたから6週間以内に結論まで出さなくてはいけません。

そのため、この手続きでは、

誰が親としてふさわしいか

ということを検討しません。

少し驚かれるかもしれませんが、

そういったことではなく、連れ去りや不法留置がされた状態を

解消することが先決で、

誰が親として適切かということは、元の国で(あるいは行ってしまった国で)

じっくり争いましょうというのが、前提です。

これは、6週間という手続の時間制限や、法律のつくり方にも表れています。

 

 

 

そのため、裁判所、双方の弁護士さんが本当にバタバタします。

私も、裁判所の方から

「明日は朝9時に来てください、

そして、夜は9時になる予定です」と言われました……

裁判所を使った手続でそんなに一日拘束されることはまずありません。

これは、短い時間で結論まで出さなくてはいけない。

そして、多くの場合には、審判だけでなく調停も同時並行で行われ、

短期間に濃密な話し合いをする必要があるからです。

ちなみに、この時の調停員さんも特別に集められる

英語もしゃべれる調停員さんで、まさに、

プロフェッショナル調停となります。そんななか、

私のように英語もろくに話せないと、肩身が狭くなります。

 

 

この手続きは、子どもたちにとって大きな転機となる手続です。

だから、何より子どもの未来が守れるように、手続が進むことを望みます。

子どもを育てることができる

子どもを産むことができる、

未来を生み出すこと。これは、退化ではなく純粋な進化です。

これは、人類にとっての特殊能力SPECだと思います。

 

※1 「SPEC〜警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿〜』(2010年10月8日から同年12月17日まで)TBS系列。主演戸田恵梨香さん・加瀬亮さん