花を育てられない人だから | 風間観察日記 2

風間観察日記 2

精神安定剤日記

うちの実家には花がない。
そもそも花瓶なんてものがない。

うちの母は俗に言う、
「花を育てられない人」
だったからだ。

何かへの手入れをし続けるというのはとても大変なこと。
その遺伝子は俺も受け継いでしまった。


いや、
受け継いだのは
生活環境か。


何事も手入れが出来ないうちの母は

「お父さんもさみしいから」
というのを建前に
10年以上前に亡くなった
父の遺骨を仏壇に置き続けていた。


自分も死んだら父の骨と一緒に灰にして
海に撒いてくれ、というのが定型文だったけれど
どうやら手続きがかなり面倒くさいらしく断念したみたいだ。


そしてとうとう意を決したのか
なにかのチラシでも見たのか
自分の行く末のことを考えたのか

父の遺骨を長野の善光寺に置くことになった。

それもあって先週末、長野に帰ってきた…のだけど。


夜中22時に起きた地震。

揺れた。なんか横揺れで地震酔いした。

前回帰郷した時は火山噴火するし
今回は地震起きるし
長野怖い。


地震の何が嫌かって
問答無用に鳴る地震速報が嫌だ。音が嫌だ。

たぶん地震で大きい被害にあっていないからこんなことを言えるのだろうけど。


あの音が急に鳴ると心臓がかなり早くなる。
地震速報で死ぬ人とかいるんじゃないかとさえ思う。いない。


うちは長野でも南の辺りで
震源の長野からは100kmほど離れてるから被害は特になかったのだけれども
長野市の方は大変だったみたい。


そんな中、善光寺のある長野市へ
次の日向かうことに。運転めんどくさかった。

でも道もなんということもなく
ありがたいお経を聞きながら納骨も済ませて

(お経って聞いてるとなんか無駄にビブラートかかっててどうしても笑ってしまいそうになる。笑っちゃいけないから余計に笑いそうになる。不謹慎。)


ネットで接客が悪いけれど味はいいと言う
ありがちな噂の鰻屋さんも食べに行って

(行ったらやけに接客がよくて、最後に「何を見てこちらに来ましたか?」と言われたからきっとネットの噂を気にしてるんだろうなと思った)


そして無事に帰ってきた。


帰りに姨捨というPAに寄った。
姨捨伝説が残る里らしいのだが

そこでわざわざ「姨捨の里」というお土産を買って
うちのお婆ちゃんに渡した母の頭の中が少し心配になった。



心配する心配されるというのは相手のことを考えてないと出来ないこと。


地震があって
いろんな人が心配の連絡をしてくれて
なんだか不謹慎だけどとても嬉しかった。



それよりなにより心配だったのは


こんだけ揺れたのに
一切目を覚まさなかったうちの母のことが心配になった。

揺れに強い構造なのだろうか。



「死んだらお父さんのところにね」

と母は言った。


死んだら終わり
どうでもいいと考えてる俺よりも

いなくなる自分のこともその後のこともちゃんと考えている母はすごいなと思った。


なによりも、そんなこと言うなよと思った。


でもうまく言えなかったから


「長野まで行くのはめんどくさいから元気でいなよ」


って悪態をついた。




花は育てらないし
やっぱり手入れも出来ないから
出来るだけ生きていて欲しいと思うんだよ。