11月15日朝、そろそろ香港はいいかな。と思った。


基本的に、香港は日本とそう変わりない。


キレイなお姉さんもいっぱいだし、そのファッションも日本と変わりない。


ネオンが凄いけれども、歌舞伎町辺りと何が違うのかと言われれば、

言語が異なる位だ。



夜景も見たし、飲茶も一応こなした。


さて、そろそろ次の土地に移動しようか。


行き場所は、澳門(マカオ)と決めていた。


とりあえず、そこまでは深夜特急を踏襲してみよう。


出発は17日(月)に決めた。

マカオへのフェリーは土日は料金が高いし、あと1日・2日位は香港にいたい。



さて、そうなるとこの二日間はどうしよう?


そういえば、街を歩いていたとき、「デトロイトメタルシティ」の映画のポスターを見た。

「ああ、ここら辺に映画館があんのかな」と思いつつ、その時は通り過ぎてしまった。



映画か。香港は映画も有名だな……。



「インファナル・アフェア」が好きだ。


アンディ・ラウのあの、書類で太ももの横をパンパンと叩く仕草が、好きだ。



香港映画を現地で見るのもいいかも知れない。

それに日本の映画がこちらでどう受け取られているのかも興味がある。


というわけで、15日には香港映画を、16日には「デトロイトメタルシティ」を見ることにした。




香港映画は基本的に、英語字幕が付く。

だから、映像と、部分的な英語字幕の理解だけでも、何とか内容は把握できる。


15日に見たのは「奪標」という香港映画だった。






本当にクソッタレな映画だった。



第二次世界大戦前、中国代表のオリンピック選手が招集される。

何故かアピールのために、中国武術の選手も集められる。

 

開催地への渡航費用?が足りないらしく、困る選手たち。

何をするのかと思ったら。





スポーツ選手が、大道芸をし始めた。


何故だ?!



ヒロインは、陸上選手で、ライバルと夜中に決闘する。

オリンピック代表の切符をかけた戦いで、ヒロインは勝利する。

それは百歩譲る。


しかし、何故突然、前フリも無く、何にも触れてもいない「首」を痛める?!


何故だ?!



そして、渡航費用を援助してくれるスポンサーと対立する、マフィアみたいな男が引き連れてきた荒くれ者たちと、中国武術選手たちとの乱闘やら、武術大会やら、なんやかんやがあった後。



ヒロインは、短距離選手としての、選手生命が絶たれているにも拘らず、(和解した)ライバル選手の代わりに、マラソン大会に出場する。そして、ゴールで、他の選手と接触して、死ぬ。




何故なんだ?!



支離滅裂だ! 何が言いたいんだ!



オリンピックを描いておきながら、スポーツは陸上競技しか出てこない。

だったらせめて、陸上競技くらいちゃんと描いてくれよ!




映画を見るとき、観客は「映画を見る自分の立ち居地」を決めて見るものだと思う。


SFならばSFとして、ホラーならホラーとして、コメディならコメディとして。


前情報がたとえなくても、ある程度映画が進めば、その映画を「見る姿勢」まるものだ。


「少林サッカー」における、サッカーの描き方は荒唐無稽だ。

だが、その「映画のウソ」を受け入れることができるような描き方をしている。


だからたとえ荒唐無稽なシュートを打とうが、楽しめるし、感動する。


見る側が、「映画のウソ」をわかっていながら楽しもうという姿勢を取れるように、作ってあるのだ。




ところがこの「奪標」。最後にこんなテロップを流す。


「2008年 北京にてオリンピックが開催された」


つまりは、この作品と、現実を、陸続きにしたいのだ。

リアルのものとして受け取ってほしいのだ。

だったら、競技としての陸上をちゃんと描いてくれよ。



短距離選手が何故マラソン大会のトップになれようか?!





別に、「映画はリアルたれ」なんて露ほども思わない。



「現実なんてクソ食らえ。ウソついてウソついて、つきまくって、それで楽しませてくれるなら、それが良い」。そう思う。



所詮は作り物なのだ。(ドキュメントも然りであるが、それは長くなるので割愛)



しかし、ウソをつくなら、これはそういう作品なんだ、というのを明確にするべきだとは思う。


現実だというのなら、綿密に取材して、現実に即していてほしいと思う。




なんとなく「頑張ってるっぽいでしょ?」「かっこいいっぽいでしょ?」「かなしそうでしょ? こんなのって」

そういう「っぽさ」だけで作られるものには、腹が立つ。

「奪標」はそんな映画だった。



しかしすぐに、「ああ、ダメだ。ダメだ。そんなこと考えては」と思い直す。



「お前は何様だ? 死ねよ。物を知らないバカヤロウ」

そう、頭の中で誰かが言う。




故・淀川長治氏は言う。


「どんな映画にも、一箇所くらいはチャーミングな部分はあるんです」と。

僕もこの考え方を「とる」。



確かに、カンフーアクションはかっこよかったし、

公務員風のメガネをかけた、中国武術協会会長が、

意外に良いアクションしてるので、オッと思った。


そんなところか。良いところは。








作品を一概に否定する事が、僕にはできない。



そりゃあ、ふざけた作り方、と一目でわかるような代物はゴミ箱に捨ててしまえと思う。

しかし、真摯に作られた物には敬意を払うべきだとも思う。


内容がふざけていても、作品としての質を良くするためには、「徹底してふざけること」への「真摯さ」が必要だ。



そういった、何かしらの「真摯さ」が感じられる者は、決して否定してはならない。




「奪標」で演じていていた俳優たちは、腐った内容を、真摯に演じていたじゃないか。



そして恐らく、どんな内容であろうと、真摯に、作品を成立させるために、文字通り「命」を削っている、助監督は居るはずなのだ。



それが、実体験として「ある」。確信できる。


だから否定はしない。






11月16日


「デトロイトメタルシティ」を見る。

仕事で仲良くさせてもらった、細田よしひこさんがジャギ役で出ている。

脚本家は大森美香さん。こちらも、細田さんのときと同じ現場で、脚本と演出をされていた方。

怒られもしたけど、凄く良い人だった印象がある。

だから、気分的に二割り増しで見る。



概ねの感想は、ラジオでライムスター宇多丸さんが言っているものと似たような感じ。


確かに、オシャレであるべき部分がかっこ悪い。

ターンテーブルに蓋してあるってどういうことだ? とも思う。

そして、へヴィメタルが人気が出るという事自体ありえない。


が、それは、先に述べた「見る立ち居地」によると思う。


そういう「ウソ」なのだという見方に立てば、面白い。


事実、「音楽は素晴らしい的結論」は抜きにして、香港の観客にも、「奪標」より全然、受けまくっていたし、客も多かった。


僕も笑った。






そんなことを考え、また頭の中で声がした。

「ああ、おこがましい。おこがましい」








そんな16日の帰り道。







それとこれは一体なんだ?


特にこの人