明細書の「略」を考える | 特許翻訳 A to Z

特許翻訳 A to Z

特許翻訳歴26年、業界改善を目指した情報発信歴23年。
自らの試行錯誤に加え、参加者数のべ1000名を超えるセミナーや講座、年間50名前後の個別相談などを通して得たスキルアップのヒントをお届けします。

三日月は、英語でcrescent moon?」との関連です。

この中で最後に触れたように、特許技術者と「略(ほぼ)」という語について話していたことで、三日月の英訳語に思いが至りました。

 

特許明細書、特に機械分野の明細書には、「略」という文言が日常的に用いられています。
「略矩形」「略平行」「略水平」・・・・。


いろいろな例であてはめて考えていたのですが、そこで私は、「ほぼ」三日月という表現を、不自然だと感じました。
その特許技術者は、「ほぼ三日月」はありだろう、「二日月」は「ほぼ三日月」ではないか、と。

新月と弓張月以外、両者の間を広義に三日月と呼ぶと、「ほぼ」三日月って何?となります。
でも狭義にとらえれば、たしかに二日月は、「ほぼ三日月」。
会話の中での単純な解釈の差にすぎませんが、これが、英訳語を考えるきっかけになったわけです。

 


そして実は、ほかにも、このときの会話から考えたことがあります。
以下、「陰暦」を割愛しますが、何日目は月齢ではなく陰暦での日数です。

たとえば、3日目を過ぎて4日目の「四日月」は、やはり「ほぼ」三日月なのか?ということ。

これから三日月になる二日月は「ほぼ三日月」でも、私の感覚だと、「四日月」は「ほぼ三日月」とは、少し違うような感じがします。
たしかに日数的には「ほぼ三日月」なのですが、二日月とは語感というか印象が、異なるのです。

満月も同様で、14日目の待宵月はいわずもがな、13日目の十三夜月くらいでも、「ほぼ満月」だろうと思います。
でも、十六夜の月を「ほぼ満月」と言われると、何となく気持ち悪い・・・・。

待宵月も十六夜月も、満月と1日違いという意味では同じなのですが、感じ方が違ったわけです。

 

ここで、話を特許明細書に移します。

三日月の後ろに「形」を加えてJPlatPatの「公報全文」で「略三日月形」を検索すると、公開・公表に限定しても、1000件以上ヒットします。
ここには、英語の「generally crescent shape」などを翻訳したものと、もともと日本語で書かれているものが混じっています。


そして公報全文ではなく「請求の範囲」だけに絞り込んでも、143件
ひらがなで「ほぼ三日月形」として公報全文に検索すると216件、請求の範囲で37件
形状を言っていますので、いずれも狭義の三日月ではなく広義の三日月なのは、明らかです。

ここで、たとえば上に入れた画像のような形は、一般的な感覚だと「三日月形」でしょう。
実際の月では、たとえ三日月を広義に新月と弓張月との間としてとらえても、起こり得ない形状です。


ところが通常、形状としての「三日月形」をいう場合、たとえば内側の輪郭が偏心した楕円弧なのか天体同様に同心の楕円弧なのかは、問われません。
実際の月で有り得る形なのかどうかも、問われません。

「三日月形」の許容範囲は、かなり広いということです。人によって、解釈が異なるとも言えるでしょう。

そうなったときに、「略三日月形」とは?

 


もうひとつ、略正方形です。
正方形は形状が1つに定まるため、それに近い形=ほぼ○○形というのは、もとの形が定まらない三日月形より、ずっとわかりやすい。
たとえば各辺が郵便切手の輪郭さながらに波打ち、厳密な直線ではない正方形も、「略正方形」と言えるかもしれません。

 

それなら、「略矩形」は、どうでしょうか。
三日月形とは比にならないほど明細書で非常に多く用いられる語で、JPlatPatで公開・公表だけで検索すると、公報全文に131,333件、請求の範囲でも1万件以上ヒットします。

矩形というのは、「すべての角が直角の、四辺形。長方形」。
たとえば4角が90度、90度、88度、92度の四辺形は、おそらく「略矩形」に入るだろうと思います。

ここで、正方形も「すべての角が直角の四辺形」の一種です。

そうすると、上述した4辺が波打った正方形は、「略矩形」に入る?入らない?


あるいは、正方形あるいは長方形の4つの角のうち、1箇所だけわずかに斜めに切り落とすとします。
切り落としによって角が1つ増えますので、数学的には、「五角形」です。
でも、見た目はほぼ、四角形。角が1箇所、つぶれたようになっているだけなのです。

これが「略矩形」に入るとすると、二日月が「ほぼ三日月」になるのと同様、五角形は総じて「ほぼ四角形」になるのかどうか?
逆に、フォルダアイコンのように1箇所だけ出っ張った形状は、略矩形に入る?入らない?
 



実際の明細書を見ていると、書き手によって、「略」の示す内容がかなり違います。

裁判例でも、「略円錐面形状」に対して、『「略」という語の有無にかかわらず,回転軸を通る断面に頂点
及び2本の直線が存在しなければならない』という主張がなされたり、原告と被告で「略」の解釈そのものが争われたり(平成26(行ケ)10243)、何かと問題になっています。

審決ですら、『「略」を用いて特許請求の範囲に記載することにより,発明を不明確なものとすることは,特許法36条6項2号の趣旨からして許されない』としているものがあるほどです。

 



翻訳者としては、たとえば英日翻訳で原文に「generally rectangular」とあれば、このgenerallyを抜いて訳すわけにはいかないでしょう。
そうすると、いかに翻訳するか?という問題に、なってきます。

個人的には、generallyの語義から考えて、そもそもgenerally+形状という用法自体が明細書に特有の「誤用」といっても差し支えないと思っています。
その特許用語に対して、深く考えずに「略」と機械的に翻訳して良いのかどうか、と。

日英翻訳のほうが、まだいくらか対処の余地があり、たとえば「略矩形」なら「substantially rectangular」とする方法があります。

明細書の内容によっては常にsubstantiallyが使えるかどうかはわかりませんが、外延のはっきりしないgenerallyよりは、ずっと明確だろうと思います。

明細書の書き手が「generally」「略」といった曖昧な特許用語を使わずにいてくれるのが一番だとはいえ、それは望むべくもないでしょうから、都度、いかに訳すかを考える必要がありそうですね。


■関連記事
三日月は、英語でcrescent moon?
四日月乃至六日月状の形状とは?
漢字2文字の特許用語、問題は・・・

 


インデックスへ
 

水野麻子さんをフォロー

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります